歌野川ダム【1】

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(「歌野川ダム【序】」の続き)

ダム管理所の前は駐車場になっているものの車は一台も停まっていなかった。それどころかこの最近誰かがダムを観に来たような形跡が感じられない。駐車場の花壇やベンチなどに雑草が蔓延っていた。
そもそもここから先は案内があった自然活用村以外の何処へも抜けられないせいか、道中は一台の車にもすれ違わなかった。天気が良いからあまり感じられないものの、夜とか曇りの日は相当おどろおどろしく寂しい場所になりそうな気がする。

まあいい。
ダムの写真を撮りに来たのだから、周囲はあまりうるさくない方がいい。一人静かに向き合えるように寂しいくらいでちょうど良いのだ。

そしてダム堰堤に向かおうとしたところ目に入ってきたのがこの光景だった。


ダム堰堤は普通車が通れるだけの幅があった。しかしその手前に可動式の鉄門扉が閉ざされていて車の侵入を拒絶している。

いや、車だけではない。

関係者以外 立入禁止


中国電力など民間企業の所有するダムなら堰堤部立入禁止という状況は割と一般的である。しかし公営ダムでダム堰堤の手前から一切立ち入りが出来ないなんて聞いたことがない。
堰堤部が高く危険な阿武川ダムでも途中までなら立ち入りできる

何でこんなことになってるの?
もしかして過去に転落事故なんてことが起きたんだろうか…
はるばるダムを訪ねて来たのに、ダム堰堤上を歩くどころか接近さえも出来ないとは。

道中に歌野川ダムを案内する看板類がまったく見あたらない理由の一つに思えた。
立て札の文字は経年変化で滲んでいるから、最近土砂崩れなどがあって一時的に立入禁止にしているという状況ではない。かなり以前からこの状態らしかった。どういう事情があれ、歌野川ダムはダムを眺めたい一般人の来訪は歓迎していないと言わざるを得ない。

そうなのかい。
じゃあ、帰ろうか…
まあまあ…
せっかくここまで来たんだ。誰でも読める形で「立入禁止」と札が出ている場所を跨いで入っていくのは不作法だが、何か眺める方法はあるだろう。これだけで帰ってしまっては記事として成り立たない。
ダム管理事務所の横には軽トラが停まっていたので、誰が居るのではと思われた。もしそうなら直談判する余地があるだろう。

それで玄関に回ってみたのだが、ブザーを押すまでもなく入口の扉に「巡回パトロール中です」の札が出ていた。


本当にパトロール中なら暫くすれば誰か戻って来るだろう…それまで禁止されていない場所から撮影を試みるしかなかった。ここまで時間とガソリン費やして来ているのだから、何か成果を持ち帰られないと…

安全に到達できる管理事務所の横側からダム湖面を窺う。
残念ながらぱっとした写真にならない。あまりに周囲に木々が多く眺めが効かないのだ。


ダム管理事務所裏手から湖面に伸びる斜路。
作業用のボートを降ろす場所だろう。


市道を上流側に歩いてみた。しかしここからでは湖面の浮きの列しか見えない。


突き出た半島部分に遮られてダムの裏側が見えないのである。


結局またダム事務所玄関横まで戻ってきた。
堰堤の端にある扁額部分は持ち去られてしまったのだろうか…剥がされてかなりの年月が経っているようだ。
堰堤部立入禁止の理由の一つではないかと思われる


ダム管理事務所となっているが、絶対嘘だ。こんな寂しい場所に誰か常駐していてたまたま現在「パトロール中」なんてことはないだろう。
かつて職員が常駐していた頃の古い看板なのだろう…実質的には「ダム管理所」だ


普通車ならともかく、車庫横に停まっているのが軽トラだから担当者が戻って来るとは思われない。
相当な規模のダムでも現在は管理所は無人、必要な制御は土木事務所などから遠隔操作するのが普通である。軽トラはダム関連の資材運搬用にリースしているものだろう。それなら日が暮れるまで待っていようが誰も来ないのはかなり確からしい。

写真撮りたいので…と一言断った上で行動を起こしたかったのだが、まさかダムを訪れたものの一切接近できないと予測できる筈もない。
申し訳ないが、以下の数ショットはあの嫌らしい立て札がある場所を迂回して堰堤の手前に来て撮影している。

ダム裏側の様子。
取水関連の設備が2ヶ所見えている。堰堤部から張り出すように設置されているのは標準的だが、2ヶ所ある例はあまり見たことがない。


堰堤の手前よりダムの前面を横から撮影。
確かに欄干は低い。しかし何処のダムでも手すりの高さなどこんなものだ。この意味で転落の危険云々という話なら、欄干にネットフェンスでも建ててもらう以外ない。
もちろんそんな工作物を設置すればダムの顔も何もあったものではない


ダム堰堤部はアスファルト舗装されていてぱっと見た限りでは特に問題があるようには思われない。
ダム湖側に外灯が設置されており、物理的には夜間でも安全に通行できる設備は整っていた。
そこまでコストかけて設置しているのに使われない状態で放置なんて…


ダム直下にはコンクリート平屋の建物が見えた。
それほど規模が大きくないし工業用水向けなら近くの湯の原ダムで賄えるから灌漑用水向け設備だろう。


元から危険なことをする積もりはないし、そういう場所へ行く気もない。
しかしダムの写真が撮れなければここまで来た意味がない。鮮明な写真を得るにはもう少し下流側へ移動する必要があった。


コブ状に張り出た岩がちょっと邪魔だが、まさかそんな危険な所まで行けはしなかった。


左岸をズームする。ダム堰堤接続部が小さな橋になっているようだ。
山の斜面は広範囲にコンクリート吹付け処理されており、手すりの付いた階段が延々と連なっている。監査廊の出入口も見えている。
およそ自然の造形とは対極的だが、これはこれでなかなか面白い眺めである。


右岸にも同様の手すりつき階段があり、監査廊まで続いていた。
この場所自体が立入禁止の内側であるせいか、監査廊へ向かう階段には簡素なチェーン2条のみである。


あの程度のチェーンだから、跨ぎ越せば階段を伝って容易に監査廊入口まで行けるだろう。


しかし今居るのも元々は入れない場所であることを考えれば、お行儀の悪いことはできない。
ダム堰堤上を歩くことも自重した。あまりにも目立つ。開放されている場所ならまだしも、入れない場所に居ることが遠くから目撃されれば、この世を儚んだ世捨て人の次の所作を予測し、通報されかねない。

観ているかも知れない人の目は充分視野に入る場所にあった。


ダム下は公園になっており、剪定業者らしき人々が作業をしていたのである。


この場所で作業する人なら、ダム堰堤が立ち入り出来ない場所であることは知っている可能性がある。まあ、それを知っていようが剪定という業務遂行に忙しく、ダム撮影のために堰堤上を歩いていることにいちいち注意を払う人など居ないのも確かだ。

とにかく、ダム管理所のあるこの場所に居ても望む眺めは得られない。
ダム下へ移動しよう。もう少しマシな眺めがあるだろうし、左岸側は堰堤の近くまで行ける状態になっていることも期待して…

さっさと車に戻り、延々登ってきた道を引き返した。

(「歌野川ダム【2】」へ続く)

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