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参宮通りから西へ進み、神原小学校の区画を過ぎるところで、学校の裏手に向かう橋に出会う。
写真は小学校の区画を向いて撮影している。
橋の位置を地図で示す。
水道局の管理道側から橋を撮影している。
橋のスタイルは昔の木造橋を模しているのだろう。欄干部分が軽く湾曲している。もっとも通路部分はフラットなコンクリート床版だ。
橋の幅は四輪が通れる程はあるが、橋から先は神原小学校の裏門に向かう道の一部となっていて車が通ることはない。
河川名の塩田川が漢字表記されている。
今風の金属プレート仕様だ。親柱は通常のコンクリートに擬木仕様の加工を施している。もっとも経年変化でかなり剥げが目立つ。
上流側の親柱は漢字表記で「鯉見橋」となっていた。
何とも洒落た命名だ。
鯉見なんて地名は存在しないから、橋の名前は塩田川に放たれている鯉の見える橋というイメージで命名されたのだろう。真締川に架かるやすらぎ橋と同じコンセプトだ。
橋の上から塩田川の下流側を撮影。
時期柄、サクラの花びらが大量に舞い落ちて水面を覆っていた。鯉が泳いでいるかどうかはさすがに分からなかった。
学校のある敷地側から橋を撮影。
下流側の親橋に平かな表記で「こいみはし」。
流れるような平かな自体がまるで泳いでいる鯉のようだ。
竣工年月は平成2年3月であった。
橋から上流側を撮影。
塩田川は街中を流れる河川と言うか水路であり、本路線に沿っているので名前のないものも含めていくつもの橋が架かっている。すぐ上流側にも橋が見えている。
この近辺はかつて常藤とか道ヶ嶋といった小字だった。順当にいけばその地名を冠した橋の名前になっても良いところである。しかし神原町1丁目が現在の住居表示になったのは割と早い。既に昔の小字は馴染みが薄れていたことだろう。更には神原小学校の裏門に通じる登下校路だ。地名の継承を優先させるよりも子どもたちに親しみをもってもらいやすい名前にしたのだろう。
橋の名前はどうやって決まったのだろうか。地域住民や子どもたちによる名称公募で決定したなどの背景があるかも知れない。
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出典および編集追記:
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