黒岩山

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記事作成日:2014/5/31
最終編集日:2026/3/23
黒岩(くろいわ)山は、開地区の北側にある標高88.1mの山である。
写真は常盤池北部の周遊園路からの撮影。


上の写真に見えている建物は、旧厚生年金休暇センター(現在のココランド)である。建物は黒岩山の頂上にかなり近い裾野に造られているため山頂が隠れている。黒岩山自体もなだらかな山で遠くから眺めても山頂部がはっきりとは分からない。

山頂をポイントした地図を示す。


山頂には三角点が設置されており、国土地理院地図に名前と共に明記されている。地理院地図に登山道は南側からの経路しか記載されていないが、実際には歩いて登れる北側からの細い道も存在する。そのうちのいくつかは全部または一部が失われている。
山の西側斜面が大きく抉れているのはゴルフ打ちっ放し練習場として削った結果である。練習場から山頂は近いが眺望が効かないので現在では登る人はほぼ皆無である。山頂へ至る道は建物側からと開墓園側からの少なくとも2通りが確認されている。山頂には休息所と思われる東屋が存在し、昭和後期あたりまで眺望の効く山として登られていた。

常盤池の南山炭生付近から周遊園路に沿って部分的に遺る古道は、黒岩観音へ参拝するとき通った道とされている。黒岩観音の横から旧厚生年金センターへ登る山道があるので、かつては黒岩観音から直接黒岩山へ登れていた。かつて黒岩山の裾野にアスレチックが存在していたという報告がある。[1]

常盤池の北側に存在することから、明治期の常盤池を描画した常盤溜井之略図にも黒岩山の存在が確認できる。
写真は旧郷土資料館時代に展示されていたレプリカを当時の館長許可を経て撮影


この絵図で黒岩山の裾野に描写されている数軒の家はかつて存在していた黒杭村を示すものではないかと思われたが実際に存在した黒杭村は山の北東部にあたるので恐らく違うだろう。また、上中山にある昭和初期創園の白岩公園は、黒岩山との対比としての命名とされている。

山頂の南側斜面、黒岩観音から北上したときの東側尾根に正方形をした何かの人工物の存在が指摘されている。山頂から離れた場所にあり、前述の東屋とは別物と思われるがまだ調査はされていない。[2]
《 個人的関わり 》
特にない。山の存在自体は知っていたし、厚生年金センター時代はバドミントンクラブ運営のためしばしば体育館を訪れていた。しかし近くにありながら話題に上ったことはなかった。

初めて山頂を訪れたのは、後述する時系列記事を作成した2014年だった。この時点でココランド側からの正規の登山道はなく、社有地になっているかも知れないということで時系列記事を限定公開にしていた。
《 近年の変化 》
・2016年1月に黒岩観音側からココランドに至る道を経由して読者から報告のあったフィールドアスレチック跡の存在確認に向かっている。しかし目的のものは見つかっていない。また、このときは山頂には登らなかった。

・2018年11月に初期と同じルートから山頂を再訪している。
このとき登山道の途中にかつて記念植樹を行ったと思われる支え棒を見つけている。


このときの踏査状況は「黒岩山登山道【1】」に記述している。最終編集日において山頂への到達は2度のみである。

・2026年2月末に黒岩観音を訪れ、遊歩道に沿ってココランドに向かったところ道が分断され到達できなくなっていた。


同年3月にココランドの擁するSORACO(ソラコ)がグランドオープンし、有償エリア外周にフェンスが設置されたため黒岩山は元よりココランドと黒岩観音の往来が完全にできなくなった。

黒岩観音には最終編集日時点でもココランドや黒岩山に向かう遊歩道の案内版が存在している。


しかし現状はこの先にあるココランド・黒岩山と直進する道(採石場の崖によって分断されている)のどちらも行き止まりである。いずれ先にある案内標識は除去されるだろう。
初めて黒岩山の山頂を偵察したときの踏査記録。全3巻。
なお、当時から既に登山道が喪われていてココランドの裏手から道の痕跡を辿る以外なかったため、閲覧申請者に限定して公開していた。有償記事ではなかったため画像修復作業を行って一般の時系列記事として再公開した。
時系列記事: 黒岩山【1】(2014/3/27)
出典および編集追記:

1.「FB|2015/4/16の投稿

2.「FBページ|2016/1/3の投稿」の読者コメントによる。
この場所は黒岩観音からの登山道において「行き止まり(崖に注意)」という案内がされている方向である。

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