サイフォン

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記事作成日:2021/9/15
最終編集日:2021/9/19
ここでは、工業用水や灌漑用水などを送るサイフォンについての一般的事項を記述している。
写真は背後の山腹から撮影した厚東川1期工業用水道のサイフォン呑口。
更新工事中の撮影で左側が旧サイフォンで右端に見えるの新サイフォン建設用の発進竪坑


狭義のサイフォンとは、コーヒーのドリップと同様に水が高い場所を越えて反対側の低い注水口へ流れ込む機構を指し、河床や沢地など一旦低い場所を通して反対側の高い場所へ流す機構は厳密には逆サイフォンである。実際には(狭義のサイフォンの事例があまり見られないせいか)両者を区別せずサイフォンと呼ぶことが多い。[1] 用水路で別の河川の下をくぐらせる機構は伏せ越しとも呼ばれる。この記事でも以下では特段の断りがない限り河床などの低い位置を通して対岸に水を送るサイフォンのみに限定して記述する。

動力を使わずに川や沢地などの低い場所の反対側へ水を送る効率的な手段だが、綿密な設計と高度な技術が必要である。それでも幅のある沢地に水路橋を架けるよりは施工が容易であるため、灌漑用水を送る手段として遙か昔から手掛けられた。市内でも最初期の経路を継承して現在も用水を送る経路として使われている場所がある。(→木田の川越の噴水)
《 付随する構造物 》
サイフォンは沢地など低い場所を通すために両端を高くした管渠に水を通すもので、水が流れ込む側より流れ出る側が充分に低ければ動力を使うことなく連続して水が流れ続ける(自然流下)ことができる。しかし効率面や保守性を考慮してサイフォンの前後や途中にはさまざまな附帯設備が設けられる。
【 呑口 】
サイフォンに水が流れ込む部分で、開渠から管渠に変わる境目である。
写真は常盤用水路の西山地区にある呑口。


サイフォンは水が呑口よりも一旦低い位置まで下るので、流水中に砂塵が含まれているとサイフォンの一番低い場所に溜まってしまう。このため呑口の手前には沈砂池が設けられる。サイフォンに限らず内部へ砂塵が溜まると除去が困難になる一般の導水隧道も同様である。

通水中のサイフォン呑口は非常に危険な場所であり、転落し吸い込まれると助かる見込みがない。このため流水量の多いサイフォンの呑口には小動物を含めた吸い込み事故が起きないよう厳重に鉄柵が被せられ、周囲も容易に立ち入れない構造になっている。しかし規模の小さな用水路では何の対処もされず呑口が剥き出しになっている事例もあり、事故の発生が懸念される。
【 竪坑・斜樋 】
呑口から流れ込んだ水は、沢地や河川を伏せ越すために一旦標高を下げる。井戸状の竪坑になっている場合が多く、規模の大きな工業用水道では推進機施工において発進竪坑・到達竪坑として最初期に掘削される。
写真は厚東川1期工業用水道で新たに建設された到達側の竪坑。


呑口側は管理エリアであり立ち入りができないが、吐口側は上部が厳重なグレーチングで覆われていてその上に立つことができる。[2]

県営常盤用水路では、山の斜面を直線的に掘り割って管渠を据え付けることで斜樋の形にしている。呑口側の斜樋は急角度だが、吐口側では緩やかな勾配となっている。周囲が広く高低差もあまりない場合、木屋川を渡る工業用水道のように緩やかな斜樋になっているものもある。
【 吐口 】
管渠を流れる水は、対岸で同様な竪坑や斜樋の中を上っていき吐き出され再び流れていく。県営常盤用水路では、吐口側では吸い込まれ事故の可能性がないせいか吐口側の管渠が剥き出しであり、周囲がフェンスで囲まれているだけである。


前述の厚東川1期工業用水道の吐口側では、グレーチングの隙間から覗くと水が泉のように沸き上がり工業用水隧道の方へ移動しているのが分かる。水があるため実感が湧かないが、この下は深さ26mの壮大な竪坑になっている。[3]
【 管渠・排泥桝 】
呑口と吐口の間は管渠で接続される。呑口からの高低差による内圧に晒されるので、管渠を敷設する場合は重圧管が用いられる。地表部および河床より少し浅い場所の場合は開削した上で管を敷設するが、充分に深く規模も大きい場合はトンネル施工時と同様な推進機が用いられる。

低い場所を通すので、事前に沈砂池で砂塵を鎮めても水中に含まれる微細なシルト等が管渠の一番低い場所に溜まりやすい。県営常盤用水路では汚泥混じりの水を排出するためと思われる排泥桝がサイフォンの経路途中に設けられている。
写真は真締川に造られた排泥桝。


バルブ操作することで管内に滞留している水を排出する機構のようで、排出し切れない水はバキュームを用いて吸い出すことも行われている。
《 原理 》
サイフォンは動力を介在させることなく水(広義には流体)を一旦低い位置に落とし、再び上らせることによって連続的に移動させる機構である。サイフォンが成立するには呑口から吐口までが完全に密閉された経路を流れること、流体や経路の摩擦係数を考慮した上で呑口が吐口よりも充分に高いことが必要である。

透明なビニールパイプを中央が低くなるように垂らし、呑口側が吐口側よりも充分に高ければ水を注ぎ込んだとき問題なく吐口側から流れ出る。呑口からの注水を停止すると、水は呑口より先のパイプにある水が吐口側とほぼ同じ高さになったところで停止しパイプ内に滞留する。呑口より連続的に注水すれば、パイプの途中経路の曲がりや勾配は関係ない。

呑口と吐口に相当する高さは固定して、充分な長さのパイプの中央部を呑口より更に高く持ち上げたとしよう。パイプの中が空気で満たされている場合、注水しても呑口より低い部分まで水が入った時点で停止する。しかし何らかの方法で呑口より高い部分の空気を抜いて水で置き換えることができれば、パイプ内の水は「吸い出されて」吐口側へ到達する。以後は気密が保たれている限り、注水し続ければ水はこの高い位置を乗り越えて吐口側へ連続的に流れることができる。これが本来の意味でのサイフォンであり、コーヒーのドリップや手もみポンプで携行缶からカートリッジに給油するとき体験される。携行缶よりもカートリッジの方を充分低く据え付ければ、最初に手もみポンプを数回動かしてパイプ内の空気を抜くけば、後はポンプを操作しなくても携行缶からポンプまで灯油が上ってカートリッジに流れ込み連続的に給油できる。

現実に動力なしに水が連続的に流れるのを観察できても、低い場所へ降りた水が対岸側で登っていく現象を理解困難という人は多い。おかしな喩えだが、茹でたパスタのお湯を切ろうとして鍋を傾けたとき、鍋の中心を跨ぐように伸びているパスタの中央が低い位置にあるにもかかわらずツルンと鍋の外へ滑り落ちてしまうことがよくある。原理は異なるが、イメージはほぼ同一である。後ろから流れ来る水が前方の水を押し出し、先に流れている水は呑口よりも低い位置に吐口があるので先へ進もうとする。流動性の高い水ではあっても、イメージとしては一本の長いベルトや繋がった列車と同一で、先を流れる水が後続の水を”牽き連れていく”のである。連続的に流れている水が停まって部分的に引き剥がされるよりは流れ続ける方がエネルギーが小さいため、極小状態の結果としてサイフォンが実現していると言える。
以上の項の記述はまったく感覚的なイメージで行っており精査されていません
《 市内の状況 》
大規模なものはいくつか目にできる程度なので少ないように思えて、用水路のサイフォンは至る所に存在している。ただし川を跨ぎ越すことは稀で、殆どが道路や線路である。多くは先に灌漑用水路が存在していたところを、新規に道路や鉄道を通すことになったための建設である。

特に鉄道を跨ぐサイフォンは敷設時期とほぼ同じものが多く、古いレンガ構造のものがそのまま遺っている。
写真は小野田線の長沢付近にみられるサイフォン構造。


交差する用水路との高さが充分にあれば、サイフォンよりも維持管理が容易な水路橋が造られる。

市内で最初期のサイフォンは、二俣瀬木田の川越の噴水である。これは河岸段丘の上部にある木田地区が水量の豊富な厚東川より高い位置にあるため、用水確保に難渋していた解決策として造られた。厚東川の支流である甲山川を上流で堰いて水を導き、木田地区で厚東川左岸より河床に埋められた木樋を通して対岸へ送り出すものである。昭和40年代にサイフォン部分をコンクリート管に置き換えたとき、最初期に造られた木樋が掘り出された。この現物は島の旧郷土資料館に保存されている。分水機構をもつ石は駒の頭と呼ばれ、二俣瀬市民センターに置かれている。後年、同じ原理を用いて木田橋の下流に当時まだ存在していた厚東川の中島に用水を送るサイフォンが造られている。
一連の記述は川越の噴水の総括記事を作成した折に移動する

田の作付面積が減り続けて灌漑用水自体が要らなくなり、用水路の枝線では水を流さなくなったものもある。それらもサイフォン部分は遺されているが、周辺の開発や道路改良工事などがあれば除却されるかも知れない。
出典および編集追記:

1. 厚東川1期工業用水道における厚東川水路橋も厳密には逆サイフォンであるのだが、厚東工水によるパンフレットではサイフォンと書かれている。

2. サイフォン建設前は里道が通っていたが現在は県企業局の管理地および私有地である。この撮影には土地所有者の許可を得て立ち入り撮影している。

3. 工事現場前に設置されていた説明看板による。発進竪坑の深さは26.6mである。

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