間上発電所【3】

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(「間上発電所【2】」の続き)

昭和40年代に造られたことが判明した、間上発電所の水圧鉄管。
現役で活躍しているにせよ水圧鉄管の表面はコケだらけで、どことなく相応な年月を経てきた風合いが感じられる。
108のナンバーが見えている。[11:25:34]


長門峡発電所などで観てきた水圧鉄管は、口径が太く直線的に設置されていた。対してここ間上発電所の水圧鉄管は、至る所で勾配が変動していた。

発電効率から言えば、単一勾配の方が良いに決まっている。勾配変わりや屈曲があればそこで水流が乱れるから、エネルギーをロスしてしまう。恐らく山腹を深く削ったり土を盛ったりなどと工事量が増えるので、多少の効率ロスには目をつむって自然の地山に合わせて敷設したのだろう。

足元はそう悪くなかったが、急斜面を進むのがそろそろ辛くなってきた。何しろ暑いし、この近辺は意外に湿気が多く、鬱陶しいヤブ蚊が顔面にまとわりついてきた。
水圧鉄管の内部は周囲の空気より低温の水が流れるせいか日陰の部分は殆どどこも結露しており、苔を住まわせる原因になっていた。この露が周囲の高湿度を招いているようでもあった。
この先に例の曰くありげな神社への分岐点がある筈だが、記事を書く現在はともかく、現地の自分は殆ど何の装備もなくフラッと乗り込んだので、あとどれ位歩けば神社に向かうのか分からなかった。

そう…
自分は本当に殆ど何の装備もないままここまで来てしまっていた。

暑い時期なので、車にはタオルを数枚常備していたし、脱水症対策にペットボトルのお茶も持ってきていた。しかし荷物を持てば撮影時に手が塞がって邪魔になること、何よりも神社への分岐点付近まで到達後すぐに戻る予定だったことを理由に、それらを車に置いてきていた。ポケットには大小2枚のハンカチとタオルを押し込んでいただけだった。
このうち小さなハンカチは道中の何処かで落としてしまった模様…

これって、本当に神社への参道なんだろうか…
何だか既に参道を過ぎて、中電所有の管理道を突き進んでいるように思えるのだが…[11:26:03]


100のナンバリングが見えた。
たまたまなのか、ここまで来た作業員が確認用に拭ったのか、数字のある部分だけコケが剥がれているように見える。[11:26:49]


何となく歩みながらもあることを感じ始めていた。
これって…どうみても参道ではないよ。
侵入禁止のフェンスに阻まれず進めることにつられて、どんどん奥へ入り込んでしまっていた。
キリがない。

引き返し時を模索していた。このまま問題なく緩衝池まで行けるのかも知れないが、とんでもないことだ。発電建て屋からは相当な距離と高低差があることを地図で確認していたし、何よりもどれだけ先があるか分からない急階段に付き合っていたら、後々の予定が狂ってしまう。今日はここを踏査して終わりなのではなく、徳山発電所や菅野ダムなどメインディッシュの見学コースが控えている。そこでも監査廊の昇降という重労働があるから、体力を温存しておかなければならない。

振り返って眺める。
進むにつれて勾配が急になっている様子が分かる。歩いてきた道中も今や参道ではなく、荒れた管理道のようにも見える。[11:27:05]


しかし前方を見れば、一応はキチンと整備された階段があるのだった。

いや、階段があるのはいいとして…
何だよこの急階段はー?
参拝者を殺す気かー?anger
[11:27:30]


まあ、これは些かオーバーだ。実はカメラを水平に構えておらず、誇張するためわざと視座を下げて撮影している。

しかしそれを差し引いても、この階段は確かに殺人的だった。
一般人が昇降するアパートやビルのコンクリート階段で、これほどきついものはまず有り得ない。踏み代と蹴上げ高がほぼ同じ…つまり全体がほぼ45度に近い勾配なのだ。これと似たような最近昇降した階段と言えば…

ダムの監査廊くらいのものか…

冷気と暗黒が支配するダムの監査廊は、明かりさえあれば恐れるものはない。むしろ今の時期は涼しく快適に過ごせる空間だ。
それに引き換え、ここの階段は最悪クラスだ。直射日光こそ避けられるものの風が通らず、気温も湿度も高くヤブ蚊だらけ。そして恐ろしく急だ。

足を引き上げ、すぐ上の階段を踏み締める一回の動作ですら時間がかかった。忽ち汗が噴き出てきた。その汗を感知してヤブ蚊が顔目がけて襲来する。鬱陶しい。立ち止まって汗を拭う休みすら与えてくれない。
もうちょっと進もう…
あの勾配変わりまで登りきったら、先が見えるだろう。
とりわけ勾配の急な区間には手摺りが設置されていた。
しかし水圧鉄管のある左側に設置されているので、力を入れずらい左手で上体を引き上げつつ登るのは苦難だった。[11:28:44]


記事を書きつつ後から写真を眺めれば、なかなか年代を感じさせてくれるコケまみれの階段ではある。しかし現地の自分はそれを愛でる余裕などなかった。ただ、記録だけは遺さねば…という気持ちがあったから、写真は注意深く撮り続けた。

急勾配の途中にタラップのようなものが設置されていた。
点検に来る作業員ですら日常的に使うものではないらしく、階段の手摺りはこの設備へ向かうために切られていなかった。恐らく水圧鉄管の左右へ行き来するための通路と思うが、用途がよく分からない。[11:29:31]


あのタラップ上に昇り、真上と真下を撮影すれば水圧鉄管の面白い写真が撮れるだろう…
そう思いはすれど、実行はしなかった。腰くらいの高さがあるガードパイプをよじ登ってタラップまで往復する気力が湧かなかったのである。

もはや殆ど頭で考えず、際限なく続く急階段を機械的に登る自分がいた。
幸か不幸か、行く手を阻むものはいつまでも見つからなかった。むしろ、進行を阻む立入禁止の札と厳重なネットフェンスが階段の前に現れてくれれば、即刻引き返しにかかれただろう。現状は登れるものなら登ってみろとでも言うように、挑発的な階段が続いている。

引き返したいのに引き返せない自分がいた。
踏査ではよくあることなのだが、適当なところで引き返してしまうと、
「何だ…ここまで来たのに引き返すのか…
あと少し行けば面白いモノがあったのに…」
…という、悪魔の囁きが背中に投げかけられる気がするのである。

さすがにきつい。 階段の途中で振り返り下界を眺めた。[11:30:08]


ズーム撮影する。
先ほど驚嘆と共に初めて水圧鉄管へまみえたとき進んだ地区道も、今やこんなに遥か下の方にあった。[11:30:22]


で、もちろんここで終わりではない。

その先は…
まだまだずっと続いている! [11:31:25]


上体を引き上げる助けとなってくれるガードパイプもここまでだった。

まるで天空に昇っていくかのような、薄汚れた水圧鉄管。
忘れもしない。ここまでの道中にあって、この光景を目の当たりにして最も精神的にアタックされた場所だ。[11:32:08]


もはやこれが神社の参道でないことは明らかだったし、事実そんなことはもうどうでも良かった。ただ、この難物に決着をつけてやりたい意地があった。
私は暑いのは苦手だが、体力や持久力には自信があった。野山を自由に駆け回るのを旨と成す野ウサギ(?)の沽券にかけて、ちょっときつい山野に挫折しスゴスゴ引き返すなど中途半端なことはしたくなかった。

この恐ろしく長い直線的急階段は、先を見届けたいという野望を挫きかけた。それはとてつもなく長く、急勾配で空に向かって昇っていた。その先は太陽の閃光中にあって、カメラでも肉眼でも捕らえられない…
それほど遠いのだ。
急ぐことはない。
早めに家を出ているから、時間は充分にある。
ゆっくり進もう…
一歩ずつ、ゆっくりだが着実に目の前の階段を片付けていった。

やっと勾配変わりの先端部分が見えてきた。
その先は一旦ちょっと勾配が緩み、その先は再び同じような角度で続いていた。もちろん侵入禁止のフェンスはなく、まして頂上でもない。[11:34:19]


あの勾配変わりのところでちょっと座って休もう。
もう汗ビッショリ、心臓バコバコ、眼鏡の内側まで汗が垂れている。[11:35:00]
ちょっと休ませてくれ。
カラダがどうにかなりそうだ。


勾配変わりの固定用コンクリート基礎に腰掛け、眼鏡を外して汗を拭いた。
汗を拭く厚手のハンカチですらもう殆ど用を成していない。登りつつ汗を拭く過程で全体がビッショリなのだ。
もうやだ…sweat
一体、あとどれだけ続くのだろう…
(「間上発電所【4】」に続く)

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