才ヶ峠トンネル【1】

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現地踏査日:2011/11/3
記事公開日:2011/12/25
(「才ヶ峠【2】」の続き)

「続き」と書いても隧道インデックスから読みに来られた方は分からないだろうから、流れだけざっと…

萩の往還道路を訪ね、久し振りにアジトから遠い山陰方面までやってきた便で、私は初めて通ったときから印象に残った国道191号の奈古にある極めて低い峠、才ヶ峠を訪れていた。
それは標高たった39mしかない峠で、国道は殆ど目に見えるカーブもなく楽々と越えていく。他方、やや坂道が苦手な鉄道は途中まで並走するも、坂の手前で地中に潜り、国道と位置関係を交換する。

私は才ヶ峠の表示板を撮影するために国道の脇道に車を停め、歩いて周囲を偵察していた。
下は車を留め置いている場所を中心にポイントした地図である。


峠から北側に伸びる旧道と思しき細い道は、鉄道に近づくように迂曲している。この写真では右側が山手で、国道は浅いが長い堀割で直線的に下っている。鉄道は左手にある沢を通っていると思われるのだが…


併走しているとは言っても、旧道から水平距離で10m位は離れている。目一杯路肩に寄っても、オープンカットされた地山をコンクリートで固めた斜面を眺めるのが精一杯、レールは見えない。

この写真でも推測される通り、線路敷までは絶望的レベルな藪の海。私より遥かに鉄分要求度(?)の高い人々ですら、この藪を突破しようなどと無謀なことは考えないだろう。

峠の表示板の写真を撮ったのだから、私としては当初の目的は達せられていた。しかしそこに国道の下をくぐるトンネルが存在し、物理的にも坑口が近いながら頑として接近を拒絶している状況に無用なチャンレジ精神を掻き立てられていたのである。

この位置を航空映像で示そう。
写真に映っている家が上空から見えている…後から思えばその家に向かう道から回り込めば楽だったかも…

奈古側坑口はかなり国道に近い場所から潜っているのに対し、木与側では沢地になる旧道側にシフトし、遠岳山登山道の真下あたりで再び顔を出している。
だから登山道に至るまでの間に必ずトンネルの坑口が存在する筈なのだ。

充分に木与側まで離れれば堀割も低くなるだろう。しかしその場合、遠くから延々と坑口まで線路敷の横を歩かなければならない。そんな危険なことなど出来はしないし、トンネルに向かって次第に堀割が深くなるから、もし列車が接近したら逃げ場がないと予想された。

高低差はあるのだろうが、坑口に近い場所から斜面を降りれば、線路敷に降りずして坑口を眺められるのではなかろうか…
坑口の写真が撮れれば足りたし、出来れば線路敷には降りたくなかったし、降りるべきではないと思った。この作戦に基づき、まずは線路敷が見えていて突入できそうな場所を探した。

藪の薄そうな場所を狙って黄色いガードレールを跨ぎ、斜面の下を覗いてみた。
まずは線路敷のレールを確認できた。

写真では線路敷までかなり近く、数歩進むだけで到達できるように見えるだろう。
斜面を見下ろしているから距離感が薄いだけであって、実際は道路から既に5m程度の高低差が生じている。斜面も45度以上の勾配で、見える場所まで降りるのだけでも相当厳しそうだ。

斜面に生える木々や雑草類を見極める。これは重要だ。例えばイバラ系の雑草比率が極端に高ければ、残念だがそれだけで突入自重の理由となる。相手はたかが草木なのだが、決して侮れない。無造作に踏み込めば流血の惨事になるし、脱出しようと藻掻く程身体にまとわりついてイバラの磔状態になってしまう。
本山岬付近で初めて経験した”イバラ磔地獄”の恐怖を今も忘れない

こんなアジトから遠く離れた地で、
藪漕ぎすることになろうとは…(苦笑)
刺を隠し持ったイバラは皆無ではなかった。しかしその場所を回避して降りられそうなこと、斜面には手がかりになる太い木が数本あるので慎重にやれば行けそうだと判断し、ここから下降を開始した。
言うまでもなく下降中は写真撮影どころではない。両手を常に開けておく必要があったので、カメラはポケットに押し込んだ。

斜面は木の葉が堆く積もっていて足場は極めて悪い。地山の土が見えないので、何処へ踏み出す一歩も安易に体重を乗せられなかった。それでもズズズーッと斜面を崩す場面が何度かあった。

降りながらも坑口があると思われる方向を慎重に眺める。降り口の段階では全く分からなかったし、途中から漸く黒々とした空間が見えることでそれと推測できる程度の視界しかなかった。
見えてきた。
木与側のトンネル坑口である。
日々何本もの列車がトンネルを通過している筈だが、興味をもって坑口を眺める乗客などほぼ皆無だろう。


で、今の撮影位置なのだが…
線路敷から3mくらいの高さがあるコンクリート擁壁の上に立っている。降りると言うか滑り落ちれば安泰ではいられないだろうし、登り直すことは不可能。
一連の撮影も左手で木の幹に身体を預けて右手だけでシャッターを押している


同じ位置からズームで撮影したが、鮮明度はむしろさっきの写真より劣る。日が傾いている上に木々が垂れ込めているのでどうしても明るさ不足になってしまうのだ。

坑口の左側にトンネル名を記したと思われるプレートらしき長方形が見えるが、読み取れないし接近も不可能。ここから坑口までは更に斜面がきつくなっているし、張り出した枝が行く手を阻止していた。

諦めよう。これが限界だ。

決断するのはすぐだったが、再び道路まで戻る経路に頭を悩ませた。

真っ直ぐ斜面を降り、そこから坑口に近づくべく水平移動していた。降りてきた場所まで戻るには、身体を入れ替えなければならない。それは不可能ではないにしても、今度は右手側が斜面の逆モーションになる。その状態で戻れる自信がなかったし、降りてきた場所へ戻ること自体意味がないと感じた。大体、それが何処だったか見分けも付かない程の藪なのだ。

どこから登っても一緒だ。
ここから強引に脱出しよう…
道路までの高さは線路敷までと同じくらいの4m程度。写真だけ観たらすぐそこに見えているのに何を思い悩む必要があるのだろうか…と感じられるだろう。カメラを構えるとき意図的に目の前の枝を避けて撮影するから分からないだけなのだ。


足場の悪い斜面を下るのは体重移動と制動さえ注意すればどうにかなる。登るのにはしっかり踏み締められる堅固な地面か、つかまって自分の上体を引っ張り上げられる手がかりの効く太い枝が必要だ。そして自分の居場所にはその双方とも備わっていなかった。足元はフワフワな木の葉で、体重を預ければ容易に”表層なだれ”が起きてしまう。手がかりとなる太い木々は少ないくせにイバラがやたら多かった。握って手がかりにするどころか、不用意に触れば出血プレーだ。服にちょっと触れてもガッチリ掴まれ足止めを喰らう。全く厄介な存在なのだ。


次の移動場所を決められない間、私は斜面の藪の中に取り残されたような状況になった。
恥ずべきことだ。元に戻る手順がない場所に入り込むのは、テーマ踏査の禁じ手である。安泰に帰還可能な経路を確保してから踏み込まなければならない。
行きと帰りで斜面などの位置関係が入れ替わる場所は本当に要注意だ

注意深くイバラを避け、生きた枝を丁寧に払いのけながら足元を確かめつつ斜面を登った。左足を前方の木の根元に確保し、重心を左足へ移動させている途中、何かがバシッと顔をはたいて鈍い痛みが走った。
あっ!!
強い衝撃と共に目の前の視野が極端にぼやけた。一瞬、何が起きたか分からなかった。
弾いた枝にメガネを飛ばされた。
強引に突破しようと親の敵とばかりにグイグイ左肩で雑木の枝を押しながら前進していて、身体に引っ掛かった木の枝が目一杯引き絞られた状態になっていたことに気づかなかったのだ。
デスクワークのときは常にメガネは外しているから、手元のもの位は充分見える。しかし藪の中は暗いし、足元にはゴミやら木の葉やら雑多に散らばっていた。何よりも跳ねた枝がメガネをどの位飛ばしたのかさっぱり見当もつかなかった。

さすがに顔色がなくなった。

こんなアジトから遠く離れた場所でメガネを失えば、車を運転して帰ることができない。まして日没まで秒読み状態なのだ。探さなければ…いや、見つからなければ帰れない。
車のダッシュボードに予備のメガネを置いているが現地ではそんな冷静な思考が出来る状況ではなかった

落ち着け…
絶対、そんなに遠くまで飛んでいない筈だ…

動き回らず足元を見回した。下手に動いて木の葉に隠されれば、もう永遠に見つからなくなってしまう。なるべく足元を乱さないように注意してまずは足場を確保し、地面の様子を眺めるため静かにしゃがみ込んだ。

幸いそれは軸足にしていた左足の横に落ちていた。
この写真でも分かりづらいだろう…現地では足元にありながら見つけるまで数十秒要した


プラスチックレンズのメガネだから損傷はなかった。顔には擦り傷程度は負っただろうが、そんなことより見つかって本当に良かった。拾い上げてかけ直したものの本当に危ない出来事だった。
枝が撓った難関をやり過ごしてからは、何とか這々の体で旧道に復帰することができた。

遠嶽山に向かう登山道はこのトンネルの上を跨いでいる。木々の間から線路敷が見えるのではないかと思い、真上になりそうな場所から眺めてみた。

こんな状況だ。自分が若干動けば木の葉の隙間からレールがやっと見える。普通に写真を撮っただけではこんな感じで殆ど分からないだろう。


これ以上、得られるものはない。
車に乗り込み、一旦国道に出た。

来るときには気付かなかったのだが、例の峠表示板のある県道分岐を過ぎた先に駐車可の広いスペースがあった。
ここからなら、今から調べようとするターゲットには歩いて行ける距離だ。すかさず車を乗り入れた。


県道分岐点の下あたりをトンネルでくぐっているので、坑口はここより奈古側寄りにある筈だ。そこでまずは県道分岐のカーブから眺めたのだが…
素晴らしいほどの藪の海。

この下になる筈だが、堀割になっているやら未だトンネルの真上なのやらさっぱり分からない。ただ、藪の奥は疎らで空隙が目立つようにも思える。

茂みの間を探して奥を眺める。

見えた。


この真下に坑口があるようだ。微かにレールが見えかけている。


そこから藪の中を凝視しつつ駐車場の方に向かって歩いた。
駐車場に向かって下っていくせいで、徐々に鉄道との高低差が少なくなってきて、やがてレールが視認できる場所を見つけた。


藪のきつさは相変わらずだったが、木与側に比べて堀割の深さが浅い。その分だけ労力は軽減される。かなり接近できるかも知れない。

どうしようか…

いや、どうしようもこうしようもないよ。
さっきほどの場所をこなしたんだから、それより容易なこの場所で見過ごせる訳もないでしょ?
…と言うかその【2】の記事を展開しておきながら「ダメでした」とは言えないw


…と言う訳で、さっきあれほど藪漕ぎの辛さと恐怖を思い知らされていながら、懲りずにまたしても突入する。

大丈夫だ。今度は勝ち目が見えている。
実際、先ほどの半分以下の労力でこの光景を目にすることができた。


そうは言うものの、線路敷に向かって張り出す枝は木与側に負けない位に多い。坑口は見えているのだが、こんな中途半端な写真を一枚撮って引き返すわけにも行くまい。
斜面の傾斜は緩かったが、それでも枝に捕まっていなければ写真も撮れない場所だ。左手で体重を支える木の枝、右手でカメラのシャッター、そして両足で体重を支えるフル稼働状態だ。そこへ来て良好な写真を撮るために目の前の邪魔な枝を払いたい。もう一本の手が必要なくらいだ。

斜面の下へ降りれば坑口のクリアな写真が撮れるだろう。但しその場合、再び安泰に登って来れるだろうか…
それは不可能ではないにしろ、自分の現在位置は微妙な嫌らしい高さだった。
「まだ懲りずにやるのか?」って声が聞こえて来そうかな…^^;

(「才ヶ峠トンネル【2】」に続く)

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