萩原簡易郵便局(旧局舎)

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現地撮影日:2014/1/3
記事公開日:2014/3/4
情報この記事はかつて存在した木造平屋の萩原簡易郵便局について記述しています。
2014年2月に新築された萩原簡易郵便局については こちら を参照してください。

萩原(はぎわら)簡易郵便局は、かつて今村北5丁目に存在した平屋の簡易郵便局である。


位置を地図に示す。


萩原簡易郵便局についてはWikipediaにごく僅か記述がみられる。[1]ここでは補完的な内容を記載する。

萩原簡易郵便局は、市道萩原団地線が西岐波市営住宅前で直角に折れる場所の先にあった。
写真ではここからうねって丘を登っていく道が市住向けの進入路である。


この進入路に面して簡易郵便局があった。
もっとも進入路自体は西岐波住宅の建て替えに伴って再整備されたから、それ以前の状態がどうだったか覚えていない。


4年前に撮影したこの場所の映像である。
左側に僅かながら萩原簡易郵便局が写っている。


このときは自転車でたまたま通りかかり、懐かしい萩原簡易郵便局を見かけたので信号を待つ間にサッと撮影しただけだった。西岐波住宅の建て替えが始まる前のことであり、その他の写真は殆ど手元にない。

冒頭に掲示した地図をドラッグすると、床波駅の近くに床波郵便局が見える。直線距離で400m程度であり、これは人口の多い市街部でもあまりみられない近接振りである。
萩原簡易郵便局の開局は昭和48年10月とされる。[2]これは恐らく西岐波市営住宅が整備された時期に重なる。床波郵便局は集配局なので、設立は萩原簡易郵便局より古い。距離が近いながら萩原簡易郵便局が市営住宅付近に設置されたのはそれだけの利用者需要があったこと、坂を下って床波郵便局まで用足しに行く不便さもあったのだろう。

さて、この1月に現地を訪れたとき私は萩原簡易郵便局も他の木造平屋の西岐波住宅群と同様、建て替えられるのではないかと感じた。
そのことは写真からでも何となく感じ取れるだろう。


既に簡易郵便局の前には何もない。傾斜した更地状態になっている。何よりも隣接する集会所らしき建屋には解体用と思われる仮設足場が設置され、単管バリケードやセフティコーンなど工事現場につきものの用具が置かれていたからだ。

帰る積もりだったところをちょっと寄り道して撮影することに。
なくなると分かっている物件で自分に何かの繋がりがあるものなら、その記録を遺さなければならない。


局舎は緩やかな斜面に建てられている。コンクリートの屋根瓦にプラスチックの雨樋がついているあたり、郵便局というイメージではない。普通の民家だ。


西岐波住宅の進入路側から観たところ。
萩原簡易郵便局のプレートが見える。かなり古くなったようで一部が錆び付いていた。


特に年代を感じさせる部分の一つと言えば…
床波郵便局による住居変更の手続き案内板。郵便番号が親番号3桁+子番号2桁である。


当時、〒755は宇部市の市街部に与えられた親番号で、西岐波・東岐波には親番号の下に01と02の子番号が与えられた。他方、厚東区は親番号単独では存在しない759が割り振られていた。これは宇部市と近隣地区の町村と共用で、子番号のみ異なっていた。したがって市街部に限定された郵便物のやり取りでは親番号の755のみを記載し子番号は空欄にすることになっていた。
現在では子番号2桁のみを記入することは有り得ない。案内板も更新されることなくそのままにされていたらしい。

局舎の裏手に回ってみた。
建屋の造り自体は昭和中後期にみられるありふれた構造だ。


裏手がやや高い丘になっている。
前方に見える市道の角にはかつて丸喜萩原店があった。
遙か昔に調査業務で訪れたことがある


茶色いコンクリートの屋根瓦。
これも昭和期に目立ち今でもありふれた存在である。ただ、平成期以降新規に造られることは少なくなった。


訪れたのが正月三が日だったので局は閉まっていたし入口には正月の飾り物がでていた。


局名と業務内容の案内板。
これは後から設置されたのだろう。


入口の扉はアルミサッシにガラス入りだった。
私自身が初めて訪れたときと同じである。


もし解体されても取りこぼしがないと思える程度に撮影して帰宅した。

一連の撮影を終えた翌月となる2月3日に萩原簡易郵便局の平屋は解体撤去され、すぐ近くに新しい局舎が建ったという。[2]
このときの撮影は常盤公園の「ときわ丸」の時とは異なり、解体を聞きつけて訪れたのではなかった。しかし撮影後僅か1ヶ月後になくなるとは思いも染めなかった。間に合って良かったと思う。
《 個人的関わり 》
萩原は西岐波区であり、恩田に暮らしていた自分にとっては昔からあまり縁がない場所であった。しかし萩原簡易郵便局は一般的利用の目的以外で数回訪れていた。
高校時代から趣味の一環として行っていた郵便局の消印研究のために日付印を得るためであった。

下のキャプチャデータは、当時萩原簡易郵便局を訪れて押印依頼を行ったときのものである。
当時はまったく標準的だった櫛形日付印で、懐かしいと感じる方もいらっしゃるだろう。
この印影をお持ちの方は萩原簡易郵便局の従事者くらいのものでは…


すべての郵便局には固有の日付印を供えており、集配局以外の郵便局では窓口で提出される一部の特集郵便物にのみ押印される。[3]簡易郵便局も同様で局名に「簡易」の文字が入ることはない。したがって印影だけを見ても簡易郵便局であることを知ることはできない。
しかし簡易郵便局は元々の郵政省直轄の集配局や特定局と比べてかなり異質である。詳細は脚注の[4]を参照されたい。

最近、手元のアルバムを整理していて印画紙状態の萩原簡易郵便局の写真が見つかった。
机の上に置いてデジカメで接写している。


いつ頃の撮影かは不明だが、県内の様々な郵便局の建屋を撮影していた時期のようだ。当時業務として購入していた工事用カメラで撮影しており、平成期に入ってからのようである。
窓の近くに植えられた樹木の背丈が低いのが興味深い

私にとっては記念押印で訪れた簡易郵便局というだけのことである。どんな方が窓口応対していたか、建物内部の様子がどんなだったかなどは全く覚えていない。
FBページの[2]の読者コメントには萩原簡易郵便局の存在をしかと覚え懐かしむ声があった。他にもきっといらっしゃることだろう…ネットとは無縁な生活をなさっている方、ネットを使っているけどまさか萩原簡易郵便局が写真付きの記事になっているなど想像だにしなかった方、萩原地区在住の方やそうでない方々…
今は既にない簡易郵便局の姿をこの記事の写真で眺めて当時の記憶を呼び戻し懐かしむことができたなら喜ばしい限りである。

出典および編集追記:

1.「萩原郵便局」の冒頭部分。萩原という名の局としては唯一の簡易郵便局であるらしい。
なお、局名が「はぎら」と記述されているが、萩原という地名に関してはバス路線名や市営住宅名も含めて一般市民は「はぎら」と読む。「はぎはら」と読む事例を聞いたことがない。
ただし厳密には地元在住民の聞き取りを要する

2. FBページに寄せられた読者情報による。(要ログイン)

3. 最低限、手押しの櫛形日付印と小包向けなどのローラー印を常備している。簡易郵便局も含めて集配局以外では書留や速達などの特殊郵便物に限って引受局で押印される。普通郵便は集配局で押印されるので、簡易郵便局の実逓印は少ない。
はがき料金相当の切手が貼付されていれば申し出によりどの郵便局でも押印依頼できる(記念証印)。ただしローラー印は押印依頼していなかった。
実逓ものの「山口・萩原」のローラー印影を持っていらっしゃる方が存在するかどうかも不明

4.「Wikipedia - 簡易郵便局

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