厚東川ダム・左岸接近計画【1】

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現地踏査日:2011/4/23
記事公開日:2011/12/6
随分昔の踏査成果をレポートしなければならない。
この秋に行った生雲ダム関連の長大連載から脱稿して、今度こそ夏場の見学会レポートに着手しようと思っていた。その中には我が街の代表格とも言える厚東川ダムも含まれる。
市内にある古参の厚東川ダムに関しては当然ながら強い思い入れがあり、熱く語る要素に充ちている。特に話の流れとして見学会前に観たあるものを報告しておきたい必要性から、本編が厚東川ダム関連最初の連載記事と相成った。

厚東川ダムに関する基礎的事項は、これよりも以前に行った踏査を記事化する段階で書く予定なので本稿では詳しくは触れない。些か唐突だが、下記の位置図を元に書き始めよう。

何処のダムでも概ねそうであるように、厚東川ダムにもダム堰堤付近を通過する公道がある。左岸には車地から小野方面へ向かう国道490号が通じているし、右岸には林道同然の狭い道だが県道217号小野木田線が小野湖の汀をなぞるように伸びている。
車でダム堰堤へ向かうには県道が唯一の選択肢となる。国道は一の坂付近から車地までは山中を経て国道2号に至っているので、この区間ではダムは元より小野湖も見えない。

厚東川ダムは堰堤とゲート操作室が完全一体化した特殊な構造をとっているため、ダム見学会以外は堰堤への立ち入りが一切できない。当然ダム堰堤を介しての両岸の往来も不可能である。
そもそもダム堰堤の左岸側は未開の山中に面しており接近自体が非常に困難

ダム下へ向かう道については県道から分岐する未舗装の道があるが、その先の宇部興産(株)所有の厚東川発電所に阻まれる。同じ敷地内に企業局の所有する二俣瀬発電所と工業用水関連の設備もあり、一般人には用事がないばかりでなく危険な設備が多いため関係者以外は立入禁止になっている。
このような事情により、一般の来訪者が厚東川ダムを眺めるには県道沿いにあるダム事務所付近の駐車場から俯瞰する以外ない状況である。

厚東川ダムを始めとする利水関連の設備群に興味を持ち始め、現地を踏査して写真を撮る過程でこんな考えを抱き始めていた。
左岸から眺めることはできないだろうか…
それは単に目先の変わった角度からの写真を得る以上の意味を持っていた。
左岸からなら発電関連の設備に邪魔されずもう少しダム堰堤に接近できる筈だし、発電所や利水関連の設備も対岸から間近に観ることができるだろう…

野山時代、殆どまともな道がない厚東川水路橋の左岸接続部分に訪れたくらいだから、厚東川ダムの左岸アクセスも同じ頃から考えていた。しかしそれは水路橋の左岸アクセス以上に困難かも知れないという感触があった。

これは今から3年前、2008/10/4にダム事務所の駐車場から撮影された左岸の様子である。現状はこの写真とはすっかり様変わりしてしまっているので、今となっては貴重な一枚だ。


先に掲載した地図で厚東川ダム近辺を拡大表示させると、左岸にも一応はダム下へ伸びていく道が記載されている。しかし写真で観る限り、左岸は完全な藪の海だ。車で行けそうな道があるとは思えない。自転車や歩行でも厳しいかも知れない。このため野山時代からよほど時期を選ばなければ無理だと考えていた。

しかし…
その後、状況を一変させる出来事が起きた。

2009年初夏に起きた大水害である。

豪雨によりダムのない厚狭川が氾濫し甚大な被害をもたらしたことはまだ記憶に新しい。美祢線が一年以上にわたって全線運行取り止めとなり、下流域も多くの家屋が浸水した。ダムを擁する厚東川ですら小野湖に流入する水量が激増し、ゲート開放による放流で護岸の損傷、下流域の広範囲な冠水、岸辺から引き剥がされた立木が河口域まで運ばれるなど近年ない甚大な被害をもたらした。

これは一昨年、2010/3/3の写真である。
破壊されたダム下左岸の護岸を撤去し、ブロックを積み直す作業が始まっていた。


対岸からズームしている。
切断された重力式擁壁の断面が見えている。その内側の土砂はほぼ完全に流出し、河床に張りブロックが散乱しているのが見えた。
その手前側の中央に向かって伸びる壊れた石積みは古い護岸でこの災害に依るものではない


補修工事を行うにはトラックで資材を搬入する経路が要る。上の写真では未整備の状況だったが、その後ほどなくして左岸に大型車両が進入可能な仮設道が造られた。

更に下って2011/3/10、即ち今年春の映像である。
奇しくも上の写真撮影からほぼ1年後になる
久し振りにダムを訪れたら、左岸に重機が投入され護岸の補修作業が急ピッチで進んでいた。


護岸の補修自体はほぼ完成している。
作業員が河床に降りて調査をしているようだった。


現場の背後には資材搬入用のトラックが数台控えていた。現場まで乗り入れられるように真砂土で仮設道が整備されていた。


この日は平日で、厚東川ダムを観るのが目的ではなく厚東川1期導水路のNo.1付近の隧道露出部分を再調査する目的で現地に来ていた。
1期導水路の話題もこれから時間をかけて語られることになるだろう…

私は対岸の現場の状況を観て、望み通りの場所まで行ける確信を持った。
ここから観る限り工事現場に特有のセフティコーンやバリケードは見られないので、大方工事は終わっているように思われた。この日は作業中なので一旦撤収し、余裕を見て1ヶ月以上経過した4月下旬の日曜日のこと、私は厚東川ダム下の左岸アクセスという初の試みに着手した。

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野山時代なら全行程を自転車でこなすところだが、今はアジトを市街部へ移している。厚東区まで自転車を漕げば片道1時間近くかかり、行動範囲が制限されてしまう。
そこで車で自転車を運び、厚東区の一拠点からスタートするハイブリッド方式で臨むことにした。この日は左岸アクセスだけではなく厚東区にあるその他の物件も含めて踏査する積もりだったので、拠点を厚東の中心にある厚東郵便局に設けた。

厚東郵便局は集配局だが、日曜日はATMも稼働していないので郵便物を投函しに来る人以外訪れるあてはない。そこで厚かましいようだが、駐車場を拝借してここに車を置いた。


写真でも分かるように、この日は晴天の予報だったものの現地へ着く頃から雲行きが怪しくなっていた。

自転車を降ろし、ショルダーバッグに必須アイテム(ケータイ・非常用お金・替えのバッテリー・飲み物)を詰め、ポケットにデジカメを入れた。体力も時間も確保しつついきなり近隣地からスタートできて小回りが利く。ハイブリッド方式のメリットだ。

厚東水橋付近を走るときほんの僅かながら雨粒が落ちてきたが、降水確率と今後の予報を確認して出てきたから心配はしていなかった。
他に観ておきたい物件がいくつかあったので、あちこち寄り道をしながらも国道2号を東へ走り、今回メインの踏査となるスタート地点に近づいた。

国道2号の二俣瀬橋を渡ったところ。振り返って撮影している。


そのまま首を右方向へ振る。
地図ではここから左岸のダム下まで通じる道が記載されている。現地にも確かにそれらしき未舗装の道があった。四輪も通れそうだが、建設会社の倉庫裏を通っているので車は入りづらいだろう。


この位置をYahoo!地図で示した。
現状が改変されていなければ、このまま左岸に沿ってダム下まで到達できる筈である。


国道を渡り、厚東川左岸に沿って進攻を開始する。


遠くまで見渡せる未舗装路が続いている。迷う心配はないが、砂利の目立つ道は自転車で走って決して乗り心地がいいものではなかった。
尖った石でのパンクが怖いし、スピードが出せない。先の方まで見えるために景色が変わらず退屈だ。


少しはダム堰堤が近くに見え始めたかと思える場所で、右から合流する道に出会った。これが国道490号から分岐する道と分かっていた。
国道を通った方が道が良かったであろうことは予想していた。しかし車地から先は起伏が多いので敢えて平坦な砂利道を選んだのだ。


相変わらず大粒の石灰石をバラ撒いただけの未舗装路が続く。資材を載せたトラックが通っても道が荒れないよう敷き詰めたのだろうが、乗り心地が悪いだけでなく尻が痛くなった。

ダム堰堤が見え始めた。それでもまだここから直線距離で500m程度ある。少しでも砂利の衝撃を避けるために護岸ぎりぎりの草地を走った。


田畑の端に据えられた農機具小屋を最後に、砂利道は一旦厚東川を離れ、少し山の中に入った。
敷砂利の道から真砂土で突き固められた道に変わったので、漸く安心して自転車を漕げる。低速運転を強いられていたので、少しスピードを上げた。

鋭角な曲がり角を見てしばし立ち止まった。
小さな水路をコンクリート床版で渡っている。軽トラのタイヤ痕があったが、普通車ならこの先は諦めた方が良いかも知れない。
よく確認して通らないと脱輪するかも…


1ヶ月前に資材を積んだ作業用ダンプが連なっているのを観ていたので、この状況は意外だった。
ダム下まで真砂土が敷かれた道が続き、車も問題なく入れると思っていたからだ。

ところが真砂土敷きの道はそこで終わっていた。
その先は…元はどうなっていたのだろう。まるで畑にあるような粘性土が一面に押し広げられていて、まともな車が入れるような状態ではない。自転車でも躊躇してしまうほどだ。


この先に軽トラのタイヤ痕があった。しかし酷くハマッている状態ではないので乾いていた時期に往来し、昨晩あたりに降った雨の影響だろう。
今の状態ならダンプはもちろん軽トラだって無理だ。絶対ハマる。


周囲を見渡したものの、この湿地帯を突っ切る以外進路はなかった。笹藪の部分は押し歩きすら出来る余地がない。湿地帯は支持力が弱く、無造作に足を踏み込むと靴の高さほどハマッた。かなり水はけが悪い地のようだ。

行かねばならない。それは分かるのだが…

嫌だぁーーーっ(涙)


乗って進むなど不可能。押し歩きでもきつい。ハマらない場所を見つけて自転車を押すも、進むうちタイヤにどんどん粘土がくっついて来る。挙げ句にタイヤが回らなくなる始末だ。

当然、帰りもここを通らなければならない。それどころか今日はハイブリッド方式を援用しているのだった。厚東郵便局へ戻るまでに泥を落としておかないと車に積めない、と言うか積みたくない…sweat

100m近い”粘土じゅうたん地獄”をやっと突っ切った。
もっともあれから半年近く経った今は整備されているかも知れない


それでも心は晴れやかだった。
ウッシッシ…
遂にやって来たぜ!!
既にダムが木々の間から見えている。ここから眺めたことのある市民は僅少だろうし、何より自分が左岸からのデジカメ写真をネットに上げる第一人者となるに違いない…などという奇妙な自負があった。


汚れはしたが、ここまで車を乗り入れず自転車で来たのは大正解だった。
先ほどの狭幅なコンクリート床版を通過するのは脱輪の危険があったし、そこを突破しても四輪ではまず進入できない粘土じゅうたん地獄が控えていた。諦めて転回しようにもタイヤがズブズブとハマッてエラい目に遭っていたかも知れない。

粘土じゅうたん地帯の先は余盛りがされており、結果として車では新しく造られた護岸部まで進攻できなかった。
工事中はトラックが往来した筈だが、護岸工事が終わって撤収する際に泥が河川敷へ流れ込まないように盛ったようだ。


さあ、もう目指すターゲットは目前だ。
思い切り正体を暴かせてもらおうぞ。
喜び勇んで進んだその先にあったのは、想像以上に酷い災害の傷跡と、予想もしていなかった私に降り掛かる悲劇だった。

(「厚東川ダム・左岸接近計画【2】」へ続く)

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