この市道を走る前から”これがサヤノ峠に向かう古道ではなかろうか…”と目鼻を付けていた候補がいくつかあった。その候補を一つずつ検証するために、私は市道の終点を過ぎてT字路を左折した。
市道岐波門前線へ移り、終点の方(阿知須側)へ向かって走った。私の手元にはマップがあり、サヤノ峠と推定される場所の候補をいくつか挙げていた。そのいずれもがこの方向だったからだ。
やがて右手に門前自治会館が見えてきた。その近くに最初の気になるものを見つけた。
自治会館のすぐ横に日ノ山へ向かう細い道があり、道を隔てた角地に曰くありげな石碑が寄せ集められていた。
もしかして、古道に関係するものでは…という想像が働いた。
そうでなければ、こんな立派な石碑とか造りはしないだろう。
それは新しく造られた道路を記念して建てられた石碑だった。道路改修記念碑という文字が刻まれていたので、いやが上にも期待が高まった。
この道ではないだろうか…
この道路標の横に立っていた石碑には、昭和43年の文字が見えた。側面にはびっしりと何か刻まれているが文字の彫りはそれほど深くなく石材の色も薄めのせいか読み取れない。それでも古道の確信を高めさせるには充分だった。
祭礼のときなど幟を固定するとき使われる石材も同じ敷地にあった。
本来は道の両脇に建っているものだから移植されたのだろう。
その道は初っ端からかなり急な坂で、日ノ山の裾野を目指していた。アスファルトで舗装されているものの、それ以前からあった道だろう。
道の両脇には花崗岩の石材が並べられ、舗装される以前は石畳道だったのでは…などと想像を膨らませた。
乗って進むにはきつい坂で、自転車を降りて押して歩いた。
舗装路の両側には民家が散在していた。しかし最後の一軒を過ぎれば舗装路がなくなり、自然の山道となって日ノ山越えを目指すものと思った。
ところが…
如何にもそれらしい道路改修記念碑に誘われて、日ノ山に向かう急坂道を進んだものの、残念ながらそれは目指す古道ではなかった。
この道はきつい坂を登り切り、確かに民家へ繋がっていたもののそこで行き止まりだったのだ。
更に最初のこの挫折にはきつい洗礼のおまけが付いていた。
民家の飼い犬から強烈な
「帰れ!!」コールを浴びせられた。・゜゜・(>_<;)・゜゜・。
あちこちの道へ入り込み、はからずも民家に繋がっていて行き止まりだった…という例は枚挙に暇がない。どれほど詳細な地図を持っていようが不慣れな場所ではよくあることで、テーマ踏査の宿命とも言える。「帰れ!!」コールを浴びせられた。・゜゜・(>_<;)・゜゜・。
しかしこういう場面で何故か共通する法則がある。
行き止まりの道にある一番奥の家は、
大抵酷く吠え立てる犬を飼っている^^;
実際このときも私の姿を目撃されるや否や鎖もちぎれんばかりに暴れだし、ゴツい声で吠え始めた。大抵酷く吠え立てる犬を飼っている^^;
その時までに行き止まりと分かっていたので追い立てられるまでもなく引き返したが、背を向けて坂を下る間も相当長いこと吠えていた。姿が見えなくなってもいつまでも吠えまくっているあたり、うちの親元で飼ってるワンコたちといい勝負だ。
まあ、ここは違うかなーという感触はあった。東岐波は不慣れだし、更に車も通らない古道を求めてウロウロすれば道に迷う。そこで簡単なマップを手書きして持っていたのだ。
(紙切れにある「サヤノ峠」の文字は現地で書き加えたもの…写真は後日の撮影である)
重い自転車を押し歩きしつつ、再び坂を下っていった。
(近隣住民の方々…大変お騒がせしました^^;)
まだまだだ…一度きりの失敗なんざ挫折のうちにも入らない。
他にも古道の候補をいくつか考えていたからだ。
(「サヤノ峠【2】」に続く)