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お知らせ
善和村の古文書が出てきた
今月12日は善和八幡宮の例祭です。例祭に先だって地区担当の方がお宮の清掃に行き、そこで古い巻物を発見したので読み解いて欲しいという連絡を受けました。昨日のこと現物を見てきました。

巻物は善和村の古地図で、拡げると目測で1m×2m程度のかなり大きなものでした。
表題部分を接写した画像です。


報告者によると宇部市史下巻の199ページに善和地区の入会林野整理に関する記述があり、県が大正3年に作成した原図ではないかと推測しています。そもそも宇部市史が手元にあってすぐ参照できる状況というだけで相当コアと思います(ちなみに私は宇部市史は持っていません)し、入手可能な資料を元に一定の解析結果を出せるなら既に郷土史研究者の部類です。

何故にこれがお宮に格納されていたかは明らかではありません。山口県文書館に同じ資料があるかも知れませんが、大正初期の資料の現物を手にできることは貴重です。絵図を見ると善和村の境界は明記されていながら、隣接する井関村や佐山村から相当な面積の入会地が設定されていたことが分かります。間地と呼ばれるようになった更に以前の入植時代は、隣接する村から薪などの資源を採取しに来ていた筈で、絵図で他村のエリアが描かれているのは慣行的に認められた領域のように思えました。

時代が進んだとは言え、この種の資料は取扱いに注意が要るかも。表沙汰になっては塩梅の悪い情報を内包している可能性があるからです。現在、助田居能地区では県が主導して境界確定作業を進めています。信頼できる客観資料を欠くため、関係者の立会で作業を進め、このときの裁定が新たに効力を生むことになると聞いています。こうしたときに土地所有者名や境界が明確に描かれた絵図などが出て来ると、新たな混乱が起きます。新川歴史研究会でもそういう可能性のある未公開資料を含む可能性があるため、デジタルデータ採取後も公開に対して慎重な姿勢をとっています。

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