(「才ヶ峠トンネル【1】」の続き)
奈古側坑口は峠に近いせいか、堀割が意外に浅かった。それでもなお少しばかり躊躇していて、左手で枝に体重を預けて身を乗り出しての撮影である。
どうする?
斜面の下はコンクリート擁壁になっているが、高さは精々1m以下。側溝を越えて砂利敷の手前に着地するのに困難はない。ただ、擁壁を登り直すことは…少なくともそう安泰には見えなかった。行っちゃいました。
この場に居ること自体好ましいことではないから、欲しい映像を手早く収めにかかる。
日が傾いている上に堀割は暗い。サッと坑口に駆け寄りトンネル名を記した札を撮影したのだが、どうしてもピントが合わなかった。
(上のペイントで書き入れた方が初代のものだろう)
思い切りカメラを近づけて表示板だけを撮る。
トンネル名が確認できた。
才ヶ峠トンネル
延長は210mとなっていた。
坑口手前の側溝の上に待避所の位置を示す木片が落ちていた。保線員がトンネル内で退避する場所を知らせるものだろうか。
かなり古いもののようだ。
振り返って撮影。
遠耳にも列車の接近音は聞こえない。そのことを確認した上で堀割に降りている。もし特急が来たら斜面の藪に飛び込んで身をかわす以外ない。
少し下がってポータル全体を撮影した。
2層巻き立てのような外観だが、遠目には装飾のようにも見える。
中を覗き込んだ。
木与側の明かりが見えている。トンネルは直線ではなく内部で軽く蛇行しているようだ。
ズームでは巧く撮影できない。
どうしても暗くなりピントも甘くなってしまう。
(何だか心霊写真みたいで気持ち悪い?)
木与側でややカーブがついているせいで、反対側からも完全には明かりを見通せなかった。
明るさを調整して天井部分を撮影した。
レンガで巻き立ててあるのだろうが、酷く土埃が付着しているせいでコンクリート吹き付けのように見える。
少し引いて撮影。
ポータルの両側に伸びている垂直のパイプは連絡用の回線だろうか。
もう充分だ。撤収しよう。
去り際に撮影。ポータル上部の土被りは限りなく薄い。トンネルが掘られたとき上部の県道交差点がどういう状態だったか不明だが、元から地被りがあったのを削り取られたか、あるいは元から今の状態で周囲の堀割が崩れないように隧道巻き立て部分を手前に引き出したのだろう。
撮影の間、列車の往来はただの一度もなかった。
大丈夫…二度目はない。
一度きりこれだけ撮影すれば充分だ。
ただ、自分には後片付けが待っている。この酷い藪の急斜面を登って行かなければならない。
見ての通り、尖った枝が不規則に伸びる葛系の藪で不用意には踏み込めない。
それでなくてもここへ到達するまでの間にこの”ほいと状態”だ。
帰りにまたほいと攻撃を受けることになる。
去り際の最後のワンショット。
コンクリート擁壁は1m弱あったが、そう与し難い相手ではなかった。手がかりになる枝が伸びていたので、ジャンプで擁壁の上に飛び乗り、サッと枝を掴むことで体重を支えることができた。心配されたイバラもここは殆どなかった。
そして生還…
まだ完全には生還はしていないが…
(一応駐車場に他の車が停まっていないか注意して脱出した)
やれやれ…
敢えて写真は撮らなかったが、こんな格好では買い物もできない位にズボンが”ほいと”攻撃を受けていた。
どっか適当なところでほいとを振るい落とさないと…
帰りに道の駅阿武に寄り、車を降りて振るい落とした。
お遊びはこれで完全に終わりだ。時刻は既に4時半を回っていた。これは私が今まで経験した、もっとも遠方での藪漕ぎ体験と相成った。なお、一部のほいとは立ち寄った道の駅でも振るい落とされることなく、頑固にもアジトまで連れ帰られたのであった。
終