宇部丸山ダム・廃取水塔【4】

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(「宇部丸山ダム・廃取水塔【3】」の続き)

一通りの撮影を済ませて引き返す途中、管理道の脇に入り江まで降りる明確な踏み跡を見つけた。
ルアー釣り客によるものだろうか…それともこの先に何か到達すべき場所があるとか?

斜面はかなり急だが、足元が見えるし周囲には手がかりになる幹が多くそれほど恐怖はなかった。


行き着いたのは水位が低くなって剥き出しになった土の斜面だった。残念ながら何か特殊な物件を求めて降りたための踏み跡ではなく、単に釣り糸を垂れる場所を探した人々によって自然発生したのだろう。

それにしても降りたった先に見えたのは確かに「普通ではない」ダム湖の様相だった。
土の山肌が現れた入り江は、まるでつい最近洪水に見舞われ水没してしまった山野を想像させるものがあったのだ。


もう少し明瞭な写真を撮りたい…
乾いた土の斜面の危険性は充分認識していたので、なるべく上部を伝って木々が遮らない場所を求めてダム湖本体の方に進んだ。

何という光景だろう!
入り江の至る所に大小取り混ぜて様々な木が幹だけ遺して林立している。


日照り続きでダムの貯水量が著しく低下したとき、よくこのような映像がテレビで流される。視聴者に渇水を伝えるインパクトあるシーンだが、現物を目にしたのは初めてだった。

斜面だけではなく入り江の中ほどまで見受けられる。


斜面やダム湖の中に起立する幹は当然ながらどれも枯死していた。細い枝は水の動きなどでもぎ取られてしまうのだろう。比較的堅牢な幹だけが湖面に突き刺さっている様子は何とも不気味な景観だった。

どの幹にもおよそ生を感じられる緑色の部分がまったくない。ダム湖湛水によって酸素を遮断され窒息死した顛末だ。
この木々が丸山ダム湖の誕生した昭和50年代のものであることは疑いない。生を失って数十年経とうとも地中に降ろした根によって姿勢を保持し続けている。このことから、ダムによってある地域が水没することになった場合も湛水域すべての草木が伐採されるわけではないらしいと知った。

取水塔のあった入り江付近に降りたときは比較的よく伐採されていて殆どが木の根を遺さない土の斜面だった。水質浄化装置や太陽光発電パネルを浮かべ、保守点検のためにボートを発着させるとき邪魔になるので除去されたのだと思う。
しかしこのような自然の入り江では山からの水が流れ込むだけで人が接近するあてがない。それで特に伐採など行わず、沢地に木々が生えたままの状態で湛水したのだろう。
昭和50年代前半のこと…現在は伐採処理などをしているのか分からない

斜面の様子。
波が打ち寄せながら徐々に水位が下がっていった経緯が地層のような形で遺っている。


撮影は、ダム湖面に突き出た枯れ木だけに終わらなかった。砂礫に満ちた斜面は進攻にリスクを伴うが、この時点であるスキームが頭を過ぎっていた。
これを辿って行けば、さっきの浅瀬に出られるかも知れない…
上の写真で観るなら、こんな斜面を伝って歩いていくなど危険極まりない冒険に映るだろう。実際、砂礫が溜まったまま干上がった斜面は足元が脆弱で崩れやすかった。進攻する間も不安定な転石は須くダム湖へ転がり落ちていった。
しかし自分も石ころと同じ顛末を辿るとは思えなかった。斜面の上部は傾斜が緩やかだったし、手がかりになる枝は充分にあった。途中、斜面にしだれかかる倒木をやり過ごすのが若干困難だったくらいだ。

予想通り、この斜面を辿ることであの塔の下に見えていた浅瀬に到達できる。
既に廃塔が姿を現そうとしていた。こんな場所まで来れようとは…


ここからの撮影はもちろん、水位が下がった今のような状況で訪れた人は誰も居ないだろう。


廃塔の全景。
距離はさっきの場所から眺めたよりも若干遠いが、木々に邪魔されない写真を撮ることができた。


ここは、つい先ほど桟橋の横から見おろしていたあの浅瀬だ。
いや…浅瀬というよりは恐らくダム湖に突き出た低い岬の一部だろうか。先の方で急に深くなっているように思われたからだ。


浅瀬部分は狭いテーブル状で、動ける範囲はかなり限られた。
振り返って入り江部分を撮影している。林立する枯れ木が何とも異様な雰囲気だった。


剥き出しの斜面に薄緑色を呈したダム湖の水…それさえ排除するなら、ずっと昔に上高地を訪れたとき目にした大正池の枯れ木を想起させた。


浅瀬の先端ぎりぎりまで進出し、腕を伸ばして得た真横からのショット。
ボートを使うなら別として、このアングルからは水位の低い今でなければ撮影不可能だ。


壊されたサッシ窓をズームする。
ガラスの破片が一部窓枠に残っているのが見える。外側に枠が付いていたらしいが、脱落してしまったようだ。


サッシ枠に紐状のものが絡まっているのが見える。あの桟橋に渡り、ロープに石をくくりつけたものを使って打ち壊したのだろうか…特殊な道具を使わない限りあの窓ガラスを破壊することはできない筈だ。
遙か昔、あの封鎖に使われた鋼板にペイントした連中が内部に侵入を試みたのだろうか。
ガラスを割ったところであの窓まで安全に到達する方法などない

窓の奥をズームしてみたが、内部は当然真っ暗なわけで何も見えなかった。

屋上をズームする。
ゲートを昇降させるのに使われる予定だった巻き上げ機の一部が見える。


私ならずとも、廃モノ属性の強い読者ならあの塔の内部がどうなっているか気になることだろう。
改めて説明するまでもなく、この塔の内部を窺う方法はまったく存在しない。とりわけ塔の入口は施錠された扉ではなく鋼板で覆われているということは、企業局の担当者ですらこの塔の出入りを将来にわたって予定していないことを意味する。誰も近づいてはならない、正体を知ろうとしてはならないために鋼板をもって封印されたのだ。

そう書き放ち、私の記述のせいでいやが上にも好奇心をそそられ気になって夜眠れないなんて読者が現れては困るから(何)正体を解明し得ない苦痛を和らげるためにも内部の様子を想像すると…

封印されると決まった時点で搬出可能なものは移動しているだろうから、内部には据え置き型の機器や他に転用できないものが遺されていると想像される。ゲート操作のための制御盤をはじめ、大坪ダム側に向かう圧力隧道への流入量を計測・記録するための機器、一連のデータを管理所へ送る配線、換気扇、排気ダクト、蛍光灯カバー、電源遮断機、外部との連絡用機器などだ。
現役で使用されている注水塔とは異なり、廃塔には桟橋付近から電線も伸びていない。塔の入口右側に何かを外したような痕跡があるので、電柱や配線も含めてすべて撤去したのだろう。
大坪ダム計画が頓挫したので電柱は当初から設置されなかったかも知れない…管理道沿いに見受けられない

取水ゲートは入口の反対側に取り付けられており、取水塔付近からこの廃塔の裏側を見ることができる。
ゲートとほぼ同じ幅でコンクリート壁が成型されているのが見える
大坪ダム計画を見越してこの取水塔が造られた以上、間違いなくゲートが存在する。もしかするとその先の圧力隧道も途中まで掘削されているかも知れない。
いずれも低水位の現在でさえもそれらはダム湖の底部に沈んでおり、永久に姿を現すことはない。
背面からの写真を見る限りゲートは引き上げられ廃塔内に格納されているようにも思える

また、屋上昇降用の階段があり、電源に問題があるときのために手動のワイヤ巻き上げ機が置かれている。
これも同様に取水塔や桟橋から巻き上げ機ゲート開閉度ゲージが屋上に取り残されているのが見える

窓ガラスが割られているので、雨風が内部へ容赦なく降り注いで床は埃だらけだろう。そこには巨額を投じて造られたものの一度も機能を発揮することなく放棄され、30年以上隔離された空間が眠っているのだ。

残念だがこれ以上のことは知り得ず、また知ろうとするための努力を払ってはならないようだ。
あまり余計なことを書くと強行突破を試みてダム湖に転落する読者を発生させてもいけないので現地に戻ると…

浅瀬の突端に立って撮影していながら、私はこの周辺の地形がどうなっているか想像がつかなかった。
現在居る場所は浅瀬のように見えるのに、桟橋付近はもの凄い崖になっているからだ。


コンクリート吹付けの崖は極めて急で、上から眺めたら殆ど垂直に見えた。
最上部の水の跡がついている場所は崖の上から1m位下にあり、現在の水面から水の跡までは4m以上あった。


コンクリート吹付けの末端部は何の養生もされておらず、水位が上昇すれば遠慮なしに裏込部分がダム湖の水で満たされるようだった。


吹き付け斜面の末端部までは接近できるが、とにかく怖い。身体ごとその場所へ移動するのも嫌なので、及び腰ながら内部にカメラだけ挿入して撮影してみた。
カメラを45度傾けて撮影している


内部深くまで侵食されている。ダム湖の水の動きで崖が削られることさえ防げれば足りる造りのようだ。

もう二度とこの場所に来ることはないだろう…と言うか、これほど水位が下がることもないだろうから、まとまった雨さえ降れば物理的に到達不可能になるだろう。

何か到達記念を遺したいと思った。
周囲にあった眺めの枝を進攻可能な浅瀬の突端に突き刺した。


残念ながらこんな儚いサインでは、水位が戻るだけで倒されてしまうだろう。
長い枝が突き出ている場所までは精々人の背丈程度だろうが、その先は明らかに水の色が違って深みを帯びていた。


帰りは当然ながら斜面が逆勾配になる。
枝につかまる右手をフリーにするためにショルダーバッグを左肩へ架け替える必要があった。


踏み跡をたどってここまで降りてきた積もりが、何処だったか分からなくなった。
しかし管理道はすぐ上に見えていたので、適当な場所で藪を突っ切って強引に復帰した。

藪の端で自転車が主の帰りを待っていた。


本編の続きがあるとすれば、精々異なるアングルから廃塔を撮影できたとき位のものだろう。
言うまでもなくあの廃塔への進攻は考えていない。物理的に不可能か、あまりにも危険過ぎる。桟橋を渡ることすら実行する積もりはない。

大坪ダム計画が再燃する可能性は限りなく低い以上、この取水塔が再度脚光を浴びることはないだろう。この場所に在り続けることについて今以上の問題が起きなければ、この先何十年となくずっとダム湖上に佇み続け、極めて緩やかなプロセスで自然に還っていくのだろうか…
自然倒壊に至るまでは百年以上かかるだろう…

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