間上発電所【5】

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(「間上発電所【4】」の続き)

最上部にある緩衝池らしきものが見えてから、水圧鉄管の勾配は幾分緩やかになった。管理道は簡素なプラスチック製階段に変わり、やがてそれもなくなって自然の山道のようになった。

今まで撮ってきた写真には早くから現れていながら、現地の自分はここへ来るまで気づいていないものがあった。
参道あたりから進行方向左手に寄り添っていた索道だった。

モノレールのミニチュアみたいな単線が水圧鉄管に沿って設置されており、この場所で管の上を横切り、管理道の方に移動してきた。
この写真を撮ろうとカメラを構えて初めて気がついた。[11:42:24]


果樹園などで見かける収穫物を載せたカートを運ぶレールのように見える。ただ、レールの幅は狭く支柱も華奢で、作業員を載せたトロッコの昇降に使うには無理がありそうだ。
付近に給電用の架線はなく巻き上げ用の鋼索もないので、資材運搬以外の用途かも知れない。

水圧鉄管は、砂防ダムのようなコンクリート擁壁の下部から比較的緩い勾配で引き出されていた。
管理道は擁壁の上部を目指して、索道と共に最後の階段を昇っている。


コンクリート壁の向こうにあるものが想像ついたから、この光景を見た時点で”極めるべき場所へ到達できた”ことを実感した。

いやはや…何とも手こずらせやがった。

まあ、地図で見れば途方もない場所にあることは分かっていたことだが、歩いた距離の長さ以上に急勾配が堪えた。実際、今まで経験したどんな踏査よりも過酷だった。好奇心を満たしたいというそれだけのモチベーションに端を発し、些か身から出た錆にも近いような苦行と言えた。
正直な話、この一連のシリーズは最初有償公開にしようかとも思いかけた…殆ど内容のない冒険記録に過ぎないのだがw

記録というか記念の意味も含めて、この場所で動画を撮った。
[再生時間: 15秒]


動画を観ればお気付きだろうが、腕がガクガク震えてスムーズなカメラワークができていない。実際は荒い息のまま撮影していたが、蝉の鳴き声に殆どかき消されていた。
そして最後の方で、聞こえよがしにぼやいている:”もう、絶対に来ない!!”

さて…
苦難と引き換えに、その姿を暴かせてもらおう。
最後の階段を昇り、緩衝池と分かっているその施設に近づく。


予想された通り、その周囲は有刺鉄線付きネットフェンスで厳重に囲障されていた。
最初に出迎えたのは、フェンスの内側で厳めしく建つ樋門と思われるコンクリート構造物だった。[11:44:24]


索道はこの緩衝池と周囲にある設備に用事があるらしく、フェンスの下部から敷地内に潜り込んでいた。この索道を通すために下側はわざわざ幅を変えた両開きの門扉にしている。よほど敷地内に立ち入って欲しくないらしい。
門がピッチリしているのは小動物の侵入を防ぐためと思われる


門扉の近くに建つコンクリート構造物は、水圧鉄管への流入水を制御する樋門だと思う。ただし現在も使われているかどうかは微妙で、あるいは遠隔操作可能な別の樋門を使っている可能性もある。
そう推測する理由は後で分かる

隧道のポータルを思わせるコンクリートの樋門が時代を感じさせる。現在ならあのような上部のアーチを造らず、角の部分だけ補強したボックス形式にするだろう。決して今風ではなく、かと言ってレンガ積みに代表される昭和初期のような風合いもない。昭和40年という施工時期を納得させる程度に古い構造物だ。

真横から眺める。
”昇降禁止!”の札が取り付けてある。告知されなくとも一般人は敷地内に立ち入れないから、作業員向けの通告である。
現役の樋門なら上部に登らないことには操作できないから、老朽化しているなど上がるのは危険な要素があるのかも知れない。この樋門が使われていないかも知れないと考える一つの理由である。[11:44:52]


樋門を斜め反対側から眺めた。
堰板が鋼製のゲートではなく木製である。厚手の板材を横に並べて枠組み部分を鋼材で補強した造りだ。現在の樋門は鋼製の一枚板で拵えるのが普通である。
木組みの堰板が見えることから現在は完全に吊り上げられている状態である。長いこと空中に晒されて表面には苔が付着していた。


そして樋門の背後には… 航空地図で見てイメージしたのとほぼ同じ緩衝池があった。[11:45:45]


間上発電所は中国電力所有なので、隧道で導かれた水は純粋に発電のためだけに利用される。ここから水圧鉄管を経て落下し位置エネルギーを電力に変換後、水はそのまま富田川へ返される。工業用水などの再利用がないせいか、傍目にも水質は悪い。暗い緑色を呈していて、小さな葉やゴミも浮いていた。

隧道吐け口を狙って撮影していみた。
ネットフェンス越しに斜めから狙う角度になるので、アングル取りに苦労した。[11:46:12]


そのままズーム撮影。
坑口の上部には空間があり、無圧隧道であることを示している。導水路の途中に開渠がなければ、取水口付近の空気の行き来もあるのだろうか。


順調に撮影しているように見えるが、立ち止まってカメラを構えている間も私自身のコンディションは決して安泰ではなかった。
周囲を木々に覆われ、陽射しだけ照りつけるこの場所は異常に暑くて風が通らず、じっとしていても全く身体が休まらなかった。なおも汗はダラダラと流れ落ち、既にハンカチもびしょびしょで服の袖以外に拭えるものもない。

それでも折角ここまで来たからには…と思い、緩衝池全体を撮影できるポイントを探した。
張り巡らされているネットフェンスが詳細な画像採取の妨げになっていた。

この直後、不用意にカメラのレンズを汗まみれの手で触ってしまったようだ。
次にファインダーを覗いたとき、中央部分が異様にぼやけていて焦点が定まらない。最初、自分の目の具合が悪くなったのかと思い焦った。(持病の偏頭痛が始まる前に必ず視野の中央が見辛くなる症状が現れるので

レンズを拭おうにも身につけているもので乾いている物体が何もない。仕方なく自然に乾くのを期待して撮影を続けるしかなかった。
以後、数枚のショットは中央部分のみがピンぼけ状態になってしまっている


ネットフェンスの外側に貼られた子ども向けの警告メッセージ。
”さくの中に入るのは
やめましょう____”
思わずツッコミを入れたくなる自分がいた。

ここまで来て、実際にこの標示札を
見たことがある子どもって居るの?


隧道の吐け口付近から撮影している。
流入速度はかなり遅いが、浮いている木の葉などが動くのが見える。飲料の原水にはならないにしても、あまりに夾雑物が多いと発電水車の寿命に影響するのではなかろうか。


ここで再び振り返る。
先ほど見た木製樋門のすぐ横に、新しい樋門らしきものが見えている。しかし相変わらずネットフェンスが邪魔になって巧く撮れない。もう網目の中にレンズを押し込んでグリグリを繰り返す気力も殺がれていた。


静止画像だけではこの場所の様子を充分に伝えきれないかも知れない…カメラを連続的に動かせば、フェンス越しでも何とか様子が分かるだろう。
そう思って隧道吐け口から緩衝池までをパノラマ動画撮影してみた。
[再生時間:14秒]


長い旅路を終えて隧道から出てきたダム水は、ゆっくりと緩衝池に流入していた。池全体の水に大きな動きは見られないが、同じだけの量が水圧鉄管から流出している筈である。

流入する隧道の規模からして、この緩衝池自体それほどの深さはないだろう。空に向かって突出したサージタンクと違い、緩衝池はすぐ傍まで木の葉が押し寄せ、須く中へ落下している。雨が降れば土砂の流入もあるだろうから、深くては維持管理に困るだろう。
土砂が流れ込まないよう緩衝池の周囲を高くしなかったのだろうか…

容易に接近できるものなら、自己責任で緩衝池のすぐ傍まで行ってみたいと思った。周囲を彷徨こうにもネットフェンスが邪魔で、思うような写真が撮れないのだ。

発電所の建て屋と同じ仕様の有刺鉄線付きフェンスで囲まれ、護りは大変に堅い。いくら周囲に民家がなく、人の目などまず気にならないこんな場所でも、有刺鉄線付きフェンスを越えるなど法外なヤンチャをする気は全く起こらなかった。
ただ、両腕だけでもフェンスの内側に差し出せる場所があれば、そこを利用して明瞭な写真を撮りたいとは思った。

そのあたりも管理はさすが中電、抜かりはない。
緩衝池の周囲に排水用の溝が掘られており、フェンスが溝を跨ぐ場所があった。その僅かな隙間すら、こんな感じで鉄格子で塞がれていたのだ。
これもヒトではなく小動物の侵入転落防止かも…)


ネットフェンスは緩衝池をぐるっと取り囲んで設置されており、その外側は何とか頑張れば歩けそうだった。しかし緩衝池の裏手は雑草や木々が生い茂り、ある程度の藪漕ぎは覚悟しなければならない。もういい加減に切り上げたい気持ちはあったが、何度も来れる場所でないことは明らかで、もう少し頑張っておこうと思った。

緩衝池の裏手は隧道を跨ぐために高くなっていて、道もない状況でフェンス伝いに進むのは骨が折れた。

隧道の真上に移動する。
ここは樋門に正対する位置なので、フェンスの網目一つにレンズを押し込めば全体像が撮影できた。不明瞭だったりアングルの悪い撮影が多い中、やっと緩衝池全体の良好なショットを得ることができた。[11:49:48]


緩衝池は楕円形をしていて、短径が20m程度、長径が50m程度。水圧鉄管の接続されている真上に先の樋門があるが、その脇にも注水口らしきものが見える。更に右手には、ダムの余水吐のような堰堤部があった。

先ほど撮れなかった注水口をズーム撮影する。
古い方の樋門には鋼製スクリーンが見える。隣接してブロック積みの建て屋があり、そこからも注水されるようになっていた。


発電に必要な注水量は遠隔操作されている筈だから、注水は恐らく後から造られたブロック造りの建て屋側からされているのではと想像される。
なお、隧道から出てきた水がゆっくり動くのが見えた程度で、注水口から吸い込まれる水の動きは視認できなかった。

更に気になるものがある。 航空地図や国土地理院の地図でも見えていた、余水吐とそこに端を発する別経路である。[11:51:06]


この部分がどうなっているかも興味の対象だった。

国土地理院の地図を再掲する。
現に水圧鉄管が敷設されている部分は、参道というか斜路というかそんな感じで記載されている。緩衝池は描かれておらず、その部分から水圧鉄管とは別経路の暗渠が伸びているようになっている。


国土地理院において水色の点線表記は、地下水路や導水管など、地表から視認できない暗渠を示すことになっている。しかし余水吐から流下している経路は、見たところ明らかに開渠だった。
これはどういうことだろうか?
もしかすると余水吐付近だけが開渠になっていて、先の方で途中から暗渠になっているのだろうか。そうだとしたら、これを少し辿った先には、先に見てきた水圧鉄管並みの急角度で下っていく暗渠の入口があるのだろうか?
そう…常盤用水路ではお馴染みの呑み口バックのような斜樋だ。それも地図の通りであれば、この近くから発電所近くの標高まで一気に下る数百メートルにも及ぶ斜樋が…

想像するだけでゾッとするものがあった。
見るだけでも恐怖を覚えるおぞましさと、そんなものがあるなら見てみたいという武者震いにも似たゾクゾク感である。

あの先まで行ってみよう。
かくなる上は、洗いざらい調べ尽くしてやろう。

困難を承知で、フェンス伝いに余水吐へ向かって進んだ。

(「間上発電所【6】」に続く)

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