学校内での遊び

遊びインデックスに戻る

ここでは、主に学童期において学校内もしくは学校に居た時間内に営んでいた優劣・勝敗のつく遊び全般について収録する。勝敗の要素がない占いやイタズラ、暇潰しの部類はアミューズメントとして別の項目に掲載している。ただし主に学校内で遊んでいたものを家に帰って同様に遊ぶ事例も有り得る。
本編は一般論としての記述のみならず居住地域や時代の習慣や自分史の一環としての記録も志向しているので、特段の必要ある場合を除いて個人的関わりの項目も分離せずそのまま本編に盛り込んでいる。当面は相載せ方式で記述し、分量が多くなってきたら本記事を総括として詳細記事へ移動しリンクで誘導する。主に学童期のものに限定されるので地域性がみられるかも知れない。

一般的な室内ゲーム(トランプなど)は、個人的関わりなど特筆性のあるものに限って記述している。多くは学校における遊びで、さまざまな遊びをクリエイトしていた当時の世相や子どもたちの過ごし方についての記録を念頭において記述している。
これらの遊びの特筆すべき共通点は、通常学校へ行くとき持ち合わせている小物を使って成立する遊びが多いことである。何処の学校でも概ね勉学に不必要なものを持ってきてはならない校則があるため、制約の範囲内で工夫し遊ぶ手段をあれこれ考えていたことが窺える。

《 牛乳蓋返し 》
小学校高学年と中学1〜2年生時代に愉しんだ遊びの一つ。
給食では瓶入りの牛乳が出るので、そのときの紙の蓋を取っておく。同じサイズの蓋なら各自が家から持ってくることもできる。コーヒー牛乳など特異な色で印刷された蓋は珍重された。

各自が机の上に蓋を置く。ジャンケンで順番を決めて蓋の近くに顔を近づけ、息を溜めて一つの牛乳蓋に狙いを定めて「パッ!」と発声と言うか息を短く吹きかける。キレイに裏返しにできたら蓋をゲットできる。ひっくり返らなかったり机の上から落ちたら失敗。
学校給食ではかならず瓶入りの牛乳が出され、そのときに紙製の蓋が得られるので給食後の昼休みに遊ぶことが多かった。
《 チェーリング 》
記事作成日:2015/11/1
チェーリングとはプラスチック製の直径1cm程度の輪で、正式名はチエリングである。[1]
写真は現在売られている袋入りのチエリングの実物。


チエリングの由来は恐らく知恵の輪のように繋げて遊ぶ輪を意味するものだろう。しかし私たち学童期は誰しも表題の通り「チェーリング」と呼んでいた。元々はチエリングであったものがチェーンの如く繋げてリングにする使い方と誤った聞き成しが伝承されたようである。[2] 以下、本編では当時呼ばれていたチェーリングのまま記述している。

チェーリングはプラスチック製で、さまざまに着色されている。彩色の仕方も透明なものと不透明なものがある。いずれも5mm程度ほど重なった部分を持つ輪っかという特徴がある。


遊び道具というよりは単純な素材で、袋に入れられているだけで具体的な使用方法は書かれていない。当時はくじ屋にはかならず置いてあったし文房具店でも買えた。

チェーリングの両端は重なっているものの力を加えれば開く。開いた状態で別の紐などに取り付けたり、チェーリング同士をいくつも繋げてチェーンを作ることができる。


装飾目的で鎖状に繋げる使われ方が最も多く、この目的では何袋か買って適宜色を組み合わせて繋げる。色を統一したいという需要もある筈で、単色の個数単位での販売もされていたかも知れない。いずれにしろその華々しい色彩のためか専ら女の子の扱う小道具であった。

遊び道具としての使われ方の筆頭はお手玉である。7〜8個適当に繋げてリングの塊を作り、それを一つとみなしてお手玉遊戯をしていた。
お手玉として使うときの遊び方。最初にリングの塊を5〜6個置く。試技者はお手玉の要領で一つずつ投げ上げ、投げたリング塊が机の上に落ちないうちに素早く別のリング塊を放り上げる。場にあるすべてのリングを放ったら次に2個ずつ放り上げて落ちないうちに場のリングを2個掴む。リズムに合わせて何か歌を歌ったかも知れない。最後にその場にあるリング塊を全部放り上げて手の甲に受ける。このときはいくつか落ちてしまっても良い。そして手の甲に載っている何個かのリング塊を再び投げ上げ、そのすべてを落とさないように空中でキャッチする。手の甲に載せてキャッチできたリング塊が点数。これで一回のターン終了だった。素材そのものが女の子向けなのだが、自分も何度かやったことがあった。

もう一つ、これはゲーム的要素はない暇潰しの部類だが極めて単純な遊び方がある。
繋げる前のリングはキーホルダーを束ねる金属の輪の如く常に両端が上下重なった状態になっている。この重なった部分を外と中へ押し込み渦巻き状になった一つの平面状態を作る。


リングの素材上滑ってやりづらいが何度か試すうちに平面状態になる。この状態を保ったままリングの両端を持って机の上などに水平に落とす。すると重なっていたリングの端がパチンと元の状態に戻り、そのときの衝撃でバネのように跳ね上がるのを見て愉しむというもの。上手に落とせば机に当たった瞬間に重なったリング部分が元へ戻る復元力で思いの外高く跳ね上がる。

ちなみにチェーリングという名称だが、実際それが正式呼称なのか未だによく分からない。元々は「知恵リング」であったものが幼児語特有の誤った聞きなしで伝わったのかも知れない。また、捨てた記憶がないから押し入れなど何処かに何個かは現物があると思うのだが、最近その存在を見かけていない。
出典および編集追記:

1. 写真に掲載している実物は2015年10月31日に厚南のゆめタウンいずみ2階の駄菓子屋で購入したものである。売価は100円(税別)でチエリングと印刷された大きな台紙に小袋がいくつも井貼り付けられる形で売られていた。

2.「FB|2015/11/1のタイムライン
《 綾取り 》
記事作成日:2015/9/26
一つの輪にした糸を使って行う遊戯で、全世界的に知られている。綾取りも上記のチェーリングと同様主に女の子の遊びと考えられているが、[1]の項目にも記されているように男子もたまにしていた。ただし自分は学校ですることはなく、特に交互に取り合うものは家で親に教わったような気がする。特定の形を作るものはいつ誰から教わったか分からない。
【 特定の形を作るもの 】
形を作るものは[1]にあるもののうちゴムとほうきしか知らない。それも人が造るのを見たことがあるというだけで自分で造れる形は何一つない。特に本気で覚えようとはしなかったようである。むしろ学童期の自分が興味を持ったのは「段」である。
地方によって呼び方は異なるかも知れないが、段とは両手で糸を操って菱形を造り出すもので、最終形ではかならず両手の親指と人差し指で糸を保持し、張った糸の中央にいくつかの菱形を並べるというものである。梯子と呼ばれているかも知れない。最終形で菱形が一つできるものを一段(または単純に「段」)、2つ出来るものを二段…のように呼んでいた。
現在記憶する限りでは、5段まではすべて誰かから作り方を教わって覚えたものである。それぞれ作り方の手順はまったく異なり一つずつ覚える必要があった。糸の操り方からみた難易度では4段より2段の方が難しい。いずれも最後に三角形ができた部分へ両手の人差し指を突っ込んで親指以外の指から糸をすべて外し、両手首を返すようにして開き完成させる手順のみが共通している。1段や3段では最初の出だしから異なり、両手に等しく糸を通す形から始まらない。
自分の中でもっとも印象的だったのが6段で、両手であれこれ糸をいじり回していてまったく偶然に造ることができたのを覚えている。その手順を逐一思い出してノートに書き付けた当時の記録が遺っている。

段の数が多くなるほど糸の間にできる菱形が増えるので、糸がもつれやすくなる。完成形を造った後で最初の輪っかの形に戻すときは菱形が沢山並ぶ中央の糸を均等に引っ張るようにしないと大抵もつれてしまう。操作を容易にするにはセーターを編むような太い糸で、両手で操作できる範囲でなるべく長く切り出して輪にするのが良い。

6段までを一気に織り上げる方法を覚えてから後のこと、無限増殖法を誰かから教えてもらっている。これは完成させて親指・人差し指で保持された状態から再び小指に戻し、両手で「編み上げるような操作」を行うことで両側に1段ずつ計2段を増やす方法である。このようにして増やした菱形は糸が十字に交差するのではなく筆記体のエックスの如くひかかり合うような形になる。最初に偶数・奇数の段を造り上げた状態からスタートできるので、理論的には任意の数の段を織り上げることが可能となる。
【 交互に取り合うもの 】
最初の基本形として2通り知られている。手首の下、両腕あたりまで糸を通して腕側が2本糸、指で保持する部分を持ち上げて中央でバツ印になる形から始めるもの、親指と人差し指に糸を通して外側が二重線、内側に一重線の平行線から始めるものである。前者は貨車、後者は川と呼ばれていた。

綾取りの過程でいろいろな形が出現することは学童期から理解していた。最も複雑なのは亀ないしはダイアモンドであり、その他にエビ(中央の菱形に2本線が入る)、網(長方形の対角線に2本線が入る)があった。川と網は完全な平面状で、その他の図形は立体的だった。
形が崩れたり解けたりするダマシの一つ手前の形は、大抵が偽物の貨車である。真の貨車は交差する糸を両手の親指と人差し指で取って外へ引っ張り、糸を保持したまま上部に張られた2本の平行糸を上から下へ落として広げれば網になる。手の甲で保持される部分は真の貨車では二重糸だが、ダマシの貨車では一重になっている。これを真の貨車と思って上記のような手順で取ろうとすると解けて形を失ってしまう。
ダマシの貨車はどういう手順で発生するかは覚えていないが、この形から崩さずに取る方法は分かっていた。交差する部分に親指・人差し指を入れるのではなく、先に両手の小指を使って上部の平行糸を引っかけて保持した上で交差部分を取れば回避できる。

通常の綾取りでは数種類の基本形を移り合うだけである。このことが学童期不思議でならなかった。ただし無限に形を崩さずできるというものでもなく、形が似ていても糸が交差せず先ほど述べた筆記体のエックス状に引っかかり合った形になることが多い。なおも続けているとこのもつれ状態が段々酷くなる。
出典および編集追記:

1.「Wikipedia - 綾取り
《 鉛筆戦争 》
記事作成日:2015/2/3
学童期を中心によく遊ばれていた紙と鉛筆によるゲームの一つ。2〜4人で遊べる。
遊びの呼称として鉛筆戦争と呼んでいたかは不明である。しかし名称としてはもっとも的確だろう。現代だったら安易に戦争などという言葉を使うことに批判があるかも知れないが、当時はそのような言葉狩りめいた指摘など殆ど無縁だった時代の話である。

適度なサイズの白紙を用意する。あまりに大きいとゲームの進行が遅くて退屈だし小さすぎるとやりづらい。2人ならB5サイズ、4人ならそれより若干大きい正方形の紙が良い。それから各自が一本ずつ鉛筆を持つ。シャープペンシルでも代用できる。[1]

参加者各自が自分の陣地を作る。2人なら長方形の対角となる位置、4人なら紙の四隅を使って扇形を描く。扇形のサイズは適当で良いが全員が概ね同じサイズとなるようにする。次に扇形の外へ小さなマルをいくつか描く。これは出撃させる自機で、何個描くかは参加者で決める。
次に参加者の共同作業でエリア内に障壁となるものを適当に描く。障壁はギザギザ模様で囲まれた地雷と川であることが多い。[2]障壁を描くとき、極端に相手陣地に近い場所へ地雷を沢山設置したり橋を狭く描いたりすると喧嘩の元になるので全員が納得いくように設定する。写真はゲーム開始前のマップである。


障壁の数や位置について全員が納得してからゲームを開始する。順番はジャンケンで適当に決める。

陣地の外側に描いた自機の中に鉛筆の芯を立てて人差し指で鉛筆の尻側を押さえる。



そのまま鉛筆を徐々に手前へ傾けるとやがて芯の先端部分が滑って紙の上に直線状の軌跡を描く。軌跡は徐々に薄くなっていくので先端が正確に何処へ到達しているかは判定が難しい場合があるが、自己申告とする。川に橋が描かれている場合はすべての軌跡が完全に橋の上を通っていなければならない。川の中に線が達していたり地雷エリアに一部でもかかっている場合は失敗とみなされ、その自機は自滅となり盤から排除される。


自滅を避けられた場合は「有効な到達」とみなされ、その位置に改めてマル印を付ける。


以後、参加者が順番に自機を進める。各ターンにおいて操作する自機は同一のものでも異なるものでも構わない。

盤が進むと敵の軌跡が近づいてくる。自分のターンにおいて有効な到達で敵機の軌跡を切ることができたなら、敵機は撃沈されたものとみなされる。軌跡を切っているがそのまま自機も地雷や川へ突っ込んでしまった場合は、双方の討ち死にとみなされ盤から排除される。


目的は自機のどれか一つを有効な到達で相手の陣地へ送り込むか、敵機を殲滅させることである。このどちらかを成し遂げれば勝者となる。

ルールが単純ながら作成されたマップや相手の出方に呼応した戦略性を帯びる。例えばある位置から次の場所へ移動するとき、リスクを承知で敢えて地雷や川の近くに軌跡を通せば敵機には切られづらい。また、並行していくつかの自機を進めておき、警戒している敵機に対して意図的に捨て駒を接近させ、相手が切ろうと敵機を移動させ防備が薄れたところを別の自機で突くなどのテクニックが存在する。

相手が次に何をしようと企てているかを読み取ることと、それを先読みして別の作戦を立てて対抗するあたりは将棋や碁と同様である。ただし鉛筆の操作というアナログな要素がある故に、有効な到達位置の明瞭な判定がしづらい弱みもある。一枚の紙と鉛筆で非常に長く遊ぶことができて、多くの場合盤を描いて昼休みに遊び始めても大抵は決着がつかないまま午後の授業を迎えることになるだろう。
出典および編集追記:

1. 鉛筆は適度な長さを持ったものを使うようにする。削りたてのあまりに長いものは操作しづらいし短か過ぎると軌跡が短くなり自機を進める速度が落ちる。また、シャープペンシルで繰り返しペンを立てては倒しを繰り返していると中の芯が細かく折れやすくなる。B系の濃く柔らかい鉛筆が望ましい。

2. 川は橋のある場所以外は渡れない(戦車の場合)のか中に落ちさえしなければ飛び越えることができる(戦闘機の場合)かはあらかじめ決めておく。後者の場合は橋を描く必要はない。
《 消しゴム戦争 》
記事作成日:2015/2/5
中学生時代、昼休みによく遊ばれた単純なゲーム。
写真はイメージである


各自が消しゴムを準備する。普段学校で使っているもので代用できるが、使い込んで丸くなってしまった消しゴムは戦いに於いて大変に不利なのでゲーム用に別の物を使うことが多い。
戦闘に参加する消しゴムをスチール机の上に置く。順番を決めて自機を爪弾き(ちゃんちゅう)して他の参加者の消しゴムにぶつける。自分の消しゴムは机の上に残り相手の消しゴムを机上から追い出すことができればゲットできる。他の消しゴムに当たろうが外れようが机から落下すれば自滅である。

考えるまでもなく大きな消しゴムの方が圧倒的に有利である。また、製図などに使われる全体が露出したゴム系の消しゴムよりは紙ケースなどに入ったプラスチック系消しゴムの方が机の上での滑りが良く狙いを定めやすい。短時間で決着がつくので各時限間の休み時間にやっていた。実のところ消しゴムでなくても机の上で適当に滑り誰もが持っている物なら同じルールのゲームとして成立する。そのことが頭を過ぎったのか、ある級友がゲームに勝つために編み出した策略があまりにも印象深かったので、せっかくだから個人的関わりとして書いておこうと思う。きっと彼も喜ぶだろう…

単純なルールのせいか消しゴム戦争は思いの外流行った。参加する消しゴムの制限を設けていなかったので、購買部でわざわざ大きな消しゴムを買ってきて参戦する仲間もいた。落とした消しゴムはゲットできるとは言ってもそれはゲーム内での話で、中間休みが終わったらちゃんと返していた。
何度か遊んで要領を覚えたある日のこと、級友の一人が「最強の消しゴム」を披露してみんなを驚かせた。それは彼の家にあったプラスチック消しゴム数個を繋げてガムテープでグルグル巻きにした超ロング特大消しゴムであった…いや既にそれは消しゴムと呼ぶには些かの疑念があった。単に消しゴム戦争で勝利することだけに特化した最終兵器だった。第一、消しゴムとは名ばかりでゴムが露出している部分がまったくなく全体が滑りの良いテープで巻かれていたのである。文字が消せないので参加資格として如何なものかという声もあったが、彼はこれは消しゴムだと主張したのでゲームが始まった。

彼は他の仲間と同様にそれを机の上に置いた。他の仲間は交替で人差し指に力を込めて自機を「ちゃんちゅう」して彼の敵機にぶつけたが机の上で殆ど微動だにしなかった。さて、順番が回ってきたとき彼は壮大な自機の端っこを軽くちゃんちゅうした。滑りの良い彼の自機は重心となる真ん中(それは少し高めに作ってあった)を中心に90度以上回転して近くに居た敵機すべてをなぎ倒すように机の外へ弾き落とした。ゲームオーバー。

この問題をどう解決すれば良いかを考えるより先に私たちの興味は別の遊びへ移ってしまい、それ以上長く遊ぶことはなかった。出番がなくなり彼がその後自慢の最終兵器を解体してちゃんと消しゴムとして使ったかどうかは謎である。ただ私は認めるし恐らく読者も同意すると思うが、彼は本当に面白い奴だった。
《 リーチ 》
記事作成日:2015/2/7
学童期に広く知られ遊ばれていた紙ゲームの一つ。2人で行う。

下準備としてお互いが紙に5×5のマス目を作って1から25までの数字を書き込む。普通はランダムに書き入れるが規則的に書いても構わない。[1]数字を書き込んだ紙は相手に見せないようにする。
以下のキャプチャ画像では説明用として一枚の紙に記載している


先攻後攻を決め、先攻側がまず1から25までのうちの適当な数字を唱える。自分が唱えた数字はバツ印を付けて消し、相手に唱えられた数字はマル印をつける。
下の譜面は先手が13をコールしたときの譜面の状況である。


ゲームの目的は五目並べと同様で、先に縦・横・斜めのどれかに5連続を作ることである。
後攻は相手がコールすることでマルが付いた数字の位置関係を元に5連続を作りやすそうな場所を考え、それとは関係のなさそうな数字をコールして消す。


上の例ではBの立場で言えば13の属する行と列にある数字は5連続として有望なので残し、それ以外の数字を消すだろう。初期の段階では相手が何をコールするか分からないので選択肢が多い。ここでは7を消しているがもちろん他の選択もあるだろう。
ただし確率的に考えて四隅にある数字は一般的には自らコールはしないものである。他の場所にある数字は5連続の可能性として縦筋・横筋しかないが、四隅だとこれに斜め5連の可能性が加わるからだ。このような思考の元で交互にマルもバツも付いていない数字を唱え合う。

下の譜面は4巡目が終了してAがコールする番である。
さてここでは何を消すだろうか?


7のある縦横筋に2連ができている。更に既にバツが入っていたりまだコールがなかったりで一つもマルが付いていない筋があるので、上がりから遠いと判断される数字を消す。例えば22は既に1が消されているので斜め筋の完成が見込めず、実質的にまだゼロ連の状態である。

相手が唱えた数字にマルを着けることで4連続状態となり、あと一つマル印がついたら5連続が完成するパターンになったときは「リーチ」と宣言する。このゲーム名の由来でもある。[2]
この場合のBの待ち数字は15である。


リーチがかかったからと言って上がりが近いとは限らない。終盤で形勢逆転することがしばしばある。
Aにリーチがかかったところ。待ち数字は3である。


次はBが消し数字を指定する番だ。このときBは既に15で「張っている」ので自らコールして潰すことは考えられない。したがって最も5連から遠いところにある24をコールするだろう。
するとAは24にマルが着くことで再び15待ちのリーチがかかる。Bのターンでは3か15のどちらかをコールしなければならず、どちらの場合でもAが勝つ。

最初に1〜25の数字を書いた表を用意するのがやや面倒だが、一回のターンが結構長く愉しめて紙と鉛筆さえあればできるゲームなので、本当に何も遊ぶ道具などを持っていないときの暇潰しとしてよく遊ばれた。

相手がどんな譜面を持っているか読み取るのは通常かなり困難だから、勝敗は運の要素が多分にある。2人の書き込む数字の配置がランダムであれば、先攻はまったく何の手がかりもないところから1つの数字をコールすることになるのに対し、後攻は相手の出方から自分の消す数字を絞り込めるので若干後手が有利そうな気がする。先述のように四隅は初期の段階ではなるべく残す、2連ができている筋に相当する数字は自分ではコールせず相手からコールされるのを待つといったセオリーは存在する。また、遊んでいた学童期には考えもしなかったがマス目を拡張することで同様のゲームを考えることができる。[3]
出典および編集追記:

1. ただしその場合配置を相手に見破られると負ける確率が高くなる。

2. 由来はよく分かっていないが、あと一つでアガリに手が届く(reach)状態の形容か、麻雀であと一牌でアガリに到達する聴牌(テンパイ)状態を宣言する立直(リーチ)のいずれかだろう。トランプのページワン宣言や将棋の王手と似るものがある。

3. 数学的な問題に議論を移すなら、1〜n2の数字を書き込んだ正方形の桝を用意し、同様のルールで縦・横・斜めのどれかに先に n 連続を作った方が勝ちとする「拡張リーチゲーム」を考えることができる。
n = 1 の後手必勝は自明である。n = 2 の場合も試行すれば明らかだがやはり後手必勝となる。
今、2度ほど n = 3 の場合でシミュレートしたが2度とも後手の勝利となった。妥当な読みができるかにも依存するが、与えられた譜面と状況で最善の手続きを行うなら、n の値にかかわらず常に後手有利となるような気がする。もっともほんの僅かばかりの n で調べた場合の帰納的推論に過ぎない。この手順は定式化可能だから、初期配置がランダムである仮定の下でコンピュータを用いてシミュレーションを行うと面白いだろう。

4.「FB|何だろう?(2)
《 フルーツバスケット 》
雨の日などの昼休みに教室の中でよく遊ばれていた。主に女の子の遊びで全国的な知名度を持つ。個人的には遊んだ記憶がないが、中学1年生のときの日記に自分は昼休み静かに寝ていたいのに教室の後ろで騒がれて本当に嫌だのようなことを日記に書いている。その理由はこのゲームのルール上、鬼が「フルーツバスケット!」と叫ぶたびに参加者全員が椅子から立ち上がって別の椅子へ移動しようとするので黄色い声に加えて椅子のガタガタする音がとてもうるさかったからのようである。
出典および編集追記:

1.「Wikipedia - フルーツバスケット

ホームに戻る