写真は2024年夏の撮影。
噴水池という呼称は公式に案内されているもので、園内の案内板やパンフレットにもその名称がある。[1] 以前はほぼ常時噴水を出していたが、近年は夏場でも噴水が出ていることが殆どない。
《 成り立ち 》
常盤池周辺が整備される以前、大正期の料亭時代この辺りは自然の小さな入江だった。対岸への近道と常盤池の景観を愉しむ目的で眺橋が架けられ、その頃は常盤池と完全に繋がっていた。後に水位が変動しないように眺橋の真下で小さな入江を締め切り、池の中央に噴水を設置した。噴水は数メートル噴き上がり、風向きによっては周囲を歩く人に降りかかったが、夏場などは涼を呼ぶ場所として歓迎された。池には常盤池の養殖場で育てられた緋鯉や黄金の鯉が放たれ、観光客は餌となる棒状の麩を買って与えることができた。昭和40〜50年代のことである。
後年噴水池に相当する入江部分は少しずつ縮小され、最終的には完全に埋め立てられて管理されたプール状となって現在に至っている。
昭和30年代末の航空映像。
眺橋は架かっているが、この頃はまだ常盤池と繋がっていたと思われる。

昭和40年代末の航空映像。
入江部分が全体的に縮小している。眺橋も幅が拡張されている。

現在の噴水池の航空映像。
眺橋より入江側は完全に埋め立てられ、インターロッキングの園路とコンクリートの浅いプールとなっている。

噴水は眺橋に近い側にもう一基追加設置され、浅くなったプール状の中に彫刻が2作品据えられた。
2013年5月に噴水池の周囲が締め切られ工事領域となった。噴水池エリアの水深が浅い側を改造し、夏場に子どもたちが水遊びできる場所が造られた。これがじゃぶじゃぶ池である。工事は同年7月12日工期で、当年の7月から利用できるようになった。この改造にあわせて水遊びエリアでない眺橋側の池も底が塗り直されてきれいになった。
じゃぶじゃぶ池遊びは夏季限定で、それ以外の季節は閉鎖されて通常の噴水池エリアとなった。
写真は2015年秋の撮影。
噴水エリアの池は眺めるだけだが、じゃぶじゃぶ池の水は水浴びを行い、口に入ることもあるので塩素消毒された水を用いている。
噴水池とじゃぶじゃぶ池の水が混ざり合わないようにブロックで仕切られている。
子どもの水遊び場だったじゃぶじゃぶ池は、2020年には閉鎖された。covid19 により不特定多数の人たちの近接状態が忌避されたからである。この代替措置として、既に閉鎖されていた恩田運動公園のプール前に「あそべる噴水」エリアが設置された。
2021年以降もじゃぶじゃぶ池は復活されることなく、シャワーや遊具などが撤去されて噴水池と同様の状態になった。夏場の暑い最中に子どもたちが水遊びできる場所がないことから、2025年よりココランド(旧厚生年金センター)のプールの開放が行われている。
《 印画紙による記録 》
これは恐らくうちの親が撮影した写真で、裏面に昭和39年4月に撮ったと思われる数字が鉛筆で書かれている。噴水池の写り方から、撮影位置は現在のときわレストハウスがある池側斜面の下だろう。噴水は既に存在しており、池にはまだ柵がない。池の奥側は玉石垣のようなものが見えている。神社は左側にあって現在も石灯籠の台座や鳥居の台輪が遺っているのだが写真では見切れている。奥の正面に×××センターの横書きされた看板が見えている。鯉養殖センターかも知れない。センターにしては通常の民家のような瓦葺きの家が見えている。左側にも樹木の向こうに民家が2軒程度見えている。
私が生まれる前の写真であり、被写界には家族の誰も写っていない。特に考えずシャッターを切ったようで、左側に見える人物も誰か分からないということだった。同じ日に撮った写真はこの一枚しかない。
もう少し時代が下った昭和40年代半ばと思われる噴水池の写真。
(題材とは無関係な人物を抹消処理した…以下同様)
噴水池の周囲に鋼製の手すりがついている。西側の時計台を始めとする周辺の地形は今と殆ど変わっていない。
近接アングルでの撮影。
鯉の養殖場があった平屋が後ろに見えている。池の周囲の玉石垣はすべて撤去されたのか現在は何処にも存在しない。
《 関連記事リンク 》
」の園内マップには噴水池・じゃぶじゃぶ池として案内されている。ただし前述のようにじゃぶじゃぶ池の営業は停止しており、表記が抹消される可能性がある。