徳山導水路・上水槽【1】

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徳山導水路の上水槽は、徳山発電所に発電用兼工業用水を送る隧道の末端部分と水圧鉄管路を接続する設備である。
以下に上水槽の所在地を地図で示す。


上水槽は「発電所の上部に位置する水槽」の意味であり、上水の水槽ではない。
徳山発電所から離れているためここは夏季見学会の公開対象外になっている。内部を観ることはできないが、上の地図でも分かるように山腹へ向かう道があって車でも行くことができる。そのことは東部発電事務所の担当者からも情報を頂いていた。

なお、現地では上水槽と水圧鉄管路の写真をランダムに撮影しているので、本編および次編では適宜並び替えて上水槽と水圧鉄管路を併せて掲載している。

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時系列では「徳山発電所・平成24年度見学会【3】」の続きとなる。

簡単には行けないだろうと薄々覚悟はしていたがやはり道に迷った。
初回は高尾市営団地群の中を彷徨い、2度目は思い切り坂を登った先で行き止まりの憂き目に遭って転回に酷く苦労させられた。3度目で漸く山腹を目指す道を選ぶことができた。

等高線から予測されていたように道中はもの凄い急勾配だった。意外に昔からある道のようで、アスファルト舗装路ながら山側には無数の道祖神か何かの石仏が並んでいるのが異様だった。

やっと見えてきた。
途中で停止すれば再発進が厳しいほどの登り坂である。


水圧鉄管路を横断する部分はコンクリート床版になっていてその手前右側に車を置けるスペースがあった。


時刻はとうに5時を過ぎている。しかしなおも西日がきつい。梅雨明け宣言が出てから西日本一帯の暑さは本当に厳しい。もっとも暑さより到達できたことの悦びの方がずっと大きい。さっそく予備のバッテリーをポケットに入れて車から降りた。

まずは道路のコンクリート床版橋から上水槽を眺めた。
水圧鉄管路はかなり低い位置から始まっており、上水槽は現在地点より更に10m以上高い。


下から建屋をズームしてみたが、門扉らしきものの一部しか分からなかった。


この舗装路は東部発電事務所専用の管理道ではなく、この奥に行き先があるようだ。
「京都大学 徳山試験地」という私製の立て札が道の脇に設置されていた。
何かの実験場があるのだろう…まさかこんな山奥が受験会場じゃないよね^^;


その先で更に山を目指す道と分岐しており、林道松ヶ甲線という起点の立て札があった。
いずれの道もこの先は何処にも抜けられないせいか、道中一台の車にも出会わなかった。


さて、かなり歩いてきたがここから振り返ったところに上水槽への管理道入口がある。
写真では分かりづらいがどの方向へ進むにもおよそ平坦地がない場所だ。


およそ予測された通り進入路の入口からして立入禁止になっていた。
せめてあの平坦な上水槽の手前まで行かせて欲しかったのだが…


「危ない!! 立入禁止の文言はダテではない。
敷地内の安全性はともかく、桝蓋一枚下は垂直高で130m以上、斜路で300m以上を一気に工業用水が下り降りているのだから、川を潜るサイフォンどころの比ではない。
もっとも監視カメラ設置の札はダテではあるが…


市外へ遠征していようが「入ってはいけません!!」と明示されている札を見て鼻で笑い侵入する野蛮人ではない。東部発電事務所の担当者も当然管理区域外から観察するという前提で場所を案内してくれたのだ。
その代わり特に制限がない場所なら、危険が予測されようが目的に応じて自己責任で接近するポリシーである。例えば有刺鉄線フェンスの外側から観察する分は何ら問題はない。

ここまで登って来た道は下り勾配、上水槽に向かう進入路は更に登り、そして斜面を固める擁壁の天端はレベルになっている。
まずは擁壁の天端を歩くことに。


スタート地点は擁壁高ほぼゼロでもフェンスの手前で道路との高低差は既に3mを超えている。
しかし擁壁裏側の平場は幅があり、歩いての接近はそんなに危険なタスクではなかった。


あいにくフェンスはコンクリート擁壁より随分手前に設置されていた。
ネットフェンスの網目にカメラを押しつけても下から眺めたのと大差ない情報しかもたらさなかった。


ならば上水槽の敷地を囲むあの有刺鉄線フェンスの前まで…
これは尋常でない急斜面だった。


危険ではないのか?と問われれば、そうですねと頷く以外ない。ここが人里離れた場所だからできる芸当であって、もし民家がぎっしり並ぶ東部発電事務所の裏側の斜面がこんなだったら自重しているだろう。いくら自分が大丈夫でも傍観者はそうは見てくれない。

足掛かりを確かめつつ急斜面を登る。ここがどれほど怖い場所かって言うと…
この高さなのだ。もちろん下側に柵などいっさいない。


滑る心配はないのか?って再度問われれば、有り得ますねと答えるだろう。地山の上を枯れ草が覆っている。もし足を滑らせれば普通に一番下まで落ちる。


もっともこの場所で下向きの写真を撮影できている位だから自分の行動の安全面には自信を持っていた。
これほど枯れ草が散らばっているということは、草刈り機を肩に背負った作業員が仕事をした証拠だ。彼らも命綱を装着して草刈りなどしない。カメラしか携えていない私が不用意に足を滑らせるほど鈍臭くはない。

ひとまず進入路のフェンスまでたどり着き網目に手を掛けた。これで転落の危険は回避できる。
そこには巨大な門扉がギロチンのようにぶら下がっていた。


真横から撮影している。
コンクリートの太い柱があって、操作室を支えるために上部が広がっている。この形状は長門峡発電所榎谷取入口で見たゲート室に似ている。


片手で網目を持って体勢を保持し、右手でカメラを支えてズーム撮影する。
シャッターを押す瞬間少しでも動くとブレて映像が不鮮明になってしまう
水槽門扉という文字が見える。制作年月や重量など見学会でみたドラフト門扉とほぼ同じだ。


この門扉と動作については、発電所を見学したとき黒板に描かれた図と共に説明を受けた。
そのときの担当者の言葉を思い出した。
「点検時に上水槽の門扉が閉じられます。不測の事態が起きたときは通常動作の10倍の速度で閉じることができます。」
諸元表を見ると、確かに非常時の開閉速度が通常動作の10倍になっている。常時動作が毎分30cmだから非常時でもかなりゆっくりと閉じられることになる。

想定される非常時とは送水をいち早く停止すべき事態に他ならない。大地震による水圧鉄管路の破断、発電タービンや水車の致命的破損に伴う負荷開放などが考えられる。それでも門扉を即座に完全に閉じるわけにはいかない。この10倍動作は二次災害を引き起こさないための限界値なのだろう。
「今までにそういう非常事態に見舞われたことはありますか?」
「幸いに一度もありません。」
送水を遮断する門扉はどういう構造になっているのだろう…
現地で眺める限り、通常は門扉を吊って経路を開いていてワイヤを緩める形で閉じるのだろうか。

もしそうなら、ワイヤが破断するなど不測の事態で門扉が落ちて送水経路がいきなり遮断されてしまうのが一番恐るべき事故だろう。間違いなく二重三重の対策が取られている筈だが、仮にも送水がいきなり全閉塞状態になったら発電所は致命的なダメージを受けるだろう。上水槽から下部の水圧鉄管路は負圧を受けて変形し、管内に大気が入り込めば管路は空になって水車は負荷から完全開放される…発電用水車は概ね無負荷状態の回転に1分間程度耐える設計になっているという。緊急停止させなければ壊れてしまう。
深刻なのは上水槽に水を送る徳山導水路側で、水撃にどれほど耐えられるか未知数だ。地被りの薄い場所で破断すれば水が溢れ、急斜面の麓は深刻な事態になるだろう。
送出側でも異常を検出すれば瞬時に取水口を閉鎖するだろう…

上水槽の背面には建築ブロック積みの小さな小屋があった。恐らく流量などの計測用だろう。


総延長14kmにも及ぶ徳山導水路はここから水越逆調整池まで繋がっている。土被りの薄い場所もあるので完全に一本の隧道となっているとは言い切れないが、こちらからも隧道を掘ったのだろう。
見学会で黒板に描かれたイラストによれば無圧隧道のように思えるが、流下レベルは上水槽のある敷地の下でポータルはもちろん流水そのものも見られない。ただあの縞鋼板で覆われた部分に緩衝用の水槽があり、今の瞬間にも用水が送られ続けている筈だ…と想像するのみである。

上水槽の前面。
縞鋼板は中央ではなく左右2ヶ所にある。一番奥にある水色の桝はバイパス管だから、本管部分は流入部分を二条化しているのではないだろうか。
一方がいきなり閉塞しても他方から流れて水撃を緩和する…などとなっていると思う


上水槽の門扉を操作する必要があったとしても、東部発電事務所の制御室から遠隔操作できる。あの梯子を伝って建屋に上がり、ドアを開けて直接操作するようなことがあるのだろうか…
まず鍵が掛かっているだろうから緊急のときに現地で操作できるのだろうかという疑問が残る

帰りはフェンスの網目に手を掛けて下まで降りた。
今度はここへ来るときには一旦通り過ごした水圧鉄管路の観察だ。

(「徳山導水路・上水槽【2】」へ続く)

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