暗渠(導水トンネル)について

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記事作成日:2020/6/21
最終編集日:2021/9/19
情報この総括記事は灌漑用水など導水向けの暗渠(トンネル)について記述しています。
往来向けの隧道(トンネル)については こちら を参照してください。

ここでは、暗渠(導水トンネル)についての一般的事項を記述している。
写真は市内の代表的な用水路トンネルである御撫育用水路昭和隧道の上流側坑口。


冒頭のリダイレクトで述べているように、暗渠とは一般的にはあらゆる種の水を通す相応な断面規模をもった経路の一形態を指す語である。ここではその中で相応な長さや断面規模があってトンネル状の構造を持つものを導水トンネルとして記述している。

暗渠そのものは「Wikipedia - 溝渠|暗渠に書かれているように導水目的ではあってもトンネル状のものだけでなく、上部がコンクリート蓋などで覆われただけのものやヒューム管のように断面が円形で埋設して供されるもの(管渠)、断面が中空の長方形をしたコンクリート部材を繋げたもの(函渠)も含まれる。
《 成り立ち 》
トンネルと言えば私たちは人や車などが山や丘を上り下りすることなく内部を水平移動できるように掘削されたものを想起する。しかし歴史的にみれば往来目的よりも導水目的で掘られたものの方が先であろう。人馬が往来するのに坂や山があればそれを越えて行けるが、水の場合は動力の介在なしに高い場所を登らせることができないからである。

稲作では苗を植え付けて生育させるまでの間大量の水を連続的に供給しなければならない。貨幣経済以前はコメが事実上の貨幣であったため、少しでも多くのコメを得るために血の滲むような努力が行われた。この目的で古くから灌漑用水路が整備された。

大規模の稲作が可能なエリアは灌漑用水が供給可能な場所に限定される。容易に水が得られる沢地がありそこへ溜め池を造っても、そこから尾根一つ隔てた場所へ水を送るには、溜め池の水面より低くかつ用水需要地までの距離を短くしなければならない。このとき隔てられた尾根の中腹をなぞるように用水路を造れば給水可能だが、自然流下させるためには一定の勾配を必要とする。経路が長くなればなるほど水頭(水の位置エネルギー)が小さくなってしまい、用水を回せる領域が限定されてしまう。

尾根を迂回させずに隧道を掘れば経路が短縮され水頭を保てるため、給水可能なエリアが拡大する。江戸期頃から大変な労力と資金を使って掘削された導水隧道が全国無数に存在するのは、効率的な導水によって作付面積を増やすためであった。深い沢地の反対側へ水を送りたいときも沢の上流まで迂回させる代わりに後述するサイフォンを造ったり、更には労力と資金を費やして水路橋を建設するのも同じ理由である。
以上の記述は灌漑用水路の項目を作成した折には移動する

市内の例でも御撫育用水路が造られた最初期は広瀬半島の下をなぞるように用水路が造られ、距離が甚だしく長いことと当時の用水路建設の技術的な問題(漏水によるロス)もあって開作地へ充分な給水ができていなかった。人力による辰ノ口操貫樋の掘削によって際波側へ安定的に用水供給できるようになってから耕作可能面積が増大し、更に開作が進むにつれて用水路も延長された。昭和期には山陽本線に沿って更に距離を短縮する昭和隧道の掘削により、厚南平野の灌漑用水幹線は一通りの完成をみた。
施工の手段
規模の大きなものは、往来用に掘られた隧道(トンネル)とほぼ同じである。詳細は項目に設定されたリンク先を参照。次項では、灌漑用水路に特有なものも含めて記述している。
《 形態による区分 》
水は形を変えて流れることができるため、往来用のトンネルと同じ形態の他に人馬が通らないほどの管径や高低差のある形態を取ることができる。灌漑用水のみを通す目的で掘削された歴史的な案件では繰貫樋(くりぬきひ)[1]や切貫と呼ばれる。この名称は地中を「くり貫く」ことに由来する。市内では御撫育用水路の最初期に掘削された辰ノ口繰貫樋の事例がある。
ここでは導水用に特異的にみられる暗渠構造について記述する。
【 隧道 】
人馬の通行するトンネルと同様に、ほぼ水平に流路を掘削するものである。ただし用水を通すなら隧道の断面積を小さくできるため、初期には人が潜り込んで作業できる最小規模で岩盤をくり貫いただけの素掘りが殆どである。ただし人馬の通行するトンネルとは異なり、用水を送りたい場所へ向かって緩やかな下り勾配でなければ水が流れない。更に底面は荒削りでは木の葉などが引っかかり流水効率が妨げられるため、素掘りの灌漑用水路の底面は驚くほど平滑に削られている。

後期の掘削機械を用いた規模の大きな用水隧道では、内部をレンガやコンクリートで巻き立てている。流量の極めて多い用水路や工業用水道では、作業員が楽に往来可能な程度の直径のものも珍しくない。

地山に掘削されたものではなく、外部構造が完全に露出していて中を流れる水からすれば隧道に等しい形態のものがある。厚東川1期工業用水道は全区間が殆ど隧道であり、地中だけでなく沢地を渡る部分も隧道と同じアーチ構造の橋となっている。
写真は No.18 付近。


このアーチ構造の内部はレンガ積みかコンクリート施工かはまだ調べられていない。老朽化に伴う更正処理として、内部に摩擦係数の小さな管を挿入(インシチュフォーム工法)し現在はその中を工業用水が流れている。

岬明神川の旧河川下流部は、排水路全体をレンガで巻き立てた隧道構造にしてその上部を沖見初炭鉱のボタ仮置きヤードにした特異な事例である。
【 管渠 】
造り付けの円筒管を繋げて内部を流れていくもので、代表的なものは雨水や汚水排水に用いられるヒューム管がある。この布設には小口径推進のように円筒管を押し込んだり、上部を完全に開削した上で布設し埋め戻すものがある。

初期にそれほど土被りのない地山を人力掘削することにより造られた用水隧道では、崩落防止のため後年ヒューム管に置き換えられているものがある。常盤池の水を送る西幹線が台地の下をくぐる部分は、最初期には人力で掘削された。現在はコンクリート管に置き換わっているようである。

東岐波の山立石池から用水を導く水路は、途中でいくつかの尾根を隧道で抜ける。
構造はコンクリート管埋設だが、ポータルには隧道名(山立石隧道)も刻まれている。


成り立ちの古い用水路なので、最初期は開渠か隧道だった筈である。現在のコンクリート管に置き換えられたのは1958年であることがポータルの陰刻で分かる。

未だヒューム管が発明されていない時代の施工例では、丸太を半割にして中心部を削り取り再び合わせたものがあり、特に木樋と呼ばれる。初期の汚水管には断面が卵形をしたレンガ巻きのものが知られ、市内にも合流管に遺っているかも知れない。

管渠は地表部に露出する場合がある。厚東川ダムと宇部丸山ダムの湖水を連絡する隧道は、途中で沢を渡る部分に直径4,000mmの巨大な鋼管が露出している。この鋼管は宇部マニアックスによって「水色の大蛇」と勝手呼称されている。


この鋼管の両端は同様に断面すべてがダム湖の水で満たされた圧力隧道に接続され、ダム湖底に繋がっているので、鋼管や圧力隧道には膨大な水圧がかかっている。

更に断面積が小さいものは、用途に応じて排水管や水道管などと呼ばれ隧道のカテゴリからは外れる。
【 函渠 】
上部に道路を通したり有効な土地利用のために断面が長方形をした構造体は特に函渠と呼ばれる。これは管渠と同音異義語で紛らわしいためボックスカルバートという語が用いられることが多い。
写真は国道490号道路改良の大谷川の道路横断部に据え付けられたボックスカルバート。


ボックスカルバートは地下道や道路下の雨水排水路にも用いられ、充分に長いものや地山に掘削されたもの以外はトンネルと認識されることは殆どない。上部が土被りゼロの状態で運用されるものは強固な鉄筋が埋め込まれていて、比較的小規模なものはコンクリート二次製品として別の場所で製造され、現地搬入し連結する。高規格道路の立体交差部分では現場でコンクリート打設される。

厚東川2期工業用水道として宇部丸山ダムより有帆ポンプ場まで自然流下する導水路は2m×2mの函渠である。徳山導水路は内部を軽トラが走行可能なほどの断面規模をもつ。いずれも断面積一杯を使って水が流れているのではなく、上部に空隙を持つ。
《 付随する構造物 》
ここでは上述の暗渠などと同形態で特殊な機構や構造物を持つものをまとめている。粗雑にまとめているだけなので、それぞれの項目の記述量が増えたら別記事に移動する。
サイフォン
サイフォンは暗渠または函渠において高低差を伴う機構であり、導水路に特有のものである。このため往来用の隧道にはみられない特異な機構がみられるため、別途項目を設定し記述している。詳細は項目に設置されたリンク先を参照。
【 サージタンク 】
空隙を残すことなく呼び径一杯に水が流れるような管渠および函渠では、途中に圧力変動を調整する竪坑が設けられる。特にダムから隧道で水を導いて落差の位置エネルギーを得る水力発電所の水圧鉄管には、その手前にかならず付属している。
写真は長門峡発電所の水圧鉄管上にみられるサージタンク。


水は空気と異なり殆ど圧縮されないため、管径一杯を使って連続的に流れている状況から急激に遮断されたり逆に流速が緩い状況から急に速く流れ始めたりすると、管内で大きな圧力変動が起きる。前者では内圧が、後者では外圧がかかる。水道管で顕著であり、蛇口を一杯に回して水を出している状況から急激に停めると蛇口付近で鈍い音が発生するのはこのため(水撃作用)である。

流量が大きい場合、水撃作用は対策しなければ送水機構を破損し得るほどの規模である。水力発電所における水圧鉄管では、その手前にサージタンクを造ることが多い。サージタンクの上部は大気に開放されており、タンク内の水が上下動することによって圧力変動を逃がしている。

導水式の水力発電所でも導水路の上部に空隙がある場合はサージタンクを設けず、隧道から一旦接合井に取り出して大気に解放した場所へ水を移してから水圧鉄管へ送る形式もみられる。この場合、タービンの緊急停止などで導水路が急激に遮断されると接合井から水が溢れてしまうため、余剰水を処理するバイパス路が設けられる。

サージタンクを意図して設計されたかどうかは不明だが、県営常盤用水路の末信潮止井堰から末信ポンプ場までの管渠には、途中に上部を開放された竪坑のようなものが存在する。


転落防止のため上部には鉄筋を格子状に配置したコンクリート蓋が載っているが、点検用や砂塵除去のために作業員が内部へ降りるにはタラップがなく蓋自体も極度に重いことから、圧力変動を逃がす目的で造られたのではないかと推測されている。[2]
【 空気弁 】
管径一杯を使って水が流れている場合でも、水中には微細な空気が泡として含まれている。前後の位置より高い空間(河川の上部に架けられた水道の本管など)を流れる管渠では、泡が経路のもっとも高い部分に滞留する。そのまま泡が増え続けると管内に空隙が生じるため、流れが悪くなったり停止したりしてしまう。家庭用の水道管において俗にエアーを噛むと言われる状態である。

これを防ぐために同種の管渠の中央部には空気弁が取り付けられる。前出の「水色の大蛇」にも管渠部分の一番高い場所に巨大な炊飯器を思わせるようなバルブが付属している。水道の本管などでは空気の排出を容易にするために管の中央が高くなるような形状に設計される。
写真は厚東第二水管橋にみられる空気弁。


内部には管内に溜まった空気は排出し、逆に管内を空にするときは空気弁より空気が入るように機能している。
《 市内の状況 》
工業用水や灌漑用水といった水を送るための水路は、始めに設定された水頭がスタート地点としての制約を受けるため、往来用のトンネルよりも格段に経路設定が困難である。用水をできるだけ遠くへ運ぶためには、小さな起伏は迂回せず堀割や隧道で通した方が効率が良いため、目に着きづらいだけで非常に多くの導水隧道が存在する。

宇部の街にダムの水を工業用水・水道用水として送っている厚東川1期工業用水道は、殆どが隧道であり開渠となっている区間は極めて少ない。常盤池に水を送る県営常盤用水路は開渠が主体だが、いくつものトンネルがありポータルも存在する。しかしそれぞれの隧道に名前は与えられておらず番号で管理されている。[2]

中には自己所有の山野で沢地に集まる水を導くため、尾根を隔てて自力で掘削したと思われる隧道が存在する。写真は温見地区にある素掘りの導水隧道。


古くからある著名な用水路は、土砂崩れなどで分断されると復旧が困難なため、後年ヒューム管を通して補強したり径の大きな塩ビ管に置き換えられたりしているものが多い。

特に深い谷を隔てた対岸に灌漑用水を送りたい場合、サイフォンや橋では長くなるため中途の高さに水路橋を造り、その内部に圧力に耐える管を埋設することがあり、通潤橋が著名な事例である。しかし市内では同種の構造物は存在しない。
《 地名としての隧道について 》
峠や坂道が自然発生的なものであるのに対し、隧道は明白に人為的な工作物であるため、人馬の往来用に掘削された隧道の殆どは現地に既に存在していた地名が隧道に与えられている。隧道建設によりその付近の地名が影響されたと思われる事例としては、御撫育用水路の最初期の経路として掘られた辰ノ口隧道に対し隧道入口周辺に辰ノ口なる地名が与えられた事例がある。これは恰も用水が龍の胎内へ吸い込まれていくさまを擬えたものとされる。
出典および編集追記:

1. 操貫樋とも書かれる。辰ノ口隧道の貫通に伴い寄進された石灯籠や防長風土注進案などでこの表記がみられる。

2.「常盤用水路管渠区間・サージ桝?|Amebaブログ

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