厚東川ダム・左岸堰堤接近計画【3】

ダムインデックスに戻る

(「厚東川ダム・左岸堰堤接近計画【2】」の続き)

ここ をクリックすると踏査マップが別ウィンドウで開きます。


黄色いリボンの分岐を過ぎてからも道の形は明確で、かなり長いこと歩いた感覚があった。
そして一ノ坂からこの道へ入り、殆どの分岐をチェックしてきて以来、初めて本当にどう進めば良いものやら見当がつかない場所に出会った。

この場所から先で道の形がほぼ完全に失われていたのである。


後から思ってもこの場所は本当に考えどころだった。ここで初めて私は左ポケットからデジカメを取りだして上の写真を撮影した。
フラッシュを作動させるとバッテリーを消耗するので強制オフで撮影している

写真では広場のような場所に見えるだろう。ここまでは曲がりなりにも道の形はあった。しかし広場の先は木々が疎らながら均一に育っていた。木々の間を縫って適当に歩くことはできても「何処も道ではない」状態だった。

ここは小さな沢になっていて、右側が沢の上流だった。殆ど歩く人が居ない上に大雨が降れば沢を下る水が駆け下りるらしく、元からあった淡い踏み跡がかき消されるらしい。

いくらメモ書きを持っていようが、私が自分の現在地を把握しかねていた。小野湖か厚東川に向かって歩いていることが理解されるだけで、ダムがどの位置にあるか見当もつかなかったのである。
最初、右側の沢を遡行する方を20mくらい歩いた。沢に岩場はなく木も疎らなので、その気になればどこまでも進めてしまう状況だった。しかし何処か信頼おけないものを感じ、一旦先の広場まで戻った。
甚だ不安を感じつつ、次に少しでも眺めが利きそうな左の方へ進んでみた。もはや全く道らしきものはなかった。もし暫く進んでも道が現れないようなら本当に山中で迷う危険があるので直ちに引き返す積もりだった。

幸い木々が疎らに生える緩い斜面を進んだところで再び道の形が明瞭になった。
ホッとしたのも束の間、その先でまたしても嫌らしい分岐が現れたのである。
どちらも同等程度の踏み跡。もちろん周囲の視界は利かない。もう勘弁してよって言いたかった。
それでもこれ程に道の形が明白ならやはり誰か草刈りなどの普請を行っているのだろうか…


今まで分岐に差し掛かったときは常に左側を選択していたが、ここでは初めて右を選んだ。右の道は高度を変えず進んでいるのに対し、左の道はかなり急に下っていた。また延々と下った挙げ句に間違いだと気づいたとき引き返すダメージの大きさを想像したくなかったからだ。

薄い角度の分岐だったが、左の分岐は速やかに高度を下げて大きく曲がっているようで、程なくして自分の歩いている右側の道からは見えなくなった。
その道は高度を下げず山の斜面をなぞって進み、左側に大きな沢が現れた。進むにつれてその沢は深くなっていった。

やがて木々の間から前方が見え始めた。音を立てずに佇む水面からして、小野湖の一部のようだ。
小野湖が見えるということはターゲットに対して上流へ行き過ぎていることになる。下流へ移動すべきとなれば、やはりさっきの分岐は左だったのか…

しかし選択が逆だったことに失望し、ただちに引き返すには及ばなかった。
この道は何処へ向かうのかを知りたいのもあったが、それに加えて…
沢の向こうに何やら人工物が見える。


これにはかなりドキッとした。
自分が現在どれほど人の匂いが感じられない場所に置かれているかを承知していたので、こんな場所で人工物にまみえる事など全く考えもつかなかったからだ。

バッテリー残量は気になったが、ズーム撮影した。
入り江部分に面してポンプ室みたいな建て屋がある。まさか…何でこんな人が来れない所に…?


奇妙なことに、枯れ葉が厚く積もり人がやっと歩ける幅の道は、この人工物には向かっていなかった。全く沢へ降りる気配がなく、山の斜面を回り込むように伸びていた。その構造物は完全に孤立した沢にぽつんと設置されていたのだ。
気になる人工物は後で寄るとして、まずは今歩んでいる道が何処へ向かうのか偵察しようと思った。

先には全く唐突な結果が待っていた。
足元を埋め尽くす大量の浮遊ゴミ。


唐突過ぎて写真だけでは何が起こったか分からないかも知れない。
山の斜面を回り込んだ直後、道は急な下りとなり、その途中からプラスチック系の浮遊ゴミに埋め尽くされていた。恐らく小野湖の水位が上がったときここまで運ばれたのだろう。
元は道だったものが自然の排水路になったような感じだった。数十センチ程度の厚さで浮遊ゴミが堆積し、そのまま湖面まで続いていた。

吹き溜まりになるせいかぎっちりとゴミに埋め尽くされ、ゴミの間には細かな木くずや木の葉などが水面を隠している。どこまでが地山で何処からが汀になっているか分からず不用意に踏み込めなかった。


左岸曝気循環設備棟の横にも入り江に向かって伸びる小道があったが、あの場所の先は簡易ボート乗り場になっていた。しかしここはボートを下ろす斜路ではなく、元から湖面に向かう道があったように思われた。
もしかして…小野湖が湛水される以前に湖底へ向かっていた古道だろうか。

この場所からの眺め。
対岸に県道小野木田線が見えるが、特に場所を特定できそうなものはない。


いずれにせよこの道は小野湖の水面に向かって急降下し、そこで終わっていた。
引き返し、先に見つけていた沢の中央にある謎の人工物を検証することに。

ポンプ室のように見えたその人工物は確かにコンクリート構造物だったものの、外観は単なる巨大コンクリートの塊らしい。入口らしきものは見あたらない。


道からの高低差は10mくらいあった。
この場所が地図上で何処になるか特定できない。ただ言えそうなことは、これがよほど特異な物件でもない限り自分がここを再訪することはまずないだろうという感触だった。それ故に斜面の昇降は体力的にかなりきついながらも、詳細を知るために沢まで降りることにした。

謎の物体に近づく。
確かにそれは単一のコンクリート塊だった。サイズは2m四方で高さが地上に露出している部分が1m強か。入り江に面する部分にフックが埋め込まれ、巨大なワイヤーが取り付けてあった。それほど古いものではないらしい。


可能な限りこの構造物に接近して調べたが、全くただのコンクリート塊そのものだった。いつ頃何のために造られたものかを示す銘板らしきものはなく、周囲にはこのコンクリート塊以外何の手がかりも見あたらなかった。

この入り江も吹き溜まりになるせいか水質は最悪レベル。
木の葉とも泥ともつかない粘性をもった水が微動していて、三つ編みのワイヤーはその中に没していた。ここも足元が何処から水面になっているか分からないので迂闊には近づけない。


入り江の様子。
水没したワイヤーの先に何があるかは視認できなかった。
湖面に浮いたブイなども見えなかった


右岸側をズーム撮影した。
県道の白い吹き付けコンクリートが場所特定の参考になるかも知れない。


恐らくこれは小野湖水中に吊り下げられている網を固定するためのアンカーだろう。ダム湖には上流から運ばれるゴミや流木が取水口に向かうのを防ぐための網が必ずある。浮きが列を成してダム湖の水面に並んでいるのを見たことがあるだろう。
先に訪れた左岸曝気循環設備棟にもあった


水上には浮きしか現れないが、恐らく水面下には吊り下げられたカーテン状の網があってゴミなどの流下を防いでいる。ダム湖の水の移動に逆らって網を保持しなければならないので、両岸にはもの凄い引っ張り力がかかる筈だ。このコンクリート塊は網を保持するためのアンカーではないかと推測する。
もしそうなら同じものが右岸側にもある筈だ…

予想外の物件を得ることはできたが、現在地がターゲットに対して上流へ移動し過ぎであることが判明した。
結果論だが、ここへ来るとき迷って選択した分岐を左に行かなければならなかったのだ。

途中で迷いかけた踏み跡の消された沢横断部分。
もう二度と来ることはないと思ったので念を入れて撮影していた


再びこの分岐まで引き返し、今度は下る方の経路を歩き始めた。


この先は下りだから帰りは当然登り直さなければならない。
疲労が酷い。さすがに足がきつくなってきた。時期柄汗びっしょりにはならなかったが、明らかに息が荒くなっていた。帰り道の体力を確保しておくなら、先を辿るのもこれを最後にしたい…持久力もだが恐らく集中力もそろそろ途切れかけていたようだった。

この経路をメモに書き込んでおこうとポケットに手を入れたときだった。
経路メモがない!!
メモは鉛筆と共に右のポケットへ入れていた。そのまま歩くと落としてしまうから必ず入れた後はファスナーを閉めていたのだが…分岐に出会ってメモを取り出し経路を書き留めポケットへ入れ、また分岐に差し掛かり…で何度も出し入れしていた。集中力も途切れたあたり、ファスナーをしないままポケットへ突っ込んで歩き、何処かに落としてしまったのは明白だった。
ポケットに入れたハンカチを無意識に取り出し顔を拭いたとき落としたのだろう

デジカメのバッテリーが覚束ないからメモしていたのに、それを失うとは…

再びがっくりとなった。
あれがなければ、アジトへ帰ったとき今まで歩いてきた複雑な分岐のすべてを再現しきれない。
お読みになっていらっしゃる方も一気に疲れが出てきそうな局面だが、
探しに戻ろう…
さっき引き返した場所までの間にある筈だ…
いつ落としたか全く心当たりがない以上、どれだけ来た道を戻らなければならないか分からなかった。
それでも全く幸いなことに、分岐から10mも戻らないうちにすぐ見つかった。
あまりに動転していてフラッシュオフにするのを忘れて撮影してしまった。


信じて欲しいのだが、断じてこれはヤラセではない。本当にこの場所にこのままの形で落ちていたのだ。
落とせば目立つ水色のメモ紙を持っていたことが幸いした。


もうメモする必要はないだろう。むしろここまでの経路の記録を全部失う方が重大だ。それでメモも鉛筆もポケットへ仕舞い込みファスナーを閉じた。ハンカチはデジカメと共に左ポケットへ移し、両手を空けた。

先の分岐で右を選択したときから分かっていた通り、この道は急激に沢を下っていた。踏み跡は確かに窺えたが先の道より不明瞭で、倒木もかなり目立った。それらを跨いだり下をくぐったりのイレギュラーな動作が必要で、進むのも重労働だった。

下り坂が緩くなった先、それまで横を流れていた小川を横切る場所があった。橋も何もなく、飛び石伝いに渡る以外なかった。そこは人の手が入った平場のように思われた。
後から思うに恐らくこの場所だろう…国土地理院の地図にも水田の記号が書き込まれている。
数十年前の田畑の痕跡と思われる。もちろん現在は存在しない。


平場を過ぎると道は再び下り始めた。その辺りから踏み跡がガリーに変わり、やがて非常に歩きづらい大粒の砂礫になった。
そこで明らかに人の手が入ったコンクリート水路を発見した。


ずっと昔、先に見た田畑から流れ出る余剰水などを処理するために造られたものだろう。現在は使われていないようだ。


それは別の場所の田畑へ水を導く用途らしく、元からある沢より高い位置に造られていた。
水路全体が砂礫や木の葉で埋め尽くされ、コンクリート擁壁のように見えた。


この辺りから沢の下の方で大量の水が流れ落ちる音が聞こえていた。
更に進むと、木々の間から宇部興産(株)発電所が視座よりやや下に見えたのである。
写真を撮ってもまず木々に邪魔され判別できないと思ったので撮っていない

発電所が見えるということは、若干下流まで行きすぎだ。ここより戻りつつ高度を上げなければならない。
そこは明らかに今までの踏査で一度も来たことがない場所だった。

ここに来るまで他の分岐がないかは常に注意していた。しかし沢を下ってこの水路に到達するまでターゲットに向かう道は存在しなかった。
やはり前回引き返したあの急斜面を
直接登る以外にないらしい…
この水路からターゲットに向かうには、恐らく尋常でない急斜面に取り付くしかなかった。そして現地の自分がそれを遂行するには、あまりにも体力を消耗しきってしまっていた。
今ここへ来たばかりで斜面を登るのなら、多分敢行するだろう。しかし来た道を帰らなければならない。百歩譲って最後の労力を費やしてこの急斜面を登ることはできても、すぐ目先にターゲットが存在する保障は何処にもない。
そんなに無理をすることはない…
一ノ坂側から来てもこの状況なのだから、
次回は天気をみて急斜面にチャレンジすれば良いのだ…
デジカメのバッテリーランプはまだ点滅していなかったが、この先数十枚も撮影できる見込みがないのも確かだ。それ以前に私自身の「バッテリー」の方が危うい。
この水路を辿れば、第一次計画で踏み込んだ場所との関係が明らかになるだろう。しかし水路は先の方でもの凄い下りになっていて、登り直しを考えれば進む気力がなかった。
ともあれ、宇部興産(株)発電所が前方かなり下の方に見えていたから、次回踏査するときはそれを参考にこの水路を探せばいいだろう…
中途半端だけど今回はもういいだろう…
元から下見目的だったのだから。
ここで自分の中で引き返し宣言した。
大丈夫…また次回送りにはなるが、第三次計画の折には必ず攻略できる…

帰り道に迷う要素は何もなかった。メモ紙紛失に気づいたあの分岐までは長くきつい登り坂で、息が上がった。さすがに休み休みでなければ進めなかった。
あれでも去年夏に体験した間上発電所の急階段よりはずっと楽だ…^^;
重要な分岐点は丹念に写真撮影したものの、来た道をどんどん戻った。坂がきつかった分だけ平坦な道は歩くのも楽で、早く戻りたい故に駆け足した。

戻るまで雨は全く降らなかったし、バッテリーランプも脅かされなかった。それで最初に出会った中電の索道分岐点で、殯の写真を数枚続けて撮影した。
そこで初めてバッテリー残量のランプが点滅し始めた。

帰りは峠にあった斜路ではなく、ポンプ所寄りに真っ直ぐ国道へ向かう道を見つけてそこから降りた。


再び国道へ戻り、一ノ坂ポンプ所へ停めていた車に戻ったのだった。


こうして第二次左岸堰堤攻略は準備不足やトラブルに遭ってまたしても失敗に終わった。
これは先に掲示したマップを作成するにあたって持ち歩いたメモ書きである。


結局、一ノ坂から向かっても単に遠回りになるだけで、ターゲットに向かう道らしきものには全く出会えなかった。
今回も道と言うには相当に信頼がおけない場所を進んだが、左岸堰堤に向かう道はこれより更に道の痕跡に乏しい場所を探らなければならないのは確実となった。

しかし…好天と周到な準備さえあれば、あとは気力だけで攻略可能な場所の筈だ。

---

さて…
このたびターゲットへの攻略を完璧に遂行した。それだけではなく、かつて私が念頭に置いていた仮説もそのまま立証される形での収穫があった。

今度こそは失敗の未達感に失望することなくお読みいただけると思います^^;

(「厚東川ダム・左岸堰堤接近計画【4】」へ続く)

ホームに戻る