わざわざ項目を作って記述しているということは個人的に記録しておきたい内容があるからで、年齢に伴う変化の記録も兼ねている。したがって一般的な鼻の形状や鼻血、鼻毛などについては記述していない。なお、記事作成時では「鼻に関する疾病」としていたが、病気とは限らないものまで拡大したのでタイトルを書き換えた。
《 鼻詰まり 》
鼻詰まりは風邪に伴ってよく起きる現象である。幼少期から誰でも経験するもので、息苦しくて眠りづらいときがよくあった。そういう一過性のものとは別に、小学校中学年時代には原因がよく分からない鼻の異常を指摘されていた。【 学童期の鼻炎 】
夏期が近づくと体育の授業で水泳が始まる。水泳の授業を受けるにあたってはすべての学童が保健室で耳と鼻の検査を受ける必要があった。耳鼻咽喉科医が学校に出向いてすべての学童の鼻の奥を調べ、結果が通知された。学童に渡されるのはB5わら半紙の一枚もので、検査項目の説明と結果通知として「異常なし」「耳鼻咽喉科への通院を前提に許可」「泳いではいけません」の3つがあって、該当する項目に赤で丸が記されていた。この通知で鼻か耳が原因で、耳鼻咽喉科に通院しなければ泳いではいけないことが通告された。
写真は、学年毎の健康通知表にみられる問題の所見。[1]
この検査で「異常なし」となったことがなく、いつも耳鼻咽喉科への通院が勧告された。鼻が痛いとか詰まる自覚症状が何もないのにどこが異常なのか分からなかった。結果の紙を親に見せることで、東見初にあった井上耳鼻咽喉科へバスで通院していた。通院することでプールの授業は受けることができたし、恩田プールへ行くことも止められなかった。
耳鼻科では最初に鼻を洗った。洗い場にステンレス容器に入った液体があり、中央が膨らんだゴムの管が挿してあった。片側を容器の中に入れて片方を鼻に押しつけてゴム部分を押すと、液が鼻の中に入って片側の鼻から排出される。そうやって容器の中身がなくなるまで鼻を洗った。それが終わると、両側の鼻に挿せるような穴が空いたガラス管を鼻孔に押し当てて3〜5分に設定されたタイマーを回した。ガラス管から何かのガスが出ていて鼻の奥へ送り込まれた。タイマーが停まると、最後に椅子に座らされ院長が鼻の奥にスプレーをして終了した。
一回の費用はそれほどかからなかったと思う。しかしプールの授業がある間は毎日通院しなければならず、時間とバス代が嵩んだ。家からそれほど遠くもないので、後年になると自転車を漕いで通院していたかも知れない。2学期に入ってプールがなくなると通院を止めた。鼻の通りは当時からそれほど良くはなかったが、生活に困るほどでもなく、通院の効果を疑問に思っていた。
5〜6年生になる頃、プール前にやはり同様の検査があった。このときには「異常なし」になっていたので通院することなくプールの授業を受けることができた。
【 学生時代 】
中学校時代から大学を卒業するまで鼻に関する疾患はない。社会人になってから顕著な変化が現れた。【 社会人時代 】
就職してからいくつかの現場を渡り歩き、殆ど終日を外で仕事するようになった。そしてある現場へ行くようになってから明白に鼻アレルギーの症状が酷くなった。それは市内のゴミ捨て場だったある埋立地で、そこに建屋を建設するための基礎工事を行うものだった。元々が埋立地であるため、掘削すると風化しないプラスチックやビニルなどのゴミや焼却灰が大量に出てきた。常時煤塵と埃にまみれて床掘の手元を行うため、異常な鼻水に悩まされた。粉塵を吸い込むのが原因と分かっていても誰もマスクをして作業していなかった。その現場の応援勤務を終了し、別の現場へ移っても鼻の症状はおさまらなかった。
道路工事現場のような砂埃が舞い上がりやすい場所での仕事で、症状は酷くなった。常時鼻が詰まったような状態でハンカチやティッシュが手放せなかった。仕事中に鼻をかむのも憚られ、鼻水が垂れるのを防ぐためにティッシュを丸めて鼻孔に詰めていたこともあった。
最後に従事した現場では外を歩き回ることがあまりなく、日中の殆どを現場ハウスで過ごした。このせいで肥満が進んだ。その頃には鼻水のような症状は収まっていたが、代わりに鼻詰まりに悩まされるようになった。何処かのタイミングで耳鼻咽喉科にかかっている。大学時代だったようでもあり記憶が定かではない。しかし診断の結果は覚えていた。
【 重い副鼻腔炎 】
殆ど常に鼻の通りが悪く、呼吸が息苦しいなどの理由で医者にかかっている。このときの診断は、おそらく生まれつきの骨格と肥満が原因だった。元から鼻孔が曲がっていて通りがあまり良くないところに、肥満で全体的な肉がつくことで余計に鼻の通りが悪くなっているらしかった。根本的に治療するには全身麻酔を施した上で鼻の奥の骨を削る必要があると言われた。結果を親に報告したところ、親の知人が類似する症状で手術を受けたときのことを話した。手術で鼻の通りは軽快するものの暫くの間痛みが続き、鼻どころか顔が腫れ上がるなどと言われた。鼻の通りが悪いと生活に支障はするが、それを治療するために全身麻酔でなおかつ入院するほどのこともないと思い、結局手術はしなかった。
《 対症療法 》
成人になって肥満が進むことで、鼻詰まりは慢性的に起きるようになっていた。特に風邪の諸症状が出てくるときには鼻詰まりが酷くなった。困ったのは夜寝るときに息苦しくなることである。健康なときでも寝るときは大抵片方の鼻が詰まっていた。顔を温めると血液が多く流れるようになって鼻詰まりが悪化するので、鼻を冷やして凌ぐことがあった。メントールの入った飴を上顎に押しつけるようにして舐めるのも効果的だった。
【 点鼻薬の常用 】
いつ頃だったか、スーパーの薬陳列棚で点鼻薬なるものが並ぶようになった。鼻詰まりで困っているが何か良い薬はないかと相談したかも知れない。そのとき現在は普通に売られている点鼻薬を使うようになった。税込み800円程度で、一度買っておけば少なくとも3ヶ月以上はもつ。点鼻薬を差すとすぐに鼻の通りが良くなり楽になる。しかし習慣性があるので漫然と長期間使用しないように勧告された。それほど頻繁に使うことはなかったが、風邪で熱っぽいときは何度か差しても鼻の通りが良くならないときがあった。そういうときは続けざまに差すと余計に鼻が詰まったり炎症を起こして痛みを感じるようになるので、差すのを控えた。それ以外の副作用はなく、鼻の骨を削る手術を受けるよりはマシと思い常用するようになった。
初期にはスーパーに併設されている薬コーナーで買い求め、後にドラッグストアが現れてからは有名メーカーのよりも安いジェネリックを買い求めるようになった。体調が普通のときは一度使用すればすぐに楽になり、最多でも一日に2回使うくらいだった。出先で鼻が詰まると会話に支障を来たすため、日常では机の上に置いて出掛けるときはカバンに入れるようになった。
点鼻薬だけで通りが良くならないときは、経験的に覚えた方法としてメントールのようなのど飴を舐めた。冬場は空気が乾燥して喉を痛めやすいため、鼻詰まりの解消も兼ねて冷蔵庫にのど飴を常備している。
《 最近の状況 》
この総括記事を作成している現時点でも点鼻薬はデスクの上に置いてある。しかし最近気付いたことに使う頻度がかなり下がっている。まったく使わない日もあり、息苦しさを感じることが少なくなったので遠出のとき以外は外出時も携行しなくなった。寝るとき鼻の通りが悪いと熟睡できないので、直前に少し使う程度である。アレルギー体質に変化はなく体重も減ってはいない。covid19 以降は昔からよく言われていた風邪を引かないように注意する生活となり、実際発熱や倦怠感を伴う症状は covid19 以降一度も起きていない。これらに関係するのか経年変化か、身体が順応してきたのが原因と推測される。先々では点鼻薬をまったく使わずに済むかも知れない。
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出典および編集追記:
1. 今となってはこの検査方法と結果通知そのものに疑義が差し挟まれる。例えば耳垢栓塞とあるのは遺伝的なあめ耳であり、これは病状ではなく体質である。しかし当時は通常ではない所見がみられた場合はすぐ医者で診てもらうことが勧告されていた。
1. 今となってはこの検査方法と結果通知そのものに疑義が差し挟まれる。例えば耳垢栓塞とあるのは遺伝的なあめ耳であり、これは病状ではなく体質である。しかし当時は通常ではない所見がみられた場合はすぐ医者で診てもらうことが勧告されていた。