常盤池・ペリカン島

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現地撮影日:2012/12/3
記事編集日:2016/7/16
ときわミュージアムから真っ直ぐ常盤池に向かって下った先に半島があり、常盤神社に向かうもう一つの半島との間に小さな人工島がある。
この島でペリカンの飼育が行われており、そのままペリカン島と呼ばれている。
位置図を示す。


石炭記念館の展望台から眺めたペリカン島と常盤神社の映像である。
2009年4月の撮影


ペリカン島という呼称は地図にこそ記載されていないものの、園内には公表された標示板がある。


その命名から推測される通り、ペリカンの飼育場として今の形を備えたと推測される。それ以前に何らかの形の島が存在していたかどうかは不明だ。少なくとも常盤池の古地図として有名な常盤溜井之略図には浅瀬としての記載もされていない。
《 アクセス 》
常盤公園の西入口からはときわミュージアムの前を過ぎて彫刻広場のある半島部分に歩くことでペリカン島に近づくことができる。
実は手前にある水飲み場を意図的に撮影した写真の流用


この他に周遊園路の近くからと常盤神社に向かう参道のある半島部分からの三方から接近できるが、元々がペリカン飼育のための聖域なので、飼育担当者以外は島に立ち入ることはできない。対岸から撮影した写真や資料を元に記事を作成する。
《 特徴 》
・周囲が50m程度、島の高さは常盤池の水底から約4mで、全周を護岸に固められている。島は平坦なテーブル状で、ソテツが植えられている。
周囲に3箇所ほどペリカンが歩いて上陸するためのスロープ構造がある。半島部分から眺める限りでは判然としないが、上空から眺めると恐らく島の円形部分と3箇所のスロープは宇部市の市章と同形になっているだろう。

・平成中期までは島を拠点に自然な形で飼育されていたため、ペリカンは島を離れて自由に飛び立つことができていた。このため野外彫刻広場付近では芝生の上で日なたぼっこをしているモモイロペリカンたちの姿をよく見かけた。市内の幼稚園まで定期的に飛び立ち、園児たちと交流を深めた実話が元になった「カッタ君物語」は全国的な好評を博した。
「Wikipedia - カッタ君」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%83%E3%82%BF%E3%81%8F%E3%82%93
・平成22年に起きたハクチョウのウィルス感染事件では、ペリカンは殺処分こそ免れたものの、羽根を切られて島外に飛び立つことができなくなった。
平成24年の秋口、野鳥との接触を遮断するためペリカン島全体をネットで覆う工事が完了し現在に至っている。したがって現在では園内を散歩しているときペリカンが芝生の上で日なたぼっこしている姿を観たり、島の外でペリカンの背中を撫でるなど自由に触れあうことはできない。
現在策定中の動物園ゾーン計画が進めば状況が変わる可能性はある

2012年12月撮影の映像。
ポールを建てて島全体に蚊帳を吊ったような状況になっている。


モニュメントや説明板は彫刻広場のある半島側に存在する。


蝶ネクタイを纏っていることから、銅像はモモイロペリカンのカッタ君をモチーフにしたものだろう。
しかしそのことに関する説明板などはなかった


ペリカンたちの種別を写真付きで解説する説明板。
ペリカンの背中に子どもが乗っているイラストの意味は、今後正しく理解する人が減っていくのではなかろうか…拡大対象画像です。
画像にマウスをかざすと拡大、ダブルクリックで最大化します。
クリックすれば元のサイズに戻ります。


彫刻広場側の半島側に係員が餌付けを行うための出入口が存在する。普段は閉じられている。


午後3時頃に餌付けが行われる。


感染対策とは言え、ネット越しの撮影なのででカメラのピントを合わせづらいのは如何ともし難い。


ペリカン島は常盤池本体の沖合いに向かってやや伸びた扁平な形をしている。


ペリカン島誕生の経緯は調べてみなければ分からない。昭和49年度の国土画像情報閲覧システムでも既に存在しており、上陸用のスロープも見えていて成り立ちは意外に古そうだ。当時は現在よりも汀が離れており、ペリカンを近くで観察できるようにある程度本土側の岸辺を埋めて護岸を築いたらしい。

次の2枚は、ペリカン島がネットで覆われる以前の2009年夏の撮影である。


現在もだが、ペリカンたちは暇さえあれば毛繕いをしている。
仕草といい表情といい、どことなくユーモラスだ。
あの水かきが特に可愛い…基本的にアヒル類などは好きだ


やや話が脱線するが、ペリカン島を間近に観察することができる彫刻広場の半島は、平成4年後期に護岸工事が行われた。その後現在の自然色アスファルトによる遊歩道を備えた彫刻広場が整備された。工事に係る測量や段取りに追われている合間、そんな人間どもの多忙ぶりなど何処吹く風と一日中のんびりと毛繕いしているペリカンたちが羨ましかったのを覚えている。

以下の5枚は、ペリカン島がネットで覆われる以前の2010年撮影の写真である。
水位が高くスロープの上部まで浸かっている。
極端に水位上昇しても余水吐から自然排水されるのでペリカン島が水没する心配はない


ズームでとらえたペリカン島で寛ぐペリカンたち。


ペリカン島自体に関するネタがあまりにも少ないのでペリカン自体についての話も…

ペリカンたちが島外へ自由に飛び立っていた時代は芝生の上でくつろぐ姿を何度も目にした。しかし結局一度も触ることができなかった。ハクチョウに比べてどことなくユーモラスで触りたくなるのだが、あの嘴でつっつかれそうで怖かったからだ。危害を加えるようなことはないと思うが、幼児などしげしげと眺めているところに顔を突っつかれたら危険なのは確かだ。
ただしそのような事件が起きたという話は聞いたことがない

上と同じ年の撮影。
場所は彫刻広場だ。2羽が園路の端に座っている…かつてはこんな光景は日常茶飯事だった。
まるで巨大な大福モチが道端に落ちているようでもある^^;


このときも背中を撫でてみたかったのだが…
触ろうとして接近したとき「ちょっとでも触ると突っつくぞ〜♪」ってな感じでギョロッと睨まれたので勇気が出なかったのである。


ちなみに当時から来訪者がペリカンを撫でてやることについて特に指示はなかった。むしろ子どもの方が大胆で、トコトコと近づいて背中を撫でてやる光景が見られた。お返しにペリカンが大きな嘴で子どもの頭をカパッと挟む仕草もときに見られ、びっくりして子どもは泣くものの周囲の大人は大笑い…というシーンもあったらしい。それほどペリカンたちは来訪者に対して寛容で、自然な触れ合いが実現されていた。
元からおだやかな性格の動物なのかも知れない

もっとも今自由に触れるものなら、背中を撫でてやるだけではなくあの嘴の下にぶら下がっている袋みたいなのを触ってみたい。魚を水ごと袋の中に取り込んで魚だけ食べる伸縮可能なゴムみたいな袋って…一体どんな構造をしているのだろうと興味津々なのだ。[1]
だけど触るだけじゃなく弾力性を確かめようと多分引っ張るだろう…そしたら絶対突っつかれる^^;

2001年撮影の画像が見つかったので掲載しておこう。
これは手元にあるデジカメ画像でも初期のものである。場所は恐らく彫刻広場付近と思われる。


ペリカン島の成り立ちや島以前はどんな地形だったかは今後の調査の対象である。
新しい情報が得られ次第追記する。
出典および編集追記:

1. ペリカンの嘴の下にぶら下がる部分はただの袋である。ザルのように獲物を漉し捕って水だけ抜けていくような構造をしているのではない。水と一緒に吸い上げた小魚などは餌のみ呑み込んで水は嘴の両端から吐き出している。(飼育担当者との談話による)

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