厚東川ダム・左岸堰堤接近計画【5】

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(「厚東川ダム・左岸堰堤接近計画【4】」の続き)

線路跡のような大粒の礫石が散らばる平場を進み、やがて前方にダム堰堤が見えてきた。更に自分の居る位置より2mくらい低い場所に何やら入口のようなものが見える。


ズーム撮影する。
入口部分のフェンス門扉が見えている以上、もはや99%私が以前から存在を仮定していた”それ”に間違いない…


その正体が何であるかは後で述べるとして、非常に深刻な問題に直面した。
これがまた如何にもドラマ性を醸し出すような事実なのだが…
ここで平場が大きく分断されていた。
写真では分かりづらいだろうが、木の葉に覆われた平場の経路があるのもここまでで、このすぐ先で斜面が大きく抉られていて道がなくなっていたのだ。


抉れた斜面の下は勾配のきついコンクリート擁壁になっていた。
ダムの両袖部分は大抵このような構造になっている
擁壁の高さは2m以上あり、常時湧き水が表面を潤しているせいか表面は苔まみれだ。もしあの擁壁を滑り落ちてしまったら登り直しはまず不可能だろう。枯れ木が散乱しているのでクッションにはなるとしても、視座からの高低差は5m以上あって転落すれば安泰とは思われない。


崩れないで残った足掛かり部分は数十センチ程度の幅しかなく、土砂が崩れたとき周囲の立木も一緒に持って行かれたのか、手がかりになる木は斜面の下側に少しあるだけだった。
小走りで渡ってあの木に身体を預けることは出来るだろう…しかし帰りは現在位置の方が高いし、頼りになる木はない。


上の写真を撮影した後、バッテリー交換ランプが点滅した。
来るとき善和橋に立ち寄って大量の写真を撮っていたため
この場所は蹲踞して交換作業を行うにも不安を覚える程の急斜面なので、一旦少し広い平場まで戻った。

バッテリーを入れ替えつつ、この難所をどうやり過ごすか考えた。

第一次計画では雨上がりの滑りやすい状況で殆ど垂直の崩れやすい崖に直面して引き返していた。あのときは突破に関して否定的に考え、しかも即断することができた。同じ場所を戻ること以前に、進行自体が酷く困難で危険なのが明白だったからだ。

それに比べて今回は本当に判断が難しかった。行くこと自体はどうにかなる。現在位置の方が高いから、慎重に進みつつもし足元が崩れて斜面を滑落しそうになったらサッと前方に跳ね、木の幹に身体を預けることができるからだ。
しかし帰りはそうはいかない。ジャンプで飛び移るにも高低差がある上に頼りになる太い木に乏しい。何よりも踏み出す足や身体を支える手が左右逆になる。帰りは行きの倍以上に難易度が高いと予想された。

労力は大きくなるが、この崩落部分を上方に巻くことも考えた。しかしその経路は絶対不可能とまでは言い切れないものの、リスクの度合いからすればまだ強行突破策の方に分があった。露岩が張り出していて、経験もない素人がよじ登るなど危険極まりない状況だったからだ。

あの崩落箇所を直接横断する以外手段がなさそうに思えた。とりわけ目の前に仮説を裏付ける「物件」が”早く撮影しに来てよ♪”と誘っているにも等しい状況とあっては、最悪、服やズボンが汚れることになろうが無傷で生還できるなら…という状況まで妥協したくなった。
やってみよう…
帰りは…もし同じ場所を通れなくても
別の経路があるはずだ。
擁壁の下へ降りてしまったら、戻るには酷い藪漕ぎを避けられない…分かり切っていた。もし簡単に脱出できるのなら、最初から急勾配の用水路など辿らずに逆ルートを辿ってダム堰堤まで到達していただろう。
左岸接近計画の時点で進行不能な酷い藪に阻まれたことを思いだそう

木の葉を被った斜面は体重を預けるのに心許ない。右足を伸ばし、数十センチしかない斜面に積もった木の葉を足先で払いのけ、靴のつま先で地山を少し掘り起こして足場を作った。それから少しずつ体重移動し、土がずり出す恐れがないことを確認した。体重を支えられる木がないので、両手を自分のお尻の後ろに置き、直接地山を押さえて行った。もし足元の土砂が一気に崩れれば、コンクリート擁壁の下まで滑り落ちるのは覚悟していた。
擁壁の下には枯れ草が積もっていたから登り直しは困難でも大怪我はしないだろうと考えていた

狭い土の斜面は安定していて、私が通過する間も体重を支持してくれた。この最も危険な部分の横断距離は、普通に歩けばものの数歩分だった。
そこを何とかやり過ごすことで私は遂にその物件へまみえることを許されたのである。

凄い…本当にあったんだ…


さすがにこの物件は本編とは別に一本取って寄り道記事に仕立てなければなるまい。
私はしばし最終ターゲットを脇に置いて、この物件に時間を割いていた。
派生記事: 厚東川ダム・左岸監査廊入口
ダム堰堤に接する位置にいる以上、左岸堰堤は殆ど自分の頭上にある。この場所には帰りに再度立ち寄ることにして、いよいよ最終ターゲットの攻略開始だ。

あの難所を経て現在は最短距離で到達できる位置にある。ここからはどんな手段をもってしてもこの急斜面を登攀しなければならない。斜面のきつさに音を上げてなどいられない。


写真でも想像つくと思うが、この斜面の厳しさは今まで私が出会ったどんな地山も凌駕していた。
45度を軽く超える急峻さで、至るところ土の地面が見えない位に木の葉が積もっている。滑って踏ん張りが効かないので足だけ使っての登攀は不可能。周囲に伸びる雑木の中から体重を預ける信頼が置ける太さのものを選んで掴み、殆ど腕の力だけで自分の身体を引き上げる必要があった。前方へ踏み出す足が自分の臍よりも高く、一歩進む毎に自分の背丈の半分近い高度を稼ぐ状態だった。

掴んでいる太い枝が万一折れれば、どんな姿勢を保とうが滑落する。体勢に依っては斜面を転がって他の立木に激突するか、監査廊入口を通り過ぎて先のコンクリート擁壁の下まで持って行かれるだろう。最悪で高低差10m以上を滑落すれば、斜面と言えどもただごとで済むとは思われない。
普通の藪漕ぎなら木々の疎らな場所を選ぶのだが、敢えて密な場所を進んだ。手がかりとなる木が多い方が進みやすいのだ。

半分程度登ってきたところ。
殆どダム堰堤に接しながら登攀している。アングルが分かりづらいが、水平線はこの写真のほぼ上端だ。
監査廊入口は既に視座から10m程度下にある。木々が下界を隠してくれているから恐怖感はあまりない。丸裸の地山だったら怖くて登れないだろう。


この先に到達すべき地があるのだから、きついとか厳しいとは思わなかった。足を滑らすことだけ注意して、ひたすらターゲットを視認しつつ登る。

袖壁の天端が見えてきた辺りから斜面がやや緩やかになった。
あと少しだ…


来たよ…ここまで…
ダム堰堤の袖壁が視座と等しくなった。

この勝負はもらったぜ!!


慎重に最後の斜面を踏みしめ、念願の場所にやってきた。
遂に到達!!拡大対象画像です。
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クリックすれば元のサイズに戻ります。


去年のダム見学会以来だ。
あのときはフェンスの反対側から自分の現在地を眺めていたのだった。
まさに今、その場所に立つ。


周辺を含めての動画撮影も行っておいた。

[再生時間: 27秒]


長かった…。
周囲の状況から接近の困難さが早くから分かっていた場所だ。距離的には大したことはない。最初に古い水路を遡行し始めた場所からの総延長は精々200m程度だろう。たったこれだけの距離を移動するのにどの経路が選択可能なのかずっと頭を悩ませていたのであった。

季節を問わず気軽に来れるような場所ではない。見学会のときは担当者随伴だったから、時間をかけて思う存分周囲の様子を撮影するほどの時間がなかった。今日は殆どこの場所一本に絞ってアジトを出てきたから時間は充分にあった。
何処から撮影開始しようかと迷ったが、まずは先ほどあの物件にまみえた時と同様、携帯で上と同じショットを撮影して”速報”を送信した。
お仕事中に画像を送りつけられた人がいらっしゃいますよね…^^;

ここまで至った足取りを地図に赤線で書き込んでみた。
北方から降りてくる細い赤線は第二次計画で引き返した一ノ坂ルートである


急な登りが用水路の末端部付近と最後のダム堰堤沿いにある。いずれも時期を選ばなければ進入自体が酷く困難な場所だ。
また、既に見てきたように左岸監査廊入口を目前にして崩落に進路を阻まれる場所がある。ここは遺憾ながら更に崩れて今以上に通りづらくなることはあっても容易にはならない。斜面へ足場を求めて通る状態なので、第一次計画のように前日が雨降りだと恐らくお手上げだろう。

これがベストな経路とは言えないかも知れない。もし監査廊入口へ向かうよりもう一段高い位置に平場の道があるなら、崩落箇所を避けて最後の急斜面も緩和できると思う。
多分そういう経路はない…背後の山越えルートはあるかも…

フェンスの内側はもちろん関係者以外立ち入り禁止だが、現在自分の居るフェンスの外側は(ダム管理者は眉をひそめるかも知れないが)居ていけない場所ではない。拡大対象画像です。
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堰堤上はアスファルトで舗装されている。そのことは見学会のときから分かっていた。
よほど大きなゴミなどが入り込めば除去する程度で、基本的にはダム管理者も滅多に立ち入らない場所であることが分かっている。


ゲート室裏側はこうなっている。
この部分は夏に開催される見学会か、現在地まで来なければ見ることができない。


フェンス門扉の柱は、下流側の袖壁の切れ目部分を利用して建てられていた。ダム湖側の袖壁はそのままで内側に柱があった。
袖壁の末端部分は比較的整っているので、柱を立てる以前から切れていたようだ。


一般人が容易に到達できる場所でないと考えられているためか、フェンス門扉には上部に有刺鉄線があるものの、側面には忍び返しがなかった。

フェンスの横からダム堰堤を眺める。上部が垂直に近く、下部がゆるやかにカーブした断面をしていることが分かる。


最近のダムでは、堰堤のこの部分は重力式擁壁と同様に断面が台形になるよう設計されたものが多い。中には流路となる部分も曲線ではなく直線的な形状のダムもある。
荒谷ダム今富ダムで確認できる

流路を曲線に加工するのは、ダム湖の水の衝撃を緩和しつつなるべく短時間で流下させるためである。
恐らくそのような条件を満たす曲線が採用されていると思う…
流路とは関係のないダムの袖部分まで曲線になっているのは最近のダムではあまり見かけない。
厚東川ダムは戦時中の資材不足で工事中断を余儀なくされた背景がある。所定のダム堰堤強度を満たしつつ、なるべくコンクリート量を減らすための設計ではなかろうか。
木屋川ダムの堰堤袖部分も同様の形状になっている

ゲート部分を仕切る巨大なコンクリートの踊り場が見える。あの場所まで係員が降りることがあるのだろうか…


フェンス門扉前から小野湖を眺める。
ここから県道が見えるし、県道側からもこの場所を見ることができる。


ダム堰堤付近の護岸に目を遣った。
元々、ここは一般人が来ることを想定していないから腰壁は低い。覗き込むと背筋がゾワゾワするのだが…


そう古さを感じさせない護岸のコンクリート壁だった。ダムと同時期なのだろうか…


デジカメ撮影はしなかったが、ダム堰堤との交差部には古い竹竿が茶柱のように湖面へ立っていて底も見えた。沿岸部はそれほど深みはなさそうだ。
多分湖底に向かって階段状に造られているのでは…

そう頻繁に来られるような場所ではない。
参考になりそうなものは何でも映像に持ち帰ろうと思った。

(「厚東川ダム・左岸堰堤接近計画【6】」へ続く)

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