御手洗橋

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現地撮影日:2013/5/16
記事公開日:2014/3/14
御手洗(みたらい)橋市道まかよ小串線が真締川を渡る橋である。
写真は真締川左岸側から撮っている。


橋の位置を地図で示す。


市道が元から狭いせいか御手洗橋は真締川に架かる道路橋としては最も幅が狭い。車一台が通ればギリギリの幅で歩行者などともすれ違えない。このためすぐ横に自転車・歩行者向けの専用橋が併設されている。
本記事では道路橋と歩道向けの橋、河川敷の近くにある御手洗堰の一部についても述べている。

道路橋の接続部。
市道の路線としては真締川を渡ってすぐ市道真締川西通り2号線を横切り直進している。


橋と言ってもコンクリート床版スタイルで側面には県準拠の黄色いガードレールが設置されているだけだ。親柱やプレートなど橋特有のアイテムはみられない。

道路橋の下流側に陸橋のようなスタイルの歩行者・自転車向けの橋が架かっている。


車道橋と歩道向けの橋との間は隙間が生じている。
車道橋はガードレールの支柱を取り付ける部分を別途橋の外側に設置している。珍しいスタイルだ。


橋の中央からみた真締川下流側の眺め。
水量が多いように見えるのは下流側の鎌田堰で水位を上げているせいである。


この橋の名前を示すものは歩道橋の側面に見られるだけである。
それも色褪せて今ではかなり見づらくなっていた。


鋼橋部分に漢字で御手洗橋と表記されている。


道路橋の方にはガードレールにプレート等は設置されていない。竹園橋のように一部のブロンズプレートが逸失しているものもあるが、御手洗橋ではガードレールに取り付けた痕跡も見られない。どうやら当初から設置されなかったようだ。このため橋の架橋年月は不明である。

上流側を撮影。
真締川はメインの道と共に上流で屈曲しているので先の方までは見えない。


右岸接続部から撮影。
これほど狭い橋ながら車両通行に関する制限の標識は立っていない。いわゆる「見りゃ分かるだろ」規制状態である。


実直にガードレールが設置されているため、メインの道からこの橋へ入るのはかなり難しい。
車のドアを擦るなどの出来事もあったのだろうか…一番手前側のガードレールは引き抜かれ1スパン分ほど角切りしている。


御手洗橋と私自身の関わりとしては車で通ったことは恐らく一回しかない。それもメインの道へ出る向きである。車で左岸へ向かって渡ったことはないし、他の車も殆ど通らない。まあ慎重に運転すれば軽四のみならず普通車でも通れる。しかしメインの道から入ろうとしたとき反対側から車がやって来たら、橋の手前で待機しなければどうにもならない。あいにく橋から先の道が曲がっていて見通しが効きづらく、敬遠される原因になっている。
自転車で通った回数も少ない。認定市道ではあるもののこの道はかなり複雑で、たまに通った程度では覚えられないのである。

これだけだと架橋年も読み方も分からず橋の記事として些か物足りない感じは否めまい。
材料不足を補ってくれそうなネタがすぐ近くにあった。左岸上流側に河川敷へ下りる階段が設置されていたのだ。


コンクリート階段を下ると更に河川敷まで鋼製のステップが設置されていた。
後で述べる堰から導かれた水がそのまま川へ流れ込んでいるのはいいとして河川敷には角柱状の石材が目立つ。もしかすると旧橋のものでは…と思った。


階段を降りた場所のちょうど右岸側に別の河川が流れ込んでいる。
現在は河川と言うよりは水路同然に整備された蛇瀬川である。


道路橋には中央にコンクリート橋台があり、その近くにもコンクリート殻が散乱していた。自然の露岩も混じっている。
このタイプの橋台ならそれほど古くはない。昭和30年代後半以降の架橋だろう。


道路橋と歩道橋の真下に居る。
河川敷に転がっている間知石は昔の橋の部材みたいな気がする。


御手洗橋の上流側に御手洗堰がある。周囲の田よりも低い位置を流れる真締川の水を取り込むための工夫だ。


真締川には11の堰があり、御手洗堰は下流から2番目にあたる。[1]
撮影してこようかとも思ったが水路沿いはかなり草が深かったので諦めた。
真締川か市道真締川西通り2号線の記事を作成したときに派生記事化を予定している


灌漑用水を必要とする時期ではないのか、堰から導かれた水はそのまま川へ返されていた。


去り際に振り返ったとき、歩道橋の側面に橋の諸元を記録したプレートを見つけた。


歩道橋は1978年12月完成となっていた。
このことから昭和53年には今の車専用と歩行者・自転車専用の状態だったことが想像される。


歩道橋指針に則って製作されていることから、当初から車を通すことを予定していなかったらしい。間違って車が入り込むなどの事例は恐らく起きているだろう。

ところで橋や井堰の名前は明らかになったとしても、御手洗という名称の出どころがよく分からない。小字絵図を眺めても該当する小字がなく、何か別の理由で橋の名前がつけられたようである。今のところ文献に出会っていないので、判明次第追記しよう。

上流の橋 上流側に架かる橋に移動 下流側に架かる橋に移動 下流の橋
川津橋鎌田橋

出典および編集追記:

1.「ふるさとの水」(山口県ふるさとづくり県民会議)

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