生雲ダム

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現地踏査日:2011/11/13
記事公開日:2011/11/27
生雲と書いて「いくも」と読む。
如何にもありそうに思えて実は全国的にも稀な地名らしく、今さっきキーワード「生雲」で検索させたところ、これから話題にする山口市阿東町生雲地区に関するドキュメントしかヒットしなかった。
この集落名の謂われは分からないし、元より訪れたことさえ一度もない。ましてダムの存在もネットを経由してここ最近知ったばかりだった。

生雲ダムに関して特筆すべきことは、山口県内にある電力会社の管理するダムの一つという点である。
即ち中国電力の管轄になり、このようなダムは山口県内で2つしかない。もう一箇所は佐々並川ダム
「Wikipedia - 電力会社管理ダム|一覧|中国電力」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E5%8A%9B%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E7%AE%A1%E7%90%86%E3%83%80%E3%83%A0#.E4.B8.AD.E5.9B.BD.E9.9B.BB.E5.8A.9B
電力会社が管理するということは、言うまでもなく発電が主な目的のダムである。
山が険しく、水量の期待できる河川が多い中部地方などでは早くから電力会社による電源開発が進められてきた。そういう場所では利水ダム同様、ダムによって堰き止められた単一河川の水に頼っての発電が可能である。電力需要が右肩上がりな高度成長期の波に乗って量産されてきた。

しかしダムのみですぐ発電できる採算ベースに乗りやすい場所が一通り開発された後は、一工夫を要するサイトが残った。即ちダムサイトに適しているが水量が足りなかったり、あまりに山奥過ぎて電力需要地から遠かったりするケースだ。時代が下れば、既得水利権の絡みもあって発電用水を確保するのが困難になる事例もあった。

こうした問題をクリアするため、ダムサイトだけ確保して足りない用水を別の水系から導水路で確保したり、更にはダムすら持たず導水路を発電所のある場所まで引っ張って来る水路式の発電方式が造られるようになった。
長大な導水トンネルを掘削するのは相応なコストがかかる。事業主体は営利企業だから、なるべく短期で初期投資コストを回収できて将来的な利潤が産まれると判定された場合だけ開発される。

この種の水力発電所が造られるには、位置エネルギーを電気エネルギーに変換できるだけの充分な高低差と水量が必須となる。本州の尻尾に位置する山口県はいずれの条件を満たす場所や河川にも乏しく、電力会社の管理ダムが中国地方の他4県に比べて極端に少ない理由である。
そんな中、阿東町には水量を確保できる阿武川が存在し、また、長門峡に代表される堅牢な岩盤などダムサイトとして適した素地があった。県営の阿武川ダムをはじめ、中国電力の管理ダムが同水系に2つ存在するのもその辺に理由があるのだろう。

まずは生雲ダムの上空からの映像を掲載しておこう。
この近辺は通常の地図表示では拡大表示ができない。それで航空映像モードにしている。


全国の広範囲をかなり精密な解像度でサポートするYahoo!の航空映像だが、生雲ダムがあるこの地点を上空からこれほど具に閲覧できるのは驚異的だ。上の映像を地図モードに切り替えると、強制的に広範囲の地図に変換されてしまう。ダム付近には県道一本と生雲川が記載されているだけで、集落はない。それほど山奥で精密な地図がサポートされない場所なのだ。

榎谷取入口を踏査した11月13日の午後、当初のスケジュール通り生雲ダムへ向かった。
例によって以下に到達プロセスを展開し、現地での撮影を第一章以下とした。現地レポートからスタートしたい方は、このリンクから第一章へ直行されたい。
なお、今回は踏査の流れから「利水・ダム」と「電気・発電所」のカテゴリに跨って話を進めている。
このカテゴリ設定と分類法はちょっと無理があったのでは…と思い始めているところ^^;


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国道9号に出た後、初めに榎谷取入口へ向かったのと同じ県道311号に入った。
紅葉シーズンのせいで国道9号は交通量が多く、また県道311号から出てくる車もあり、県道側へ右折するのに苦労するほどだった。

県道は阿武川に沿って走り、やがて一気に高度を上げた場所に三叉路がある。同じ場所を数時間後に通っている。(A地点
説明していなかったが白黒に変調された写真はメインとなる他記事で紹介済みであることを示している

今回はこのまま直進し県道344号に入る。

分岐を過ぎると、県道344号は猛烈な登り坂になった。非力な軽四ではスピードが出ないほどの急坂だ。
帰りに下り坂の標識を見た…6%勾配になっていた
幸い、自分の後ろを走る車は皆無で煽られる心配はまったくなかった。

地図のメモ書きによれば、最高地点を過ぎると高度を下げながら次第に生雲川へ近づいていくようになっていた。しかし県道から距離がある上に森林が深く、ダムは元より生雲川も見えなかった。

あらかたの経路を手帳にメモ書きしていたが、目標になるものがないのでどこで曲がれば良いものかさっぱり分からなかった。
左側から入る道を調べるために速度を落として走っていると後続車両が来たので、路肩へ寄って一旦停まりこの写真を撮った。(B地点


この近辺の国土地理院地図である。
地図中の記号は写真撮影ポイントを示している。

地図中に示したB地点の位置が正しいなら、この坂を下った先に逆戻りしつつ生雲ダムの左岸へ向かうような細い道がある。最初、左岸からの写真を撮るためにこの道へ入ろうかと思っていたし、メモ帳にもこの経路を記入していた。

しかし容易に分かりそうにもないと気付いた段階で、その道から入るのは完全に見送った。よく見るとその枝道はダムに近づいてはいるものの、等高線を見る限り高度を上げてダムから離れている。地図に描かれた道幅からして軽四ですら安泰に通れるかどうか分からないし、眺めるだけならまだしもダム堰堤の左岸へ行くなら斜面を歩くことになると判断されたからだ。
地元の野山とは訳が違う…なるべくこんな深い山中を一人で歩きたくない

さて、県道のこの坂を下りきったところで漸く左側に視界が開けた。そこに一応、河川の方へ向かう道があったものの、入口の狭さに不安を感じ一旦は通過した。しかし河川側へ降りる道と言えばそれ以外ないと感じ、Uターンして車を乗り入れた。
その道は物凄い下りで谷底に架かる橋に向かっていた。(C地点
橋の袂にあるコンクリート小屋は河川水位測定関連の施設だった


橋を渡った後、再び急な上りになった。そこで鋭角に曲がる三叉路に差し掛かったので確認のために車を停めた。

来た道を振り返って撮影している。
このままカメラを右へ振った位置に…(D地点


鋭角に左へ折れる道があった。
中国自然歩道の一部となっているようで、経路標示が出ていた。しかし行き先の案内はなく、本当に歩く人が居るのだろうかと思われるような寂しい道だ。


道は舗装されていて、それなりに車が通った痕跡も認められる。軽四ならそれほど心配には及ばない道幅だ。
メモ帳に控えた簡単な地図によればこの先に生雲ダムがある筈なのだが、県道からの入口にもこの分岐点にも何の案内も出ていないことが不安を誘った。


まあ、方向は間違いなくコッチだ。歩きや自転車なら大変だが、車なら転回不能な場所へ突っ込まない限り間違っていたら戻れば済む…と先に進んでみた。

どの程度走ることになったか覚えていない。この道は途中どこにも枝道がなく延々と山の影を縫って進んでいた。進行方向の左手に生雲川があるはずなのだが、木々の繁茂が酷く直接見通せる場所がなかった。

大丈夫…この道で間違っていなかった。
そう確信できる証拠を見つけた。


立入禁止の立て札。
調整池があるということ、中国電力(株)による警告表示であるということで十分だ。(E地点


もっとも立て札の裏側がどの位離れて調整池になっているかさえ分からなかった。

県管理などの公営ダムに付随するダム湖面は、一般には条件付きで開放されており、ボートを持ち込み釣りを楽しむ人もある。しかしここは一般企業の調整池だ。事件が起きて責任問題になる前に全面立入禁止としているようだ。

調整池を形成している原因となる目的物がこの先にあることは確信できたが、車で行けるのだろうかと思えるほど道が荒れてきた。写真では枯れ葉が散らばっているだけだが、湧水が路面上を洗っていたり舗装がひび割れている部分もあった。


そこから更にどのくらい走っただろうか。疎らに生える木々の間から調整池が見え始めた。
湖面にオレンジ色の浮きが繋がっているのが見える。ダム湖底までメッシュのカーテンを垂らしてゴミの侵入を防ぐお馴染みのアイテムである。これが見えるということはダム堰堤は近いはずだ。


そこから突然、道幅が広くなって周囲が開けてきた。
それまで走ってきたうらぶれた道とはかなり違った印象だ。右側にコンクリート擁壁があり、ダム事務所と思われる建て屋が見えていた。


この道は異様に広い駐車場に到達して終わっていた。それまで走ってきた道がいつ行き止まりになるやら心配されるような状況だったので、到着した際の第一印象は、
へぇー、こんな山奥に…
という具合だった。

広い駐車場で悠々車を転回させる。どのみち誰も居はしないのだから何処へ停めようが邪魔にはなるまいが、ダム事務所の角に寄せて車を向けた。

建て屋の全容である。
場違いに大きいし、意外に新しい。屋上付近にちょっと汚れが目立つものの、周囲の路面や中庭もキレイに整備されていてゴミ一つ落ちていない。周囲のイブキは小ぶりなものの青々と育っている。まるで人里離れた山奥の隠し別荘のようだ。(F地点
誰も常駐せずこんな立派な建て屋を遊ばせておくなんてつくづく勿体ない…中国自然歩道を歩く人々向けの簡易宿泊所を営業すればと思うのだが…


駐車所の一番奥から撮影。
区画ラインはないが、普通車でも10台以上楽に停められる広さだ。
ダム事務所は2階建てで、駐車場側の1階部分は倉庫とトイレになっていた。2階は裏側からも昇降できるようになっている。宿直用の部屋だろうか。


駐車場の一番奥から中国自然歩道が続いているらしく、案内看板があった。

ダムとは直接関係がないが、滅多に来る場所でもないのでざっと撮影しておいた。

概略のマップ。
苔まみれで酷く汚れている。あれでもかつてはマップを参考に歩く人が居たのだろうか。

昔なら私だって自然に触れつつ森林浴を兼ねて歩くのは厭わないだろう。
しかし今ほど山に入った人がイノシシや野猿などの野生動物と遭遇して襲われる事件が続けば、怖くてとてもこんな山奥を歩く気がしない。


駐車場の端に初めて案内標識を見つけた。ここから生雲渓に行けるそうだ。


しかし…
自然歩道の入口は何故かロープが張られて通れないようにされていた。


通行止の標示板である。
もしかして一昨年の大雨による災害で崩れて通行止めにされたのでは…とも思われた。


しかしよく見ると、標示板の責任元が阿東町になっている。”山口市阿東町”ではないから、何年も前に被災したまま復旧されないのではなかろうか。
「ただいま災害により被災」の表現が空々しく感じられる

さて、美味しいモノは後回しにしていたが、そろそろダムに向かおう。
観たいものは山ほどある。何処から取り掛かろうか…

久し振りの”大漁”になりそうなことは、駐車場で車を転回するまでの間に何となく感じていた。それが確信に変わるまで長時間を要さなかったのであった。

(「生雲ダム【1】」へ続く)

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