《 幼少期から成人に至るまで 》
ある匂いによって想起される時期が幼少期から成人に至る前までのもの。概ね幼少期から時系列の順に記述している。【 ガリ版の黒インクの臭い 】
ガリ版とは懐かしい響きである。コピー機が普及していなかった昭和中後期の話で、具体的には学校の謄写室の匂いである。写真は昭和40年代後半に刷られたガリ版によるプリントの例。
当時は珍しいものではなく、学校での配布物やテスト用紙から宿題のプリントまでガリ版による印刷だった。大量に刷りたいものは半透過性の紙に鉄筆で文字などを書き原盤を作る。これを同じサイズの枠に入れて上からローラーでインクを塗りつけると、引っ掻いた文字のところからインクが滲み出て下に敷かれた紙に転写されるというものである。転写する紙も現在のような漂白されたコピー紙ではなく、薄茶色のわら半紙が使われた。
このときの黒インクが独特の臭いを発していて、謄写室のドアを開けたときから匂っていた。軽く鼻を突くような焦げ臭くて油を帯びたインクの芳香で、機械の可動部に差す潤滑油のようにも思えた。もっぱら先生たちが原盤を持参して大量印刷するための部屋なので、学童が中に入る機会は無かった。それでも作文集や卒業文集は自分で原盤を作ってクラスの人数分ほど刷ったかも知れない。
【 イソプロパノールの臭いと学校の予防接種 】
イソプロパノールは消毒薬の一つで、現在もドラッグストアなどで入手可能である。写真は手元にあるイソプロパノールの容器。
一部の市販の殺菌用アルコール(エタノール主成分)を飲用不可にして酒税を引き下げるためにイソプロパノールが添加される。分子量の小さな化学物質なので、香りというよりは刺激臭である。その刺激の中でも香りがエタノールとは明らかに異なる。濃度の高いエタノールはお酒でお馴染みの刺激臭がするが、イソプロパノールはこれよりも強く焼け焦げたような風合いがする。
この香りは小学校の体育館で行われた集団予防接種を想起する。一列に並び一人ずつお医者さんから予防接種を受ける。脱脂綿に液体を染ませて腕の内側をサッと撫でて注射針を刺す。終わると同様に液体を浸ませた脱脂綿を押し当てて、暫く押さえておくように指示された。指で押さえながら教室に戻り、その頃には出血も止まって脱脂綿には小さな赤茶色の点が生じていた。
この脱脂綿を鼻の下にもっていくと、刺激のある焼け焦げた臭いがした。これ以外では内科医で注射してもらうときのシーンしか結びつかない。
【 クレゾール石けん液とかかりつけの内科 】
クレゾール石けん液は薄めて使われる消毒液で、最終編集日現在でもドラッグストアで細々と売られている。写真は手元にある現物のボトル。
現在では消毒液として使われることは殆どないが、昭和期は多くの内科で消毒用に取り入れられていた。石けん液と言っても現在使われるような手に塗りつけて擦る液体石けんではなく希釈した液に手を浸けることで消毒する。
幼少期のかかりつけの内科医は吉松医院で、診察室の片隅に脚のついた白いボウルが置かれていた。院長や看護婦はこの中に手を浸けて濡らした後、タオルなどで拭かずに診察した。昔のモノクロ映画や漫画でも手術などを行う前の消毒として描写されていた。
クレゾール自体は汲み取り式トイレ(と言うか当時の呼称は便所だが)のうじ殺し剤としても使われていた。昭和期の各家庭ではトイレの片隅に茶色い瓶が置かれていて、傾けると白い液体が出て来るのでカルピスを連想させた。便槽に注ぐと暫く周囲にクレゾール特有の臭いが充満した。小学校低学年のトイレは木造校舎の離れにあり、そこでもたまに白い牛乳のような液が撒かれていたと思う。現在は汲み取り式トイレ自体が絶滅危惧種状態にある。うじ殺しの瓶入り液体がまだ市販されているかは分からない。
クレゾールは粘性のある明るい茶色の液体で、空気中に触れると濃茶色になる。
写真は少量流し台のシンクに垂らしたところ。
他にたとえようのない甘くぼけたような後を引く香りである。他に似た匂いがないからか、クレゾールの臭いは嗅覚疲労を起こさない。臭いの元から離れてもなお特異臭が漂っているし、手に微量付着しても永らく匂い続ける。個人的には化学薬品の中でも一番好きな臭いで、ドラッグストアで見つけたとき懐かしい臭いを嗅ぐ目的だけでわざわざ1瓶買っている。水洗トイレが当たり前な現在では消費する場面がなく、トイレの片隅に置かれている。需要がなくなり将来的に入手できなくなるのは確実だろう。
【 鉄棒やブランコと汗の臭い 】
当たり前だが鉄棒やブランコ自体に匂いなどない。それでもこれに汗を加えることで殆どの人が多分あの匂いだろうと理解できる。恐らく幼稚園の頃にはこの奇妙な匂いに気付いていた。中学生の頃、従姉妹の家に泊まりに行って大きなブランデーの瓶一杯に溜め込んだ十円玉を一緒に数えたことがある。このとき硬貨を触った指先が漬け物のような臭いがすることに気付いたが、何故そうなるのかは分からなかった。ブランコの鎖を両手で握って漕いだり、鉄棒で逆上がりなどを繰り返すと手に錆びがつくことがある。そこへ鼻をもっていくと何とも喩えようのない異臭がする。殆どの人によって「鉄の匂い」と表現される。実際には鉄が匂うのではなく手に付いている汗由来の脂肪が分解されることで強烈に匂う物質に変わるのである。
外部記事: 「鉄のニオイ」の正体|Amebaブログ(2010/12/2)
このブログ記事で書いたように、鉄のニオイとされる正体を知ったのはこの頃だった。
この物質は皮脂の分解だけが原因で、おそらく鉄は触媒的にしか働いていない。鉄ではなく汗まみれの手で1円玉(アルミ貨)や5円玉(黄銅貨)をスリスリしても似た臭いが発生するからである。微量で強烈に匂うらしく、その物質自体の色や味などは感知できるほど発生しない。怪我をして出血したとき、指先に着いた血を鼻の下に持っていっても同様の臭いがするのも血液由来の鉄の介在で皮脂を分解するからだろう。
【 ヒサカキの花と墓参 】
小学3〜4年生の頃、厚狭で墓参りに行ったときの想い出に結びついている匂いがある。鴨ノ庄から松岳山の見える山道を歩いた先に母親方の墓地があった。その道を歩くとき何物にも喩えようのない特異な香りが周囲からしていた。それが何の匂いかいちいち親には尋ねなかったので当時は「お墓の匂い」と感じていた。その後お盆や法事で仏壇に手を合わせたときにも似た香りを体験し、木魚か焼香のときの匂いに似た感じがしていた。この香りの正体が分かったのは2007年のことだった。恐らく厚狭鴨ノ庄の墓参の話をしていたとき、子どもの頃から疑問に思っていた異様な匂いについて尋ねて疑問が氷解している。ヒサカキという低木につく小さな花が香りの原因だった。
外部記事: イシャシャキの思い出|Amebaブログ(2008/3/20)
ヒサカキ自体はありふれていて市内の至る所にみられる灌木である。春先に小さな花を咲かせ、花自体はとても地味なのだが強烈で特異な匂いを放つ。
この香りはいろいろに喩えられており、都市ガスのような香りという表現がよくみられる。この他にたくわんを連想する人もあれば塩ラーメンのような香りと表現する人もいる。都市ガス・たくわん・塩ラーメンとどれも共通性がないように思える。まあそれほど特異な匂いである。
この特異な香りの正体がどんな化学物質なのか、どういう理由あってこの匂いを放っているのかはまだ調べていない。今までみてきたような単一の化学物質ではなく、芳香を放ついくつかの成分の混合かも知れない。
【 表現不可能な晩夏の匂い 】
野山を訪れてクルマから降りたとき、弱いながら明らかに感知できるねっとりとした香りを感じることがある。晩夏から秋口で、香るのは決まって風があまりない夜だった。野山に暮らしていたときも帰宅してクルマを降りた瞬間に感じられた。この香りを表現する適正な言葉を思い付かない。その場に誰かを立ち会わせて「今香っているこの匂い」と言う以外ない。嫌な匂いではなく何にもたとえようのないねっとりした匂いである。クルマの周辺には目立った樹木や花はなく何処から匂っているのか分からなかった。いつも匂いのではなく条件が整ったとき香るようである。人工物ではなく自然界の何かが匂うらしいことまで分かっていた。
親の話によればコケの匂いではないかと言った。そう言われればやや湿っぽい感じの匂いである。しかし未だこの匂いの正体を掴めていない。また、他の場所で同じ匂いを体験したことがないため「野山で風のない夜でクルマから降りた瞬間に香るあの匂い」という形で結びついている。
【 ディートの匂いと農機具小屋 】
ディート(DEET)とは虫除けスプレーの最も一般的な化学成分である。スプレーすることで蚊を寄せ付けなくなる代わりに、何物にも喩えられない奇妙な化学薬品の匂いがする。写真はディートを主成分とする虫除けスプレー。
個人的には虫除けスプレーを使い始めたのは、山間部に入って写真を撮る活動に呼応して比較的近年のことだが、ディートの匂いは幼少期の善和の家にあった農機具小屋の匂いを連想する。薄暗い小屋の片隅に手押し噴霧型の大きな殺虫剤らしきものが置かれていた。手元のハンドルを押すと筒の中から殺虫剤が噴霧され、それが同様の匂いだったような記憶がある。ディート自体は昭和中期には存在していたが、一般農家の殺虫用として普及していたかは疑問である。
このためか特異な香りでありながらディートの匂いは嫌いではない。ただしクレゾールのように積極的に嗅いでみたい匂いとも言えない。ディートに限らず一般的に殆どの化学薬品の香りは肯定的に受け入れる傾向がある。
《 成人から現在まで 》
ある匂いによって想起される時期が成人から現在までの間に含まれるもの。【 柑橘系のオーデコロンや車の芳香剤 】
いわゆるシトラスの香りである。この香りは頭をスッキリさせる効果があってかなり初期から気に入っていた。若い頃に体臭を指摘され、隠すためにオーデコロンを使用することを勧められた。瓶入りタイプでノズルを押してシュッと噴くタイプのものがあり、腋臭を隠すために使っていた。このオーデコロンは同じものが現在も売られており、2024年の春に久し振りに買ってきてたまに使っている。
ただし腋臭を抑える効果はまったくなく、汗をかくと腋臭と混ざってどうにもならない悪臭となる。嗅覚は疲労を起こしやすいため、オーデコロンは殆どの人が過剰な状態にある。継続して使っていて噴いた直後に自分でも匂いが感じるようなら使いすぎである。スーパーで香水が歩いているような女性とすれ違う体験は誰でもあるだろう。
ほぼ同じ時期に、車の芳香剤にも同様の柑橘系を使っていた。
写真は十数年振りに買った車の中に置くタイプの液体芳香剤。
柑橘系の香り自体を好んでいたということの他に、当時付き合っていた女性がこの香りを好んだのも大きな理由である。別れ際などハグし合ったときにほのかに香るらしく、これが私を連想するキャラクタになっていたようである。このためドライブのとき彼女が気に入るように車の芳香剤も同じ種のものを選んでいた。
久し振りにオーデコロンと車の芳香剤を同じ柑橘系にして使っている。しかし当時のことは記憶が希釈されていて想い出深い場面はない。更に付き合っていた女性も本人のアイデンティティを感じさせる固有の匂いがあったのは確かだが、どのようなものだったかまるで覚えていない。まさに同じ匂いを何処かで嗅ぐ場面があれば思い出せるだろうが、恐らくその機会は永遠にないだろう。
《 代表的な好き嫌いの香り 》
前述の中で想い出に結びついている匂いは概ね受け入れられ懐かしいと感じる。逆は成り立たず、快く感じられる香りで個人的想い出に結びついている事例は少ない。例えば油クレオソートの匂いは前述のように電車と結びつくのだが、これに似た正露丸のような木クレオソートを嗅いでも何も想起しない。これは正露丸は現在でもたまに使用していて頻繁に登場するため、特定の記憶が薄まっているからだろう。以下では、特定の想い出に結びついてはいない上記以外の好きな香りを中心にまとめている。
【 日焼け防止剤 】
2019年夏まで外出時に使っていた日焼け防止剤の香りが想い出深い。写真は買ってきたばかりの商品の接写。
最初にこの商品を買ったのは2016年で、当時はマイメロディ(マイメロちゃん)のデザインだった。値段はやや張るがクリームの伸びがよくあまりベタつかなかった。それから塗ったときの香りがかなりお気に入りだった。柔らかなフローラル系の言うなれば「可愛い香り」で、自転車で夏場に出るときは塗り直しできるようにショルダーバッグに入れていた。ただし香るのは塗った直後だけで、やがて揮発して匂わなくなった。しかし使う度に幸せな気持ちに浸ることができて、少しくらい高くても使い心地の良い商品は継続して使うことが分かった。
後に日焼け止めの機能だけを重視し、より安い商品を使うようになった。紫外線防止効果は申し分ないものの香りがやや劣っていた。この記事の最終編集日時点では夏場でもアームカバーのみで、長時間屋外に滞在しない限り日焼け止めを塗らなくなった。
【 拒絶反応を起こした事例 】
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