常盤池・白鳥島

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記事作成日:2018/10/17
最終編集日:2018/10/18
白鳥(はくちょう)島とは常盤池の南側に存在する島である。
写真は遊園側とときわ湖水ホールを連絡する常盤橋からの撮影。


位置図を示す。


常盤橋より南側の湖水領域は慣習的に白鳥湖と呼ばれており、そこにある小さな島はかつてハクチョウの飼育用に使われていた。ペリカン島と同じく、白鳥島という名称は園内の看板や「ときわ公園MAP」を通じて公的に案内されている。ただし後述するようにハクチョウの飼育復活後もこの島での飼育は行われていないため、白鳥島という呼称が表に出ることは殆どない。

白鳥島は完全な島であり、本土側と繋がる橋はない。かつてハクチョウを飼育するエリアとして使っていた時期から担当者がボートを使って接近するのみで現在も一般公開はされておらず上陸は不可能である。
《 歴史 》
白鳥島は常盤池の誕生した当時から島だったのではなく、最初期は半島だった。明治期制作の「常盤溜井之略図」では、この島に相当する部分は通常の半島のように描かれている。池の北側にある陸繋島が絵図でも水位が下がったとき本土と繋がる形で描かれているのとは対照的である。

昭和22年の航空映像を参照すると、この場所は砂州で繋がる半島状のような地形として映っている[1]。砂州の幅もかなり広いので、築堤期からこの頃まではよほど水位が上昇しない限りいつでも到達できていたようである。昭和中期に行われた余水吐の嵩上げ改修までは常盤池の最高水位自体が現在よりも低かったことも要因にある。

常盤池の水位が下がれば再び本土と繋がる状態が見られそうなものだが、今のところその状態が観測されたことはない。これはハクチョウの飼育をこのエリアで行うにあたって砂州や周辺の浅い部分を人為的に掘削したためではないかと考えられている。

オランダからハクチョウを購入して飼育を始めたのは昭和32年のことである。これに呼応するように昭和37年の航空映像では白鳥島は現在と同様な島として写っている。[2]余水吐の改修が行われていたかどうかは分からないが、水位が高いときは本土から完全に切り離される状態だったことが分かる。あるいは本土から野犬などが渡ってハクチョウを襲うことを防ぐために砂州部分を浚渫しているかも知れない。

更にこの映像ではボートを乗り付ける斜路がまだ存在していない。水位が下がってもボートで航行可能となるように砂州部分のみならず元来の岩を削っている可能性もある。最近の低水位踏査で白鳥島と対峙する本土側に岩を直線的に削ったような痕跡が見つかっている。(後述する
《 概要 》
地図で見ると周囲は200m程度だが、全体像を眺められるのは石炭記念館の展望台程度なので、島の精確な形状はよく分からない。あらかじめ知っていなければ島であることを確認することすら難しい。何処かで繋がっている半島のように見える。


揚場側にボートを接岸して資材を搬入するための波止場がある。


波止場は幅10m程度のコンクリート製の斜路となっている。


また、本土手側には護岸に小さなスロープが数ヶ所設置されている。ハクチョウの上陸用と思われる。


人工的に造られた島のせいか、常盤橋に面した露岩の一角を除いて周囲は護岸に固められている。


護岸は間知石とコンクリートの混成で、揚場側と本土手側で傾斜が異なる。施工時期が異なるものと思われる。ハクチョウと飼育員のみが上陸する場で一般公開されていないため、護岸に手すりはない。
近くから観られる場所が殆どない上にハクチョウの飼育を止めてからは草刈りされることもないため、春先以降は島の内部が殆ど見えなくなる。白鳥島の整備記念碑などが現地に存在するかも知れないが、検証する方法は今のところない。

揚場側の半島部から切り離してできた島であるため、揚場と島の間は浅く、島と本土手の間は深い。築堤期以前の塚穴川はかつて深い側を流れていたことになる。
本土部と島の間には浅瀬を知らせる浮きが配置されている。


同様の浮きが常盤池全体でも随所にみられる。
《 Googleストリートビュー 》

《 近年の変化 》
・2017年4月頃から島内に散乱していた古い鶏舎などが片付けられ始めた。


ハクチョウの飼育再開が確定し常盤池の白鳥湖領域を仕切って一つがいのハクチョウが放たれたのは同年5月1日のことである。このときにいくつかの鶏舎が浮かべられたので使用できそうなものを移動させたようである。ただし相互に関連性はないかも知れない。

・2018年10月上旬の常盤池低水位期に揚場より本土と白鳥島を隔てている周辺の水際を調査し、浅瀬が直線的に削られて急に深くなっているような場所を見つけている。
接近限界地点から撮影…該当部分の拡大映像はこちら


これは昭和30年代にこの場所でハクチョウを飼育するとき浅瀬を削って本土から切り離したときの施工跡かも知れない。さほど古い時代ではないので記録が残っていると思われる。
以前公開していた旧総括記事。
時系列記事: 常盤池・白鳥島【旧版】
出典および編集追記:

1.「地理院地図|1947年10月7日の米軍撮影による航空映像
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白鳥島そのものに関して以下のグループでも言及している。「FBグループ|白鳥島について

2.「地理院地図|1962年7月25撮影の航空映像
表示されるページの「高解像度表示」ボタンを押せば拡大表示できる

3.「FBページ|2018/10/16の投稿

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