花火大会

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記事作成日:2025/8/10
最終編集日:2026/1/2
ここでは花火大会について、過去に実際に観に行った各地の花火大会を記述する。
写真は現地で撮影した2018年の宇部市花火大会の一幕。


現地へ行って観たものは、上記の2018年の宇部市花火大会が最後である。後述するいくつかの理由により、宇部市花火大会は元より何処の花火も観に行かなくなった。過去に時系列記事を2本作成しているように、一時期は現地で撮影して帰宅後すぐ地域SNSで配信するほどだったが、現在は遠くから観ることすらしていない。花火自体は相変わらず好きにしても、人混みで混雑する中を観に行くほどの本気度が無くなったのが最大の理由である。後述するように、現在では花火大会というイベントそのものを再考すべき時期と考えている。

宇部市花火大会についての一般的事項は[1]を参照。なお、この記事を作成した前日の2025年8月9日に第71回宇部市花火大会が予定されていたが、当日は夕方から雨が予想されていた上に翌日11日は災害レベルの豪雨が予報されていたため中止となった。[2]

以下では宇部花火大会を中心に個人的関わりを分離せず構成している。後半部では市外で開催された花火大会と、一般的な花火大会の今後についても記述している。
《 昭和〜平成期の花火大会 》
花火は子どもの頃から好きで、昭和50年代の日記にも花火を沢山買ってプログラムを作って手作り花火大会のようなものをやったという記述がある。しかし花火大会について書いている部分を見つけられていない。昭和50年代と言えばまだ何処の市や町もそれなりに財政に余裕があり、夏は地元の花火大会を持っていた。

昭和期の花火大会は、宇部まつり・新川市まつり・市民フェスティバルと肩を並べるほどの集客力あるイベントだった。種類は打ち上げと仕掛けのみで、出資会社によってプログラム番号が振られていた。プログラムは前半、後半を合わせて20以上あってそれぞれに2者の花火師が担当していた。このプログラムは花火大会が始まる前日までに、各家庭で新聞の折り込みチラシと一緒に配布された。チラシの現物はないが、B5横置きでプログラム番号、プログラム名、出資者、担当花火師の名前が縦書きされていた。

現在の花火大会は専ら港町埠頭が会場である。昭和期および平成期は新町埠頭の仕掛け花火を観に行ったことがあるので、当時の西区(真締川の西側)が会場となったことがあると思われる。他の場所が会場になったことがあるかは調べられていない。

花火は天候に左右されるイベントである。暗くならなければ花火を鑑賞できないので、開始時刻は概ね午後7時以降だった。長いときは前半後半の間の休憩を挟んで2時間くらい行われていた。天候不順で開催が微妙な場合もあり、開催される場合は暗くなる前に運動会のときと同じ音だけの花火が揚がった。

残念ながら今となっては年数が経ち過ぎているため、昭和期の宇部花火大会に行ったときのことを思い出せない。辛うじて平成期に入って新町埠頭緑地近くで実施された仕掛け花火を見た記憶が遺る程度である。先述のように花火大会は各自治体が大抵独自に行っており、実施日が重なることが多かった。宇部ではなく他地区の花火大会を観に行っていたのかも知れない。
【 当時の評判 】
打ち上げ花火は単発でもかなりの費用がかかり、一個人や小さな団体名義でできるものではない。資金力のある大企業は独自のプログラムを持ち、小さな会社や事業主は一つのプログラムを共同出資して実現した。打ち上げ前には花火のプログラム名と出資者が呼び上げられた。多くの資金を提供できる大企業は、より迫力あって長い打ち上げ花火のプログラムを実施できた。壮大な打ち上げ花火は来訪者の印象に残り、資金に見合うだけの会社宣伝効果があったからである。

プログラムの規模が資金力に依存するため、小規模な企業の提供する花火は貧相で内容も単調になりがちだった。逆に大企業で多大な収益を上げている企業は、明らかに他とは異なる派手な花火を演出できた。来訪者にとっては、呼び上げられるプログラムの提供会社名と花火の規模は、そのまま当該企業が如何に”儲かっているか”を理解する目安になった。景気の良い会社がある自治体は花火も派手になり、そうでない自治体の花火大会は貧相になりがちだった。山陽町(当時)埴生の山陽オートがスポンサーとなり、宇部の花火大会で花火を披露した。全部に火が着くと赤い文字で「山陽オート」ができあがる仕掛け花火があった。

残念ながら、宇部の花火大会は平成期に入るまでに行かなくなった。タダで観ていながら毎年内容が同じで飽きたことと、渋滞や人混みを我慢してでも観に行くほどの魅力に欠けていたからである。平成期に入ってからは小野田市(当時)や長門市仙崎の花火大会に行っている。単発で打ち上げが揚がって終わった後、次のプログラムが始まるまでの待ち時間が長く全体に間延びしていたのも理由にあった。

花火大会ではあまりに待ち時間が長いと来訪者は退屈する。せっかちな人はもう終わりかと思って帰り始めてしまう。現在のようなコンピュータ仕掛けでなかった時期の花火大会では、最後の花火が揚がった後で次のが揚がり始めるまで3分くらい待つこともあった。後述するようにたとえば仙崎の花火大会は花火大会の開催時間殆ど正味で花火が揚がっていた。その迫力に魅せられて兄貴たちと一緒に数回観に行っていた。

現在の花火大会では打ち上げ箇所を複数用意し、点火を含めてコンピュータ制御されているためプログラム間の待ち時間が殆どない。スポンサーや花火師が呼び上げられることもなくなり、実施時間は1時間に短縮された。現在では更に切り詰められ30分である。
【 covid19による中断と復活 】
音楽花火によって独自性を確立し、今まで通りに将来も続くだろうと思われていた宇部花火大会に激震が走ったのは2020年である。この時代を生きた人類が共有する covid19 という脅威だった。人との接触によって致死性のある病状を伝播させる covid19 の特性故に、宇部花火大会に限らず全国すべての花火大会に影響が及んだ。のみならず花火大会以外でもおよそ不特定多数の人が集まること自体がリスクであり、すべての祭り、イベント、会合、学校教育など現在で言えば不要不急と判断されるすべての接触が遠ざけられた。

翌年に入っても covid19 は猛威を振るい、人々の社会活動のリスク要因であり続けた。企業活動が停滞し業績不振に陥ることで、花火大会に資金を供出するどころではない事態となった。後に知見が得られて回避する手段や治療法が少しずつ確立され始めた。重要性の高い会合から順に復活し始めたが、なおも不要不急なイベントである花火大会が復調することはなかった。

covid19 が一般の風邪並みな病状に”格下げ”されてから、人々の行動はほぼ元に戻った。花火大会も復活の機運が少しずつ出始め、全国でも著名な花火大会ではほぼ元と同様な規模と集客を持つイベントの地位を取り戻した。宇部花火大会では全体的に企業活動が沈滞したままであり、以前の規模で開催しようにも明白に資金が集まらなかった。それでも covid19 以前の賑わいを取り戻したいという気持ちと宇部花火大会の復活を望む声は根強く、恐らく2022年か2023年に covid19 以降初めて復活した。

復活とは言っても規模と時間は大幅に短縮された。開催に要する資金はクラウドファウンディングも取り入れ、協賛者には特典が与えられた。花火がきれいに眺められる特等席を販売し資金に充当する手法も採られた。しかし2024年の開催は前年で批判があった部分を修正することなく同じ形式で催行された。個人的にはその頃から浮き上がり始めた花火大会そのものの問題点を認識した上で、花火大会の内容再考(もしくは廃止)というスタンスを取っている。(後述する)
《 市外の花火大会 》
過去に実際に訪れたものに限定して記述している。
【 厚狭花火大会 】
個人的にはもっとも想い出深い花火大会で、幼少期に観に行ったときのインパクトが大きかった。

会場は厚狭川河川敷で、打ち上げを小学校で行い鴨ノ庄地区の対岸から眺めた。花火は単発だが至近距離の真上に揚がるため、大音響がそのまま伝わった。当時は幼稚園児か小学校低学年であり、花火を観るのは好きだがあの大音響が怖くてたまらなかった。花火が揚がっている最中も美祢線を石灰石輸送の貨物列車が通過した。花火を観ていたのは線路の反対側で、せっかく揚がっている最中に貨物列車が目の前で停止したことがある。あのときは子ども心には運転手さんも花火を観たかったのかと思った。親は貨物列車の通過音で花火の音響が聞き取れないのを避けるための配慮かもと言っていた。北側には鴨ノ庄信号場があり、反対側から来る列車の遅延などで信号が青になっていなかったからかも知れない。とにかく目の前で貨物列車が停車したことだけを覚えている。
【 長門(仙崎)花火大会 】
少し時代が下って昭和末期頃と思われる。兄貴が美祢方面で仕事していたことから、友達と仙崎の花火大会に行って圧倒されたようである。宇部の花火大会よりも密度が濃くてすぐ近くまで行って観られると言った。その迫力を「打ち上げ花火の大音響で魚市場の柱や屋根が振動するほど」と表現し、次回開催時には連れて行ってやるからと話した。

今となっては内容をまったく覚えていない。ただ、本当に花火の大音響が真上で聞こえるほど近くで観ることができた。この花火大会のことは日記に書いているかも知れない。それでも連れて行ってもらうには遠く、恐らく一度か二度きりだろう。
【 小野田の花火大会 】
30代のときである女性と交際していたときのことだった。小野田の花火大会のフィナーレで、とてつもなく巨大な打ち上げ花火が揚がることを聞いていた。それとなく口コミで知られていたかも知れない。どれほどのものか実際に観たくて花火デートとして一緒に観に行った。

最後に揚がるのが巨大な打ち上げ花火ということは、終わり時刻に近づいていることから推測した。フィナーレの巨大花火は、明らかにそれまでのものより長く高く光の帯を残しながら上空に昇っていった。そして開いた花火の直径も大音響もまったく規模が違っていた。あの一発揚げるのにどれくらい費用がかかるんだろうねなどと言い合って観ていた。小野田のも観に行ったのはこのときの一度くらいだろう。現在も名物の巨大打ち上げをやっているかは分からない。
《 花火大会の開催について 》
宇部市花火大会は開催手法の見直しが必要である。covid19 以降の開催手法に関してかなり無理があり、今後の継続性が疑問視される。前半部分ではこれを改善する手法について、後半では宇部に限らず花火大会というイベント全般に関する意見を述べている。

情報この項目での以下の記述は個人的意見です。

covid19 は、今まで深く考えることなく実施してきた多くの風習や習慣の再考を促した。特に手間がかかる割に対費用効果に薄いイベントは、規模の縮小や廃止という流れになってきている。顕著な事例として、世界で最も永く続いているUBEビエンナーレが来期から3年に一度の開催(即ちビエンナーレという名称は使えない)に変更される。彫刻家が構想を練って作品を制作するまでの期間が2年では短すぎる問題があり、更に隔年開催だと費用がかさむが故の変更と思われる。

本質的には多様な価値観を持つようになった現代社会に呼応して、多くのイベントが提供されるようになって分散化が進んだのが原因であり、ビエンナーレや花火大会などに限らずすべてのイベントに共通する避けられない問題である。ビエンナーレは紛れもなく集客力の高いイベントで、微細な工夫余地があるにしても開催そのものを再考すべき状況ではない。しかし宇部花火大会は[1]に謳われている「単独開催としては県内で最大の花火大会」を標榜し続けるなら、クリアすべき問題があまりにも多い。

宇部花火大会は、covid19 後の復活当初から資金集めに難渋していた。企業活動の低迷でスポンサーが集まらず、単独開催し今までと同じような内容の花火を提供するのが困難だった。この時点で近隣自治体との合同開催といった手法が議論されたかは明らかではない。1955年より続いてきた宇部の花火大会を継続させたいという有志を交えて、クラウドファウンディングの手法で資金調達された。協賛者には花火がよく見えるスポンサー席が設けられた。

2023年には更に寄付を拡大させるために、一定の協賛金を拠出した人への特典が設定された。その内容は花火が美しく見える場所から撮影された動画を YouTube に限定公開でアップロードし、動画の閲覧権が付与されるというものであった。
【 花火大会の将来について 】
打ち上げ花火は夏の風物詩であり、大音響と共に高い夜空へ花開くのは壮観である。それは離れた場所に居る人々が同時に愉しむことができる意味で公共性あるイベントと言える。その利点を大いに評価しつつも、将来的に全国の花火大会で見直し議論が沸き立つのは必須とみている。総論的に言えば開催地をいくつかに集約し、各自治体が独自に花火大会を開催するのではなく集客力の少ない自治体は、近隣地区との共同開催に移行すべきである。

現在充分な集客力がある花火大会も、以下すべての条件を満たしているか再考すべき時期に来ている。
(1) 観覧客の現地へのアクセスが良好であること。
(2) 一定半径内に居住者が居ないこと。
(3) 火災が起きるリスクが低い場所であること。
(4) 観覧場所が分散していて過密を生まないこと。
この条件を満たすのは広大な埋め立て地、幅の広い河川や港湾などと限定される。そういう場所に花火大会の会場を統合し、港湾に面していても近隣に民家があったり現地アクセスが悪く花火とは関係ない一般交通の渋滞を招くような開催場所は会場から外される。民家が近いと花火の燃えかすが落ちて火事の原因となるだけでなく、大音響に怯えたペットの犬の無駄吠えを起こす。昭和期は地域が一体となって祭りイベントを盛り立てていたが、価値観の多様化した現代では誰もが花火を歓迎しているとは言えない。近隣住民はイベントのたびに渋滞したり地区道にゴミを捨てられる現状に嘆いている。大勢が観光や行事を愉しむ裏で、少数派が我慢を強いられるのを容認する時代ではない。

いくら大量の火を放つとは言っても、花火大会が地球温暖化の一因になっているとは到底思えない。そうでありながら環境汚染の原因になっているという指摘がある。美しい火花と大音響という花火の醍醐味が、そのまま負の効果を引き起こしている。
(1) 火を扱うことに起因する影響(火災、爆発など)
(2) 環境汚染(大気汚染、海洋汚染など)
(3) 騒音公害(近隣住民の直接的なもの、犬が吠える間接的なもの)
(4) 来訪者に起因する影響(交通渋滞、投棄ゴミ、喧噪など)
火薬類を扱うことに伴う火災や爆発といった事故は、近年昔よりも顕著になってきている。充分な高さに上がらないまま破裂し観客に被害が及んだ事例がある。近年の打ち上げはほぼコンピュータ制御だから人力より安全に思えて、花火師の技術継承が巧くいっていないのではないかと思われる。

大気汚染はよほど大量に打ち上げない限り希釈されて深刻な影響はないだろう。ただし工場から排出される煙は規制が昔よりはるかに厳格になっている中で、一過性の花火による煙は充分なデータが蓄積されていないかも知れない。

個人的に影響を懸念するのは (3) と (4) である。特に無用な音を発生させることに関して、現代社会は一昔よりも厳格である。娯楽の少なかった時代は、一夜限り開催される打ち上げ花火如きの騒音をとやかく言う人は殆どなかった。花火に興味がない人にとっては、間断なく続く破裂音はやかましいだけである。大音響が苦手という人は一定数存在し、運動会で徒競走のとき撃たれるピストル音や笛を嫌う人もいる。過剰反応する人はしばしばクレーマーとみなされるが、通常の人よりも音響に敏感(と言うよりも物理的に大きく聞こえている)な人があることは考慮が必要である。

人が集まることに依る交通渋滞は祭りに準ずる。マイカーは駐車場が確保されるからある程度緩和されるとして、来訪者は会場のできるだけ打ち上げ位置に近いところで眺めようとする。このとき群衆の分散が効く観覧席配置ができる場所でなければ混雑しやすい。人の流れをあてこんで繰り出す出店はしばしば通路近辺にあり、商品を買い求める人の列で混雑する。出店場所の制限や適切な誘導員配置が必要だが、現状はマイカーの進入に対してだけで、会場での人の往来に関しては不十分である。
2010年に地域SNSで作成されたブログ記事は、ホームページ向けに再構成され以下に公開している。
移植公開記事: 宇部花火大会・2010年

地域SNSが廃止された後の2014年開催分は、当初 Facebook のページに【第60回記念宇部市花火大会】(2014/7/27)として公開していた。後に FB アカウントを持たない人でも閲覧できるように、以下の記事で移植公開している。
移植公開記事: 宇部花火大会・2014年

2017年開催分は、同様に Facebook ページで2017年花火大会(2017/7/22)」で画像を、第63回 宇部市花火大会 フィナーレの音楽花火(動画 2分42秒)で動画を公開している。一連の外部記事はまだホームページ側では移植公開されていない。
出典および編集追記:

1.「Wikipedia - 宇部花火大会

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