やっとたどり着けたのに侵入禁止!なんて書いてあったらどうしよう…
明確に禁止と謳われている場所へ勝手に入り込むのは、やはり気持ちが悪い。では札が出ているのを見なかったことにして、全く別の場所からコッソリ入ることを企てるかも知れないのだが…
幸い、そんな姑息な手段に訴える必要はなかった。
通行は自由です。
ホッとした。
敷地内に農作物を荒らす野生動物を締め出すための柵だった。
テーマ踏査にあっては、非常に興味深い場所を発掘しながら「入ってはいけない」を告げる標識を目にするほど辛いことはない。特に一見して何の危険もなさそうな場合は締め出し標識を呪いたい気持ちになる。
それだけにこの「通行は自由です」と進行を明示的に容認している表示に、少しばかり心がホンワカッと温かくなった。
街中で見かけるこうした標示板の文言は「関係者以外立入禁止」とか「入ってはいけません」など”〜してはいけない”系の警告表示が殆どで、どうかすると「発覚次第警察に通報します」なんて穏やかでないものもある。まあ、社有地だとか本当に危険な場所なら当然なのだが、逆に「お入り下さい」「通っていいよ」のような”〜していいです”系の標示なんて殆ど見かけない。
大した危険がない場所でも子どもなどが侵入して怪我をすると、危ない場所が放置されていたから事件が起きた…などという話になりがちだ。それなら行政も土地の所有者も管理責任を問われる前に立入禁止にしてフェンスで仕切ろう…ということになるのだろう。
(テーマ踏査ではすべて自己責任…怪我をして事件になってはいけないと強硬主張する根拠の一つ)
扉は2枚の鉄格子を重ね合わせ、格子部分を鉄製の洗濯バサミみたいな部材で固定してあった。
簡素だけどなかなかいいアイデアだ。
こうして全く労せずして扉の内側の人となった。
その先は軽トラでも通れそうな農道が取水口付近まで続いていた。ここまで来ればもう楽勝だ。
見えてきた。
堰堤や取水口は左岸側からの方がずっとよく見える。

右岸の取水口前後は高いコンクリート護岸に固められ、敷地から以外は全く接近する術はない。強引に河川敷へ降りても徒労に終わっていただろう。
堰堤のちょうど正面に河川敷まで降りる踏み跡があった。
おっと…
踏み跡ではない。喜び勇んで駆け下りる前に足元要チェックだ。
田畑の余剰水を流す開渠があって、周囲の草に隠されて落とし穴状態になっていた。
一般人は用事がない設備だから河川敷に降りる階段などはない。河床に近い斜面からは水が染み出て滑りやすそうなので注意が要った。
さて、大変な労力と時間を費やして左岸の正面に来ることができたが、ここで決定的な問題が…
堰堤まで渡れません(>_<);

魚道があることは右岸側から分かっていた。しかし露岩が目立つので、飛び石伝いに堰堤部まで行けるだろうと楽観していた。
階段状になっている魚道は意外に幅があって、目測で2m以上。
この幅は下流までずっと続いている。魚が遡行するくらいだからそれなりに水量も多い。
魚道の端には上流から流れてきたと思われる倒木が引っ掛かっていた。
あるいは私と同じ考えを持つ誰かが仮置きしたのだろうか…

これを魚道の上に架ければ橋代わりになるのではと思いつつ、実行しなかった。
相当重そうだし、即席の丸太橋代わりにするには短くて如何にも不安定そうだ。魚道には水量があるから、架けようとして落とせば間違いなく流され途中で引っかかるだろう。そうなれば靴を脱ぎ、魚道へ足を突っ込んででも責任をもって回収しなければなるまい。
助走してジャンプしようか…
自分の身体能力と相談した場合、どうにかならなくもない挑戦的な幅だった。ただ、この幅なら相当に助走が必要だ。まずいことに2m幅の魚道の前後に充分な助走場がなく、流木の引っかかっている場所に副魚道のような溝がある。助走して飛び越えるにはここに足場を置く三段跳びのような技巧が要る。
踏み切り場を違えれば足を挫くだろうし、仮にハイジャンプ自体が成功してもジャンプした先の堰堤上で確実に着地できなければならない。足を滑らせたり勢い余って停止できなければ、左右どちらかの緩衝池部分に転落だ。そうした神業的なチャレンジを往復の2度求められるのだ。
無理…
諦めます。
”いちかばちか”のような危ない行為はテーマ踏査になじまない。そもそも堰堤の上まで到達できれば、そこを伝って普通に取水塔まで行けてしまう。危険だから簡単には近づけないようになっているのだ。諦めます。
(こんな場所で事件を起こせばそれこそ河川敷まで立入禁止になってしまう…)
堰堤へ渡ることは完全に諦めて、代わりにここからパノラマ動画撮影を撮っておいた。
[撮影時間: 25秒]
既に午後2時を回っており、西日がきつい。
下流側を避けて上流を向いてのショットが多い理由だ。
取水口の撮影場所を求めて、露岩伝いに上流側へ移動した。もっとも動ける範囲はかなり限られていた。
取水口を撮影。
スクリーン付き開渠が見える。中央の控え柱を含めて幅は6m程度だろうか。

井堰や取入口の諸元は、先ほど訪れた正門付近に水利利用標識と共に掲示されていた。
水利利用標識によれば、設計取水量は6.0m3/秒とされている。維持流量は0.23m/秒だから、現在上流から来る水量がこの通りなら、阿武川の水は榎谷取入口で殆ど導水路側へ回っていることになる。
(取水量の6.0m3/秒は上限を指すのかも知れない)
堰堤の上流側と下流側。
上流側の水位は1.42mに保たれているという。大雨のときには堰堤の上も越流するくらいの水量があるのだろうか…
堰堤上を渡って取水口へ接近できなければ、ここから撮影できるものは以上がすべてだ。
(実際はこれ以上に写真を撮っている…ここにすべてを載せているわけではない)
さて、戻ろうか。
斜面を駆け上がり農道に戻った。
もちろん帰るときは扉をきちんと閉めて洗濯バサミも掛けておいた。
車を転回した。
新しい変化の便りでも聞かない限り、再び訪れることはないだろう。
さて、次の行き先は…
取水口から飲み込まれた阿武川の水を追って生雲ダムへ向かうことになる。
この地図を頭に入れた私は、一旦国道9号に出て全く初めて訪れることになる生雲集落方面へ向かった。
---
時系列的には「長門峡発電所・生雲ダム注水口【1】」へ続きます。