《 公的機関の所蔵する資料の撮影と出版物への掲載について 》
具体的には、著作権の保護期間が経過した古い写真の接写と出版物への引用についてである。2024年9月に第二作となる新川のほとりを出版した。前作は殆どを自分のカメラで撮影した画像を用いて構成した。第二作は書籍に掲載されたモノクロ写真などを小冊子に掲載したい部分が多く、当該書籍が図書館や文書館といった公的機関の所蔵であるため著作権の問題をクリアする必要があった。前作は些か粗雑にやってしまっていたので、今回はかなり厳密な手続きをとった。この過程で手続きがあまりにも煩雑で、最終的に写真の掲載を断念した部分があった。
【 著作物を引用するために必要な手続き 】
例えば市立図書館に所蔵された郷土資料の写真を二次利用したい場合、次のような手続きが必要である。
(1) 掲載したい郷土資料と該当ページを明記した撮影許可申請書を提出する。
(2) 撮影した画像を書籍などで掲載するための掲載許可申請書を提出する。
掲載したい郷土資料のどの部分を接写したいかカウンターで係員に申し出て、どんな資料にどういう目的で掲載するかの申請書を作成する必要があった。今回は禁貸出書籍にある写真だったので館内でのデジカメ接写という方法を採ったが、借り出してスキャナーでスキャンする場合も同様の手続きが要ると思われる。この書類を提出した後、係員が立ち会う中で当該ページの申請された写真のみを撮影した。(2) 撮影した画像を書籍などで掲載するための掲載許可申請書を提出する。
どうしても掲載したい資料だったので、煩雑を承知で申請と撮影を行った。ところが最初に見つけたときは存在していた書籍が、申請時には郷土資料室から逸失していて何処に仕舞い込まれたのか2ヶ月にわたって分からなかった。当該写真は私的使用の目的で先行して撮影してあり、掲載イメージを確定するために小冊子中に埋め込んでいた。申請なしで掲載することが可能な状況だったが、適正な手続きを行うべきと考えて申請したのである。最終的に当該書籍が見つかり適正な手続きで画像採取された。
これとは別に学びの森くすのきが所蔵するモノクロ写真数枚の引用を考え、同様に掲載イメージのため接写画像を仮置きしていた。しかし当該写真が多くの郷土書籍に掲載されて自前の小冊子に再掲するのは今更感が強いことを主な理由に、掲載予定だったモノクロ写真と解説文を削除した。これには掲載手続きのためだけに船木まで行って申請書を作成するのが煩雑で気乗りしなかったのも理由にあった。
いずれのケースも仮置きしていたモノクロ写真は、自分が所有する郷土書籍の写真をカメラ接写した画像である。元々昔のモノクロ写真は解像度が低く、その程度の画像で足りた。即ち撮影許可申請書を提出する以前に、使いたい画像は既に手元にあり、掲載許可だけを要する状況になっていたのである。
【 手続きの簡素化についての提言 】
郷土資料を二次利用するための現状の手続きは煩雑過ぎる。著作権による保護期間が切れているのに、市や県が当該資料を管理しているという理由で申請しなければ撮影も掲載もできない現状はおかしいと思う。個人所有の写真は申し立てがあれば著作権侵害となるので完全にフリーにはできないが、郷土書籍に限定せず著作権の保護期間を過ぎた資料は、営利・非営利にかかわらず自由に二次利用できるように改定して欲しい。正規な申請手続きを経ずに使われている事例が相当あると思われる。微細なものであれば追認しているのかも知れないが、当該資料を所管する側が「二次利用は自由」をアナウンスしない限り申請が必要となる現状は変わらない。後で著作権侵害を指摘され厄介事に巻き込まれたくないからである。その結果、引用したい側は不必要と感じつつ面倒な申請作業を行い、受ける側も提出書類を審査したり撮影に立ち会うなど重要度の低い作業に時間を取られる。結果として誰にもメリットがない障壁的手続きとなっているように思われる。
市が公開している郷土写真のデジタルアーカイブは有用なモノクロ写真が多く価値が高いが、閲覧のみでダウンロードを物理的にできなくしている。[1]当該サイトでも掲載された写真を二次利用したい場合は申請が必要と明記している。せっかくの資料が”眺めて愉しむ”だけの目的で提供されており、それらを基礎資料とした出版物の構成を行う上で障壁にしかなっていない。
そもそも明治や大正といった写真や資料は保護期間が切れており、本来誰でも無制限に使用できるべきものである。一連の資料を保有している市などの公的機関が何を恐れて制約をかけているのか理解できない。極端なことを言えば、この制約がなければ市の所蔵するモノクロ写真を誰かが全部スキャンし有償で写真集を出版することが可能である。一個人が着手する前に市が行えば、一定の需要が見込めるから収益源となり得る。そこまでしなくてもモノクロ写真の二次利用をフリーにすると明言すれば、関連する資料や書籍の制作に寄与するだろう。
現行の制約は、まだインターネットもデジタルデータという概念もなかった時期の取り決めである。現に学びの森くすのきにある資料複写許可申請書には、写真で採取する場合の大まかな見積もりとして24枚取りフィルムが何本要るかなどといった申請項目がある。
(接写画像は2019年の申請時の撮影)
フィルムと現像を要した時代の申請手続きが見直されることもなく今も援用されている。申請書の提出自体そう頻繁にあることではないからだろうが、デジタルデータの利活用を促進する上で全面的な見直しが必要である。
第二作の小冊子では明治・大正・昭和初期の地図や絵図の接写画像をふんだんに掲載している。それらは市の保有する郷土資料ではなく高良家文書であり、高良氏に承諾を頂くだけで無制限に引用できた。公的機関の所蔵する以上の資料が活用できるなら、面倒な手続きが要る市所蔵の資料を敬遠する理由になる。煩雑な手続きが障壁となって資料が活用されない現状は、果たして当該資料にとって有用であろうか。
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出典および編集追記:
1. ブラウザやOSベースの右クリックで保存というダイアログを抑制しているだけで、スクリーンショットを取るソフトウェアを用いれば容易に回避可能である。したがってカジュアルコピーを抑制する役目しか果たしておらず、私的利用する上では別のソフトウェアを起動する分だけ不便である。
1. ブラウザやOSベースの右クリックで保存というダイアログを抑制しているだけで、スクリーンショットを取るソフトウェアを用いれば容易に回避可能である。したがってカジュアルコピーを抑制する役目しか果たしておらず、私的利用する上では別のソフトウェアを起動する分だけ不便である。