山口県宇部健康福祉センター

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現地撮影日:2015/8/2
記事作成日:2016/3/6
山口県宇部健康福祉センターは常盤町2丁目にある県管理の建物である。
写真は前面道路からの撮影。


玄関部分をポイントした地図を示す。


正式名は山口県宇部健康福祉センターであるが、上記のYahoo!地図では「宇部環境保健所」と表記されている。実際、宇部市民には昔から保健所と呼ばれることが多く今でも道路を説明するときなどは「本局(宇部郵便局)と保健所の間の通り」のように語られる。
以下この総括記事内においてのみ「保健所」と略記する

その名称と立地から市役所の出先機関と思われることがあるが、県の機関である。市の機関では琴芝町2丁目に保健センターがあり、問い合わせ時などで混同されることがある。

一般にはあまり馴染みのない機関であるが、駐車場としての利用法がある。この説明板は入口部分に掲示されている。
閉庁している土日などの休日には時間帯が制限されるが指定された枠内に無償で駐車できる。


この一般開放は琴芝町1丁目にある山口県宇部総合庁舎でも同様に行っている。

保健所の所在地や連絡先、担当業務などは[1]に記載があるのでここでは触れない。以下は専ら保健所の立地や建物自体に関する個人的興味を主体に記述する。

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時系列記事を作成するほどでもないから、当面このまま総括記事の中に記述しよう。
一般市民にあまり馴染みのない保健所を独立記事に作成したのは、建物の配置に興味深い特性がみられること、そのことに関連づけできそうな情報が得られたことによる。

この特性は地図ではなく航空映像を観察するだけでも気がつく。上空からの映像を示そう。
見やすいように中心点やマーカーは非表示にしている


すぐに気づくことと思われるが保健所の建物だけが区画に沿わず斜めに建っている。
市街地では常盤通りを中心として平行ないしは直交する道で区画が形成されている。そして殆どのビルや住宅は区画に沿って整然と建てられている。殆ど唯一、保健所の建物だけが現在の区画に沿わずおかしな向きに建っているのである。
保健所の建物は不定形ではなくまったく整った直方体だ。土地の効率的な利用からすれば不条理な配置である。実際、上空から見ても建物の周辺が不定形に空いているため敷地内に停まっている車もてんでバラバラな方を向いている。

近くのビル(RestaKushibe)上層階の階段踊り場[2]からの撮影。
保健所だけが周囲とは異なる向きに建っているのがよく分かる。


保健所の建物の向きが他のものと異なる事実は既にお気づきの方もいらっしゃったかも知れない。私自身、以前から気づいてはいたが特に注意を払って観察はしていなかった。個人的にあまり用事のない機関というのも理由にあった。
区画が一通り整った後にわざわざこんな建て方をすることは考えられないので、保健所の建物は現在の常盤通りを中心とした街並みが整備される以前からの古いものではと考え始めた。

宇部の市街地は戦時中の空襲で甚大な被害を受けている。現在の常盤通り[3]は戦後の復興の象徴でもあり、当時としては些か過剰設計とも思える50m道路を実現させた。周辺道路も復興された常盤通りを中心に整備されたと思われるので、保健所の建物は一連の道路整備が進む以前のものかも知れない。かつては建物の外周に沿った道があったのではと思われたのである。

自転車で市街地へ出てきた折りにちょっと建物を撮影してきた。
これは玄関から右側のコーナーである。


外壁はタイル張りで一部は後から貼り替えたのか継ぎ接ぎ状態になっている。


公共施設とは言え一般の来訪者が敷地の裏側まで入り込む用事があり得ないのでかなり憚られた。しかしカメラを構えているので目的は誰何されなくても分かるだろう…

右側の奥のコーナー。
驚いたのは未だ土の地面がありダブルトラックが着いていたことだ。こんな市街地に農道みたいな部分が遺っていたとは…


建物の裏側である。
こちらまで一般来訪者が来ることはないせいか未舗装のままになっていた。停まっている車は職員のものだろう。


背面を撮影している。
敷地の後ろに制限があってワンショットで収めることができなかったので2分割している。


背面側にタイル貼りの装飾はなくコンクリートのままだ。
2階の壁から突き出ているH字型の煙突が時代を感じさせる。


正面に回った。
ここでも敷地の制約からワンショットで全体像を収めることができなかった。


訪れた日は日曜日だったので玄関は閉庁を示す札が下がっている。しかし室内は点灯していて休日出勤している職員があるらしかった。
保健所に用事がある来訪者に向いた側だけは念入りに塗装されているし壁面には一面にタイルが貼られている。天井部がベランダ状に外側へ張り出し、控え柱が異様に目立っている。レンガ柱のようにも見えるが恐らくコンクリート製で外側をレンガ調のタイルにしている。

正面部分は階段で左横にスロープがある。このスロープや入口のアルミ製自動扉は後年の追加設置や改変だろう。
平成初期まではバリアフリーを意図した設計以前に概念自体が定着していなかった


左側にあった保健所の正式名を示す標示板よりも右側のこれの方に興味が向いた。
見るからに古そうである。これは建物が建った当初からのものだろうか。


建物の左側は車が何台も停まっていたので撮影していない。また、内部へ入って撮影するほどでもないし、建物の成立時期や区画に沿わない方向で建っていた理由などの確認はしていない。したがって以下は願地での視察と手元の資料のみによる推測である。
【 建物の捻れた配置理由の推測 】
外観からして保健所はそれほど古い建物とは思えない。改修を重ねられていることを仮定しても精々昭和中期以降であろう。その頃には周辺の道路はほぼ確定しているので、現在の区画が整った後にわざわざ新規に今の配置で建てたことは考えがたい。

最初に考えたのは、昔の道筋に沿った建物が存在していたが、取り壊された後に基礎部分のみ流用して現在の保健所を建てたという仮説である。基礎が頑丈に造られていて撤去にコストがかかるなどの理由で、現在の区画に沿わないのを承服の上で新規に建てたのかも知れない。

最近、新川の街並みを記述した[4] の該当項目を読む過程で、以前保健所のあるこの場所に市役所の建物があったことが分かった。
大正10年に宇部が村から市へ飛び級昇格した後、元あった上宇部から新川に移す案が提出された。地元上宇部では寂れることで反対の声があったが、役場を移転する代わりに中学校(現在の宇部公立高等学校)を新設することで合意を得たとされる。[4]大正12年にこの場所に建てられた宇部市として最初の市役所は4階建てで洋風建築のかなりモダンなものであったらしい。ただ、4階が「死階」に通じるという声もあり評判は芳しくなかったようである。[4]

最初の市役所を建てたくらいなら、建屋も基礎も相当に堅牢なものだったとも考えられる。もしかすると完全に取り壊した後ではなく一部は当時のものを流用して現在の保健所があるのかも知れない。この辺りの事情について言及した郷土資料は未だ手にしていないが、当該保健所の設立史などに記録されている可能性はあるだろう。詳細が判明したなら編集追記する。[注釈*]
《 個人的関わり 》
先述の通り市民には馴染みの薄い機関であり、個人的に訪れたのは記憶する限りで近年の2回のみである。

注意以下には長文に及ぶ個人的関わりが記述されています。レイアウト保持のため既定で非表示にしています。お読みいただくには「閲覧する」ボタンを押してください。

出典および編集追記:

* 最近、昭和中期の国土地理院による航空映像を参照することで「昔の道路筋説」に疑義が差し挟まされることが判明した。昭和37年7月25日撮影の航空映像で高解像度表示にして該当箇所を見ると、まだ現在の建物が見当たらない。昔の道路筋に沿って建てた基礎部分を流用しているのなら、上記航空映像でも現れている筈である。航空映像では敷地に相当する部分で一部常盤通りに対して斜めとなっている境界ラインがみられるので、現在のねじれ配置は後年の用地取得など別の理由に依るように思われる。(2016/11/7)

1. 「宇部市|山口県宇部健康福祉センター

2. 上部階は市営住宅(常盤町借上)となっている。

3. ただし常盤通りそのものは明治期から既に存在していた。設計者や命名の由来共に判明している。
いずれ常盤通りの項目で記述する予定

4.「宇部ふるさと歴史散歩」p.45

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