常盤池・にしめの鼻踏査計画【2】

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(「常盤池・にしめの鼻踏査計画【1】」の続き)

人が頻繁に訪れるとは到底思われない岬へ向かう道の途中に鶏舎のようなものを見つけた。


目的地は岬であれど途中に見つける奇妙なものは何でも対象になる。ちょっと近づいてみた。

かなり大きいカゴだ。中には空のバケツが置かれているだけで生物はもちろん他に何もなかった。


写真は割愛するが、野鳥などを自然に還すための鶏舎ではなく捕獲用の罠だった。
ケージの側面に県知事許可の札が貼られていた。相当古いものらしく文字は読み取れなかった。
こんな大きな籠を通せる道がないから資材を運んでこの場所で組み立てたのだろう

初めて訪れる場所ともなれば、周囲に相当気を遣っている。その過程で常盤原ならではのものを見つけた。
炭生跡である。


炭生(タブ)とは昔、人力で石炭を掘った跡の竪穴だ。宇部という町自体が石炭層の上に乗っているようなものなので、周辺地域を含めて殆ど何処を掘っても石炭が採取される可能性がある。とりわけ常盤池の底や岸辺(昔は常盤原と呼ばれていた)で石炭層が地表近くに近接している場所では、風雨による浸食で自然に石炭が露出していたようで、昔から「燃える石」として採取されていた経緯がある。
奇しくも後でまさにその実例を目にすることになる

もう少し接近してみると分かりやすい。秋吉台のドリーネの小型版みたいな窪地が生じている。
ここには中くらいの太さの木が生えている。


土砂流出による陥没も有り得るが、むしろその可能性の方が低いだろう。周囲は地山でどの沢にも繋がっていない。
人力による山師的な掘削法なので、掘られる場所はまちまちで深さもそれほどない。サクッと掘ってみてある程度の石炭を得れば場所を変えて別の所を掘る…という方法(「一散掘り」と呼ばれていた)で採取されていたようだ。したがってこの場所で木の葉や堆積土を丁寧に取り除けば、昔掘削した竪坑部分が現れるだろう。

これが真に炭生跡とするなら、同様のものは踏み跡の付近至るところに見られた。
ここなどは踏み跡の右側が直径数メートルの規模で陥没している。やはり沢には繋がっておらず単独の窪地になっていた。


さて、先に進むにつれて踏み跡は次第に信頼がおけなくなるくらい淡くなってきた。
その先で一旦大きく下り、再び登る場所があった。


両側の木々の隙間から常盤池の水面や空が見えるようになってきた。半島の先端部分が近づいてきた証拠だ。

こんなところに古タイヤが…
見たところリヤカーに使うような小振りのもので2個放置されていた。ここを境に踏み跡が不明瞭になってきた。


疎らな木々の間から日が差し込むせいか、下草の育ちが良い。そのせいでこの付近で踏み跡は完全に消失した。


もっともここまで来てしまえば道筋も何もない。自分が間違いなくにしめの鼻の突端に来ていることを示す眺めが得られれば足りる。大雑把に見積もっても自分は岬から10m以内の場所に居る筈だった。

ところが…
ここからの苦難は今までの道中どころの比ではなかった。
景色が見える場所まで容易に近づけない。


まず、藪から顔を出して景色を眺められる場所まで移動するのが大変だった。藪の密集度がきつく移動自体が困難な上に、汀は垂直壁のようになっていたからである。上の写真でもかなり視座が高いことが窺えるだろう。

あまりにも危険で不用意に近づけない。カメラを差し出して撮影している。
崖の下の岸辺は乾いているから降りられるだろう。それにしても撮影場所からの高低差は3m以上。足元の地面が抉れていればまず転落する。
陸繋島の帰りに岸辺が大きく抉れて危険な場所があったのを思いだそう


水位が低い今なら汀へ降りて岬の真の突端まで移動できる。もし通常の水位だったらここから眺めるのが精一杯で、到達成功感は大きく削がれただろう。

恐らくにしめの鼻の突端部分にあたる場所からの撮影。
名前の通り、西に向いて開けているために午後からだと西日に晒される。真正面を向いて撮影はできなかった。


振り返り気味にながしゃくりを向いて撮影している。対岸に遊歩道が見えている。
目の前の木が斜めを向いて生えている理由は程なくして理解できた。


以前、水位の異常上昇期に周遊園路からにしめの鼻の周囲が大きく崩れているのを目撃していた。
岬の外周がどこも垂直な崖で、そこに生える木々が斜めに育っている原因であった。


にしめの鼻の到達も藪が薄い時期に限定される上に、常盤池はまたとない程の低水位だ。今なら汀まで降りることさえ出来ればじっくり周囲を踏査できる。
絶好の機会を逃したくないにしても、事は容易には運ばなかった。崩れた直後ならまだしも、その後打ち寄せる波に洗われて周囲をすべて崖に変えてしまったのだ。
ここから眺めるだけで終わりたくない。


もっともここまで到達したからには必ず何とかしよう…その程度の本気度があった。
少しでも安全に降りられそうな場所を探し回った。


相対的に一番安全そうな場所なら、ここ以外にない。
金吹の入り江側で、岸辺が崩れてやや太めの木が横倒しになっていた。この太い幹なら体重を預けるのに信頼を置けるだろう。もっとも根は完全に抜けており、伝っているうちに幹もろとも汀へ滑り落ちるかも知れない心配はあった。


ここは集中が必要だ。絶対に怪我をしてはならない。言い換えれば一挙一動かなり用心しなければ転落が充分に有り得る危険度だった。
カメラはポケットに入れて両手を空け、2本の腕と脚をフル稼働させて体重移動をはかった。ここから降りて幹が今の位置に留まってくれさえすれば、登り直せることは目視で容易に分かったので試技はしなかった。
登るのは幹につかまって腕だけで登れる…一般に降りる方が難易度が高い

かすり傷一つ負わずこのタスクをやり遂げた。
にしめの鼻の裏側、金吹の入り江側になる。岸辺に初めて降りたったのはこの場所だった。


南東の眺め。石炭記念館が遠くに見えている。
目の前に見えている巨大な岩と言うか粘土の塊も、通常水位なら完全に水の下に隠れる筈だ。


それから徐に岬の突端へ向かう。いや…突端も何も本来ならこの場所は既に常盤池の中だ。横倒しにされたまま枯れた木も通常なら先端が現れるだけだろう。


岬のそれも水位が下がって岸辺が露出している部分だけに、移動可能な範囲はきわめて制限された。
これがにしめの鼻の突端部分である。


それにしても…
遂に到達!!
永年の夢…という程の大仰なものではなかったが、計画自体は一昨年から既に画策されていた。場所的には常盤池はアジトから近いのだが、出発点となるながしゃくりは自転車で乗って行かれず、その意味で「遠い場所」だったのである。

滅多に人が訪れない岬のまず普通では到達できない汀へ降りれば、何か新しい発見が得られるかも知れない…
期待しつつそれほど広くない岬周辺を丹念に歩き回った。

(「常盤池・にしめの鼻踏査計画【3】」へ続く)

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