南小羽山の廃階段

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記事作成日:2014/3/11
最終編集日:2014/6/27
2024/12/8 画像リンク修正済み
南小羽山地区の東の端は蛇瀬池による沢地に面しており、10m以上の高低差がついている。小羽山ニュータウン造成時から沢地との往来が考慮されていなかったからか、造成部の端は高いコンクリート擁壁状態になっている。

ところが蛇瀬川に接したある一ヶ所のみ階段が造られている。その階段はまったく使われた形跡がなく、コンクリート擁壁と同様に壮大な藪に包まれ廃物となっている。


この階段の下を中心にポイントした地図である。


この場所は用水路同然の蛇瀬川が異様に広い沢の一部を通っており、田が広がるだけで民家は殆どない。管理用の農道が蛇瀬川に沿うものの車の往来はもちろん人の姿自体を見かけない場所である。すぐ下流側に南小羽山の調整池があり、初期に近辺を自転車でうろついている過程で見つけた。
調整池はいずれ別項で記事化する予定

仕事で北小羽山を訪れて次の訪問先まで時間があるので、車を北小羽山へ置いたまま西山付近までウォーキングしていた。
時系列では西山の広田様で写真を撮った後にこの沢地へ降りてきた。このときちょうど正面に例の廃階段が見えたので、踏査してみようという気になった。


冒頭で示した写真の通り、廃階段は農道とは蛇瀬川で隔てられている。
水路同然とは言ってもジャンプで飛び越せる程の幅ではないので、一旦下流にあるコンクリート床版まで戻らなければならなかった。


農道と異なり本当にこの場所は誰も殆ど訪れないらしい。
河川管理の過程で精々草刈りされる程度だろうか。


階段は蛇瀬川の折れ点の一角に造られていた。
上流側も造成地のコンクリート擁壁、犬走り、蛇瀬川、農道という構成になっている。石が転がり落ちたままの場所もあって、永らく放置状態にあることを窺わせる。


さて、階段の真下までやってきた。
最初の階段は横向きで沢方向へ平行に登り、そこから造成地へ直角に上っている。
なぜか上端部の階段の方が整って見える。


…と言うよりは、むしろ最初のこの階段があまりに酷い状態だ。
練積ブロックを一段ずつずらす形で階段を造っているだけで、もしかすると正規の階段とは言えないのではないかと感じた。


どうしようか…
正直、テンションが上がらない。人工的に造られた階段なのに自然の藪漕ぎといい勝負になりそうなほど難航しそうだ。第一、別に登り切らなくても最上段がどうなっているかは下から観察できるのだ。
この酷い階段を強引に登るモチベーションは、達成感と高台からの俯瞰しかない。まあ、廃物件の踏査なんてのは元からこんなものと割り切ることはできる。しかし強行したときのリスクも一応念頭にはあった。

枯れたツル系の植物の蔓延がもの凄い。実際、無造作に歩くと忽ち靴の甲にツタを引っかけて転びそうになった。


登り始めた中途からは足元だけではなく上からの攻撃も加わった。背丈を超えるほどツタ系が育っていて、前進するにはかなり本気で漕がなければならなかった。

最初の階段は本当に酷かった。
一体、何を好きこのんでこんなことやっているんだろう…と我ながら思えた程だった。
もっとも藪と格闘する姿を愉しみにしている読者の姿も目に浮かんではいるが…^^;


最初の階段を登り切り、90度左へカメラを振っている。
今度は踏み代や両袖部分が明瞭で、如何にも当初から階段を意図して造られたもののようだ。


今上ってきた階段だ。ツタありゴミ有りでもうわやくちゃ。
何処にも行き先はないから帰りは再びここを突破しなければならない。気が重い。


しかしここまで来たからには、先がどうなっているか分かり切っていながらも進ませて頂こう。
誰もが通ったことのない階段…そこを歩くというひたすら自己満足の世界だ。


既に分かっていたように、階段を登り切ったところにはネットフェンスが張られ先へは進めなくなっていた。


小羽山ニュータウン造成時はここからの昇降も計画されていたらしく、フェンスが張り巡らされた現在でもこの階段部分だけは門扉構造になっていた。


試すまでもなく門扉は施錠され動かなかった。

ここから先は南小羽山の分譲地の一角になる。フェンスから内側は私有地だ。[1]


沢地の上流側に向いて撮影している。
造成された斜面の仕様に則って小段が設けられている。もっとも造成後より誰も通ったことがなさそうな荒れっぷりだった。


真下を流れる蛇瀬川からの直高は15m以上あるだろう。
法尻にちょうど蛇瀬川が位置しているのは不自然なので、造成時に合わせて経路を定めたのではないだろうか。


階段の一番上から蛇瀬川の沢を俯瞰している。

[再生時間: 17秒]


荒れまくった階段を無理やり登り切った達成感の他に、南小羽山の造成地の端から蛇瀬川の流れる沢地を俯瞰する映像を確保しておきたいという目的もあった。

このような映像である。
現在流れている蛇瀬川の水量や幅に対して沢地自体が異様に幅が広い。


かなり幅の広い沢地の端を水量の少ない小川がちょろちょろと流れているような場所は、他の場所でも見かけるだろう。蛇瀬池で締め切られる以前は広い範囲で経路を定めず流れる川だったのかも知れない。しかしそのこととは別に、遙か昔の地勢変化に由来するのではないかという一つの仮説が頭から離れないのであった。
いずれ記事化を予定している…蛇瀬橋の項目でも触れたかも知れない

現在いるこの階段の場所は、ニュータウン造成以前はどんな地形だったのだろうかと思う。現在の南小羽山から北小羽山にかけて分譲住宅地や公営団地を造るにあたって山を削った筈で、順当に行けば流用土をこの沢地へ押し出しただろう。大量の流用土が必要だった場所が近くにあればまだしも、普通はそのまま沢地へ押し広げて均すだけで居住可能面積を増やすことができるからである。
もっとも沢地の高さが相当あるので、造成で生じた土砂を全部沢地へ押し出しても現在の市道小羽山中央線から沢地側の敷地相当が盛土部分ではないだろうか。
もしそうならかつての沢地はもっと幅広だった?

階段の再頂部でカメラを構える姿は如何にも奇特だ。やがて犬を散歩させる夫婦がこちらの農道の方へ入って来られるのが見えたので撤収することに。
やはり例の藪階段部分の突破に苦労した

この廃階段を見つけたのは一昨年の初夏のことだ。
以下の2枚は、初めてこの廃階段を見つけたときの映像である。
面白い階段だと思ったが、時期柄さすがに接近してみようという気は起こらなかった。


蛇瀬川の反対側からズームで撮影している。
このときは立入禁止の立て札が藪の中へ埋もれていた。


立て札はこのたび訪れたときには確認できなかった。造成直後の初期には沢地との行き来があったのかも知れず、部外者が階段を登って私有地へ入り込むのを避けるために設置されたのかも知れない。

この階段が整備され一般の往来ができるようになる可能性はまず有り得ないだろう。上の宅盤は私有地だし、下の蛇瀬川がある沢地へ降りたところで用事がない。沢地に田畑を保有しているなら便利とは言ってもそういう人は沢地の近くに家を構えるだろう。
もっとも階段とは言ってもそれらしく見えるのは上部のみで、最下段は単純に盛土法面へ上がるための保守目的のようでもある。小羽山ニュータウン造成期の構造物の一つとして、このまま静かに藪へ埋もれる運命だろう。
出典および編集追記:

1. 実はフェンスの内側からではなく蛇瀬川の右岸から廃階段を含むコンクリート斜面部分も私有地となっている。
写真には入っていないが階段途中の片側が建設資材置き場となっており、階段を介しての行き来があったらしい。階段が存在することで散歩する人が沢地と小羽山地区との往来に通ることもあったが、階段を上がった先が庭先ということもあって後年フェンス門扉が設置されたようである。(以上は土地関係者による情報。要ログイン

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