お知らせの履歴・2017年

トップページに掲載されたお知らせ履歴です。
以前掲載していたものを確認するための自分用データです

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補助ドキュメントを整備しています。
当サイトの殆どの記事は、写真を元にした物件の解説です。簡単な調べ物などに対応するため全体をざっと書き上げた総括記事、現地を訪れたときのレポートを詳細に追う時系列記事、現地調査の過程で副次的に得られた成果や案件を複数収録する派生記事が該当します。少数ですがそれ以外のドキュメントが存在します。このサイトの概要、制作者のプロフィール、記事制作の上での取り決めなどをまとめた記事です。

現時点でそれらの記事は補助的なものとみなされ、物件のようにカテゴライズされていません。サイトのトップ一番下にリンクを貼ったテキストを配置しているだけです。当面はそれで足りていたものの、初期に書かれたものなのでフォーマットが統一されておらず内容もかなり古くなっています。更に情報伝播ツールとして無視できない影響力をもつFacebook(以下FBと略記)に関する取り決めやアカウント、ページの扱いなど明言しておく必要がある項目が増えてきました。4月より導入した自主緩和ルールにより、一部のFB記事リンクが可読となり私のアカウントも判明する状況になっていますが、少なくとも当サイト上ではまだFBの私のアカウントを明記していません。

現在、プロフィールを含めて一連の必要なドキュメントを整備しています。これらはすべて物件関連の記事には属さない補助ドキュメントとして同一ディレクトリへ置いていずれインデックスで容易に閲覧できるようにします。あれもこれもかじりかけ状態になりますが、思いついたところからでも情報を整備するのは、何も無いよりもマシですので。

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不適切なデータの差し替えに着手します。
当サイトの開設は2011年11月1日ということになっています。一応、ちゃんと「品質管理|総則・定義」の項目でそのように記載しています。この記述がどういう意味を持つかは措いて、曲がりなりにも5年以上固定したサイトを構築してドキュメントを供給し続けていることになります。最初は趣味と道楽から始めてはいるものの、一連の周辺ドキュメント整備も行っていることから分かるように、単に面白いとか役に立つで終わるだけではなく責任ある情報提供を意識していました。

初期に作成した記事と最近の記事では多くの点で相違があります。記事の書き方が違うし、余談的内容をまとめるときの仕様も異なります。写真の撮り方や品位に違いがあるし随所で埋め込んだ地図などにも設定の差があります。記事内容の情報量が違うのは経験のなせる業なので致し方ないとして、初期は面倒だからとかなりいい加減なことをしている部分がみられます。そのうちのもっとも重要なものが著作権の問題です。

どんな物件もそれが何処にあるかは重要な情報なので、地図を伴います。地図の埋め込みは国土地理院やYahoo!などがウェブサイト埋め込み用途での使用法を規定しています。単純な場所情報では概ね規定通りに行っていますが、提供されている地図にテキストや記号を追加で埋め込みたい場面がでてきたとき、既存の地図をコピーした上に描画ソフトで記号を書き入れているものがあります。

地図への上乗せ機能は国土地理院の地図でもかつて提供されていて、スクリプト実行時のデータとして同一ファイルに埋め込まれていました。このため閲覧者に特殊なアドイン追加を求めたりデータをダウンロードさせることなく表示できていました。現在は上乗せデータはXMLファイルなどに分離する形式になったので汎用性がある半面、データの作成も閲覧も大変面倒になってしまいました。地図をコピーして手書きソフトで追加描画し画像ファイルとして掲載する方が早いわけで、ネット上には国土地理院の山岳地図をコピーしてルートを手書きした画像を載せたサイトが沢山みられます。大勢がやっているから追認されるというものでもなく、これらの行為は著作権侵害になります。かと言って上乗せ情報が必要な地図提示を行いたいとき、毎回毎回土台となる地図を手書き作成するのは非現実的です。

場所データを頻繁に提供することとなる新聞社ではネット上で閲覧できる地図データの流用をどう考えているのか尋ねたところ、やはり同じ問題を認識しているとのことでした。掲載頻度が高い場合はゼンリンなどの地図提供会社にライセンス契約して許諾をもらうものの、それほどでもない場合はまさかコピーはできず、結局既存の地図を参照しつつ手書きした地図を載せているとのことでした。

多くの上乗せデータを必要とする場合に土台の地図を一から手書きするのは大変面倒な作業ですが、かと言って5年以上も運営し実績も積み上げている当サイトが著作権侵害を放任していい筈もないので、今後時間をかけて対処します。具体的には島地区恩田町5丁目の地区道関連記事で用いられた地図が該当します。元々の地図と航空映像、現地で調べて得た情報を元に描いたものに差し替えています。この他にも著作権フリーでない画像を流用しているものがあり、今後問題ないものに取り替える予定です。

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さて、宇部ネタに復帰しますかな…
昨日(26日)のこと、旅行記を取りあえず時系列レベルで最後まで書き上げました。完成と言えば完成ですが、一度最初から最後まで通して読み、時系列の繋がりに矛盾がないか、重要な漏れや勘違いがないかの推敲作業があります。自分の頭の中にある情報は全部アウトプットしたので、一両日程度おいて推敲にかかります。

若干の時間をおくのは少し落ち着いた状況という別の視点から眺めることでの気づきに期待する他に、いい加減放置状態になっていたタスクを片付ける必要があるからです。何しろ旅行記の時系列記述の完結を最優先課題におき、月末までに書き上げると宣言して進めていました。当面の目標を達成できたので、後回しになっていたコラム執筆と記事作成に配分しました。

今日は昼からまずコラム向けの執筆に注力し、来月向けの掲載案を完成しました。既にメール経由で提出済みです。次にある方から調査依頼を受けていた案件(3件)のうち最も記事化が容易な1件についてサクッと書き上げました。現地調査自体は既に終えていました。記述量はそこそこあるんですが、旅行記のヘビーな記述を思えば「チョロいもの」です。換言すれば旅行記の時系列記述は自分にとって今まで経験した中で最大級の労力を要する持久戦でした。

この調子で進められれば良いんですが、残念ながらその保証はできません。月末月初めに結構いろんなスケジュールが詰まっているからです。その中には新たな記述を要するイベントもあります。なかなかにハードですけど心理的な負担はありません。むしろ多忙を楽しんでいます。今やっておいたことは先々でかならず効いてきます。諺で「味噌へ入れた塩は他所には行かない」といいます。同様に「書き上げたドキュメントは余所には行かない」。

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旅行記を執筆しています
最近地元ネタの記事が上がらない代わりに、何故か県外の名所や史跡が記事化されています。おおよそ推察されるように、先月の下旬に記事化されているような観光地へ行ってきました。自転車や徒歩など安価な手段で市内にある題材を細々と採取する我が身を、別の場所ではやや自虐的に「貧乏な暇人の旅行」と表現しています。先月のは自分にとって何年ぶりかの本格的な旅行でした。

このたびの旅行は記事化されているような観光名所が主ですが、遠くに出かけて羽根を伸ばして「楽しかった」で終わる旅ではありません。違う環境に身を置くことで我が身や我が郷土が見えてくるものであり、それを自身にインストールすると共に情報をアウトプットすることも目的と考えています。それ故に、旅行から帰って来るや否やすぐに執筆を開始しています。

時が経てば、どんな感動も次第に鮮明度を失っていきます。そうならないうちにまず全データを記述しています。申し訳ありませんが個人的に立ち入った記述も含まれるので、今のところ全データを当サイトで公開する予定はありません。あるとしても査読を通して問題ない部分だけの提供となるでしょう。それでは最悪何のデータも公開できなくなる恐れがあるので、公開に問題がなく一般の読者にも提供できそうな題材を個別記事に仕立てて先行公開しています。市内題材ではありませんが、何処を見てどのように表現しているかの宇部マニズムはそのまま生きています。

現在、全体のおよそ3分の2を書き上げています。当サイトの時系列記事は1つのファイルに20枚の写真を収録する暗黙的規定があり、その仕様に則って全データを記述しています。現在既に第17編を記述中であり、写真を70%縮小で印刷したとしてもA4用紙で140ページに及ぶことが分かっています。全データを完全に書き上げれば第25編くらいまで行きそうなので、すべてを印刷することは困難でしょう。写真と本文のレイアウトを考慮し、印刷したとき少ないページ数で多くを詰め込める工夫も考えています。

月末までに書き上げようと目標を立てているため、作業にもう少し時間を割きます。暫く地元ネタの記事化が進みませんがご了承ください。

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プリンタを購入しました
郷土に関するドキュメントをどんどん増殖させている身ながら、信じがたいことにアジトにはプリンタがありませんでした。記事を印刷して持ち出す必要が殆どなかったからです。毎月のコラム執筆分も含めて校正は常に画面で行っていました。

あれでも野山時代の初期はプリンタを使っていました。しかしWindowsXPがリリースされたときドライバが対応しなくなったので、スキャナと共に廃棄して以降買い換えないままでした。

最近、紙媒体で印刷したい場面が増えてきました。先日実施した「島の小路を歩く」プログラムではマップが必要でしたし、野山に暮らす両親に記事を読ませたいと思うようになりました。親はネットとは無縁な生活をしているので紙媒体は今なお重要です。それからページ数が膨れあがっているドキュメントは、一度印刷して全体をチェックしたくなりました。画面上でのスクロールやページ繰りは意外に面倒です。紙媒体なら数ページパラパラッとめくれば一瞬です。

プリンタ自体は安く売っているのを知っていたので、あまり深く考えずまずは使えるプリンタを新調しました。


詳細な経緯は自分のタイムライン[1]に書いたので当サイト向けのことを書きますと…印刷対応を考えて記事に埋め込んでいる画像の掲載形式の変更を考えています。今は重要度の低い画像は480×360サイズを使っています。大きい画像を含む記事は、印刷したとき時間がかかるしインクも消費するからです。しかし遠景や詳細を知りたい遺構の写真は今まで通りのものを載せたいので、画面上では縮小表示して詳細を見たい場合にはリンクをクリックするサムネイル形式に変更するかも知れません。
出典および編集追記:

1.「FB|プリンタを購入しました(2017/3/27)(要ログイン)
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うべ探検博覧会プログラム「島の小路を歩く」を実施しました
18日の午後1時より2時間かけて島地区の小路や古井戸などを観て歩くのんびりプログラムを実施しました。宇部マニアックスとしてはプログラム第2弾になり、一昨年実行した第1弾の自転車プログラムよりは一般向けする内容でした。島地区在住民を特別ゲストに迎えて歴史面からの解説を頂き、歩いて観るだけの地味な内容を盛り立てて頂けました。
写真はプログラム実施中の風景です


数日前から天気予報は晴れでこの日も雨の心配がない天候だったものの、思ったよりも寒くて春物のズボンでは寒すぎました。スタート前に「道中はトイレがないので各自済ませて下さい」と参加者に呼びかけた本人が行き先で催してしまい、コッソリ中座してお手洗いに行ってしまうハプニングも。

最初に力車を引き揚げていたとされる石畳道、中ほどに庶民の石畳道と屋敷の古井戸を訪れ、松厳園の池や井戸を見学する行程も追加されました。それでも予定より早く進行したので、プログラムからは離れますが郷土資料館を訪れて去年のこと成し遂げた宇部マニの大仕事を参加者の皆様に披露し今後のことを熱く語りました。本プログラムのクライマックスになったようです。これは当サイトでもまだ詳細な経緯は記述していない項目です。時至れば何処かのタイミングで詳細を公表し、この「里帰りプロジェクト」の協力者を募りたいと思っています。

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うべ探検博覧会2017年春版始まりました
3月2日にプログラム一覧が公開され、3日午前10時より受付が始まっています。
うべ探検博覧会2017SPRING|体験プログラム一覧
プログラム企画は一昨年に実行した「水の大動脈の今と昔を辿る自転車ツアー」以来2回目です。前回は自転車参加が前提で集合場所が市街地から数キロ先で、更に往復10km程度自力で自転車を漕ぐというハードル高めの超コアな題材でしたが、今回は低価格でのんびりとした企画となっています。参加人数を少なめに設定していますので、ご覧になった時点で定員に達していましたらご容赦下さい。早々に定員一杯となり更に参加希望が多いようでしたら、翌日再度の開催するかも知れません。

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市制施行100周年市民委員会で提言しています
2月25日、第4回目の委員会に出席してきました。


宇部市制施行100周年市民委員会とは、5年後に迎える市制100周年という節目に何を実現したいかを多角的に検討する一般参加型の会合です。[1]委員の募集は随時行っていて、私は第1回会合は情報をキャッチすることができず第2回から参加しています。第1回目会合では委員会の進め方について議論されたようで、第2回目からは具体的に何をしたいか、何をすべきかについての各論的意見が提出されました。第3回目までにはむしろ意見が集まり過ぎたので、それらを分野毎に整理して各委員もまちづくりや雇用面、観光面など志向を一にするグループ分けが行われました。そして今回の第4回では分野ごとのグループからリーダーを選出し、既に集まった意見の中から類似するものを統合し、数を絞り込む作業が進められました。

各会合での個人的な提言内容はまとめており、記録に残しておくという意味で憩いの家ワークショップの時のように記事化を考えています。ただし憩いの家では議論の対象が単一物件だったのに対し、100周年委員会では夥しい提案が出ているので、参加各委員すべての提言を逐一まとめることは考えていません。しかし総論的な考えについてはここでも書いておこうと思います。

土曜日の午後からという時間を割いて委員会に出席する行動モチベーションは、憩いの家のときと同じです。意見を言えるオープンな場が設けられていながらそこには顔を出さず、後から決定事項について異を唱えるのはフェアではないからです。私は委員としては一個人名で出席しているものの、記事化やFBでの展開、コラムによる記事配信で宇部マニ色を前面に押し出しているからには当然市民も市外県外の人たちにも郷土へ目を向けてもらう仕掛けを考え、いくつかの事項を提言しています。その殆どは今まで議論されたことが恐らくない内容です。誰もがすぐ考えつくような提言は大抵既に唱えられているので。

投資コストはできる限り小さく、効果はなるべく大きく、しかも100周年事業というその場限りのものではなく市民も外部からの来訪者も利便性や快適性を感じてもらえる提言をいくつか考えています。当サイトでも宇部市役所が属する建物カテゴリか、あるいは地名のような無形物を収録する文化カテゴリで作成する予定です。自明なことですが、口で話すのとは異なり記録されたテキストは残ります。これは「そんな提言など聞いていない」とならないためのテキスト化でもあります。市民数十人を引っ張り出して意見を出させた以上、客観的にみて実行可能で有用と判断された提言は、かならず市の方で着手して頂きます。

提言の記録を残しておくにあたって、まずは大項目をリストアップした個人的見解と断った総括記事を作成します。次にそれらの詳細を第4回目の会合のときと同様に「提案の概要・期待される効果・問題点」の詳細を記述する予定です。
出典および編集追記:

1.「宇部市|宇部市制施行100周年市民委員会」を参照。
なお、この記事に掲載されている第2回会合からの写真にはどれも私が写っています^^;
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国土地理院の旧ドメイン運用停止について
少々の事実を曲げて煽るのが大好きな昨今のマスコミなら「国土地理院の地図が一斉にネット界から消える日」なんて感じで伝えるのでしょうか。それは些か誇張に過ぎるとしても、最終的に行き着くところが”表示されなくなる”であることに変わりはないと言えます。国土地理院がネット上で地図提供を行い始めた初期のドメインについて、将来において恒久的な使用停止を宣言したからです。
旧地理院地図・電子国土Webドメイン cyberjapan.jp 運用停止のお知らせ
記憶するところによれば、このサービスは最初期において「電子国土Web」と称して提供開始されました。国土地理院の地図は学童期に誰もが一度は見たこともある馴染みのものです。等高線が茶色、河川や水路が水色で描かれた図は社会の学習素材として紙に印刷された形で提供されました。それと同じものがネットで閲覧できるとあって、当サイトでも発足直後から飛びつき記事への埋め込み表示を活用してきました。その後電子国土は地理院地図というもう少し馴染みのある名称に変更し、機能追加も行いつつ提供されてきました。

地図はどの分野を手掛けるにあたっても基礎的な共有情報です。それだけに当初から専門性の高い窓口を造って設計や問い合わせに対処してきたようです。利用マニュアルやヘルプファイルを見ても技術力の高さが窺えます。今まで地図上の誤記の指摘[1]や不具合、どうしても解決しない問題などを何度か問い合わせましたが、その殆どについて解決に繋がる回答を頂けています。

しかし…遺憾なのは知らないうちに何度か仕様変更が行われ、その案内がまったくされない点です。例えば昭和49年度撮影の航空映像埋め込み表示がまったく出来なくなり、不審に思って問い合わせたところ「地図タイルのファイル名変更を行いましたので yk79 → gazo2 のように変更して下さい」なんてのもありました。このときは検索機能を用いて置換できたのでそれほどの騒動ではありませんでしたが…もし利用者登録できて「重要な仕様変更をメールで受け取る」の項目があったなら迷わずオプトインしていたでしょう。

その後、埋め込み情報を取得する操作を行うと常に同じ場所の誤ったURLを提示するダイアログが表示され、しかも×印をクリックしてもダイアログを閉じることができずブラウザを再起動する以外なくなる不具合が確認されてからは、新規の埋め込み地図作成を諦めていました。


先ほど上記の操作を行ったもののやはり直っていませんでした。[2]そろそろきちんと解決させようと思って久し振りに国土地理院のトップページへ移動したことで旧ドメイン停止という案内を知った次第です。頻繁に利用している方なら恐らく普通と思いますが、記事ファイルに地図の埋め込み表示を行うのにわざわざトップページを訪れません。我が町宇部市役所を中心とした位置情報をブックマークしてそこから表示させたい場所へ移動しています。ドメイン使用停止の案内は去年の12月だったようです。

さて、当サイトでも初期の埋め込み地図では旧ドメインのものを使っています。cyberjapan.jp というドメインを恒久的に利用停止するということですが、単にドメインを gsi.go.jp へ置換するだけで片付くわけではありません。昔作成した上載せ地図は(移行措置で現在も正しく表示されるようですが)現在提供されるのとは仕様も作成方法も異なります。例えば当時は HTML ファイルへ直接上載せ情報を埋め込んで実現していましたが、現在はその方法は提供されておらず元地図と上載せ情報を別々に保持する方式に変更されています。一から作り直す必要はないにしても、過去に作成した上載せ情報を一旦 geojson 形式で書き出して別ファイルに保存し、記事ファイル側から上載せ情報を呼び出す形式になります。具体的な作業手順はまだヘルプの参照が必要な段階で、置換一発というわけにはいかないのは確かです。

cyberjapan.jp の停止は来年度(平成30年度)が予定されています。ただしそこで一斉に表示停止させるのではなく、アクセス量を勘案してある程度の猶予期間が設けられるようです。それでも一連の変更情報がサイト作成者すべてに熟知されるとは考え難く、ドメインを温存しリダイレクト処理を用いてでも表示できるようにしなければ大混乱が起きるでしょう。個人レベルのみならず自治体でも何年も前に作成した埋め込み地図情報があり、それらすべてが対処済みとは思えないからです。

このようなドメイン変更・廃止は、インターネット利用上の大きな脅威であり阻害要因です。作成されたデータが数十年しないうちに「読めない存在」に帰されてしまうリスクがあるからです。政府ドメインですらこの状況なのですから、民間レベルでは信頼性は更に下がります。当サイトとて今データを保存している lolipop もこの先どの程度長期にドメインを変えず運営してくれるか未知数だし、他のすべてのドメインが同じリスクを抱えています。些か退廃的に言ってしまえば、この先何十年、何百年先にも間違いなく伝えることが出来る手段以外受け入れられないなら、すべき方法はただ一つ:「石に刻む以外ない。」
出典および編集追記:

1. 宇部線の居能駅の表示がある縮尺表示の場合に限って「伊納駅」と表示されてしまう点。数年前に指摘し現在は修正されています。

2. Firefox 50.1.0 で必ず発生します。Internet Explorer 11.0.27 では正常に動作することを確認しています。
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2017年の目標
去年の年明けの目標は2016年のファイルへ移動しています。その中で外部情報との連携と事業化を意識して進めると宣言し、地方紙の折り込みレベルですが毎月のコラム配信に至りました。それでもコラム執筆で収益が発生する点で、Facebookやホームページでの記事公開とはレベルの異なる進歩です。娯楽や道楽で進めていたことが初めて仕事となる第一歩でした。

今年の目標は、事業化に向けてのステップアップです。今のコラムとは別に業務として成り立ちそうなものを世に送り出すことを考えています。セミナーの開催や小冊子などの出版が該当します。これは郷土関連の流れで「ひとやま当てる」という野望ではなく、純粋に生活を成り立たせる上での必須項目です。それと言うのも現在メインの収入源となっている仕事は今後の先細りが確実で、あと数年経たないうちになくなってしまうと予想しているからです。具体的な業務内容については言及しませんが、誰がやっても同じ結果となる業務とだけ言っておきます。そのような業務は種類に限らず経費削減を前提として機械化や効率化で無くなってしまうのは当然とも考えています。人は誰しも人手でなければ出来ない生産的な仕事に携わるべきなので。

業務としてではない無償の啓蒙活動や記事制作は今まで通り並行します。しかしたとえ人並み以下でも生計を成り立たせるためにはコラム配信以上の収益が必要です。絶対数こそ少なくても一部の方が対価を支払ってでも欲しがるような情報を提供しようと思います。したがって従来のような重厚な時系列記事の連載は割を食って少なくなるかも知れません。

思えば、大学時代に手掛けていた巡回家庭教師と質的に類似する業務へ回帰するようです。それは対価を払って入手する仕入れが存在せず、原価ゼロで成り立ち「知識やノウハウを元にそれを求める人へ有償で伝授する」点で共通します。対価ゼロと言っても実際にはまったくのゼロではなく、その業務を手掛けるまでに蓄積されたノウハウの時間的価値です。とりたてて今何もすることがない、明白な仕事がないときにこの作業を行っておくことで商品の元に相当する部分を蓄積できます。それは今までにも相当な時間をかけてやってきたことなので、後は興味を持つ方々が情報を買ってくれるように私が持つ経験やノウハウと統合して魅力的な商品を世に送り出すことです。

(「お知らせの履歴・2016年」へ続く)

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