間上発電所【6】

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(「間上発電所【5】」の続き)

目的地に到達し、今や望みのままに撮影を進めるも、疲労度や集中力もそろそろ限界に近くなっていた。

もう歩きたくない…
早く汗まみれの服を脱いで着替えたい…
好奇心に釣られて、明らかに自分は踏み込み過ぎていた。早くから興味を抱き、立ち寄るポイントとして組み入れていたが、この後でいくつもの訪問箇所が控えている今の状況で更に疲労を溜め込めば後々に差し支える。
そうでありながら、もう二度と来ないと我ながらボヤいてしまうこんな場所であるからこそ、再訪しなくて済むよう気になるものは洗いざらいデータ採取しておきたかった。

余水吐の正面に回り込んだ。
緩衝池の水位は、余水吐の天端より20cm程度下にある。先の導水隧道が完全に水没するほど流入量が増えれば、ここから溢流するような状態だ。[11:51:41]


実際に援用される場面があるかどうか分からないのだが、余水吐を越えた水は必然的にこの開渠に流れ込む。
開渠は目測で幅、深さ共に3m程度。今は漏れ出る水もなくカラカラに乾いている。緩衝池から続いている有刺鉄線付きネットフェンスが両サイドを護っているので、中に入るのはもちろん外からの撮影すら思うようにいかない。

この余水吐と開渠の役目は?
いくら飲み水にはならないとは言え、発電用の水もエネルギーを電力という財に変える資源である。無節操な取水は許されないから、取水口では流入量を管理しつつ送っているはずだ。わざわざ隧道で緩衝池まで導いておきながら、余ったからと無駄に溢流させるとは思えない。
恐らく取水口側の水位が上昇し、隧道に大量の水が流れ込むなど不測の事態が生じたときのための非常用排水路ではないかと思う。ここ間上発電所は容量の小さな緩衝池があるだけで、サージタンクのように余分な水を溜め置ける構造になっていない。排水路がなければ、過剰な水が隧道を経て流入してきたら水圧鉄管だけでは捌けきれない。そうなれば水圧鉄管の敷設された斜路を余剰水が下って発電建て屋を直撃するだろう。

開渠の途中に樋門があり、隧道ポータルのミニチュア版みたいな排出口が見えた。その上部にはバルブらしきものがある。
緩衝池の排泥用バルブと思われる。[11:52:17]


隧道の上部を伝ってここまで来たものの、フェンスと地山の間には正規の管理道はなかった。しかし今の時期にしては雑草や樹木が目立たたない。定期的に草刈りされているのだろう。[11:52:29]
全く管理されないならフェンス全体が雑草で覆われていてもおかしくはない


お陰で藪漕ぎは不要だったが、至る所でフェンスと木々の間に罠を仕掛けて獲物を待つクモの巣には何度も頭を突っ込んだ。木の枝を持ち、目の前のクモの巣を破壊しつつ前進する。
どうやら先の方でフェンスが終わっているようだ。


先を観たいという一心でどんどん進むも、今来た足元の悪い経路を引き返すなんて真っ平御免だった。しかし先でフェンスが途切れているので、開渠の反対側へ渡って緩衝池を周回できるだろうと思った。

振り返って撮影。既に緩衝池からは数メートルの高低差が生じている。
開渠は緩衝池の外縁に合わせてカーブしている。内部にはかなり大きな木が生えてしまっているから、この開渠を余剰水が伝って流れることは殆どないかも知れない。


緩衝池から50mくらい下ったところだろうか。漸くフェンスが開渠の上を横切って張られているのを見た。ここが暗渠に繋がる呑み口だろうか。[11:53:24]
何とか全体像を捉えたくて地山の斜面の可能な限り高い位置から撮影している


この先は一体、どんな構造なのだろう。斜樋だろうか。
地図の通りだとしたら、約45度の角度で一気に麓まで下る長さ数百メートルもの斜樋がここに口を開けているわけで…

例によってフェンスの菱形の網目にレンズを押し込み撮影を試みた。
呑み口部では開渠の中央に控柱があり、そこで水流が二分されるようになっている。左側の壁は屈曲しており、奥で右に曲がっているようにも見える。[11:53:51]


フェンス越しの斜めからのショットになるため、どうしても綺麗に撮れない。
フェンスによじ登って撮ろうとする気力などなかった
上の写真が一番マトモなもので、他に数ショット撮影したものの金網が入ったり逆光のためピンぼけが酷かったりで全くサマにならなかった。
参考にもなるまいが以下の二枚はその時撮られた失敗ショットである


とにかく下に降りてみよう。もしかすると暗渠は比較的短く、開口部があるかも知れない。

ここまでの行程もかなりの下り勾配だったが、この呑み口部を境に恐ろしい急傾斜地になっていた。本当に45度程度の勾配がありそうだ。
呑み口の下方にコンクリート水路らしきものが見える。それはちょうどこの開渠の延長上にあった。[11:54:18]


厳つい有刺鉄線付きフェンスはこの開渠と呑み口部分までをガードしていて、そこから下には見当たらなかった。

転落するとエラいことになりそうなので、フェンスに貼り付くように移動する。
やはり延長上に斜路があった。それも底が浅い開渠の形をしていた。
しかしよく見ると、ちょっと様子がおかしい気がする。


ここから眺める限り、斜路はフェンスで護られておらず剥き出しになっている。手前にガードパイプがあり、チェーンの掛かった降り口らしきものまで設けられている。その気になれば歩いて降りることができそうだ。
そんな訳がないだろう。
ここから水路を逆に辿れば先の開渠へ入り込むことができてしまう。それでは厳つい有刺鉄線で開渠をガードする意味がない。

背面の構造。今、この上を渡ってきたところだ。
常盤用水路のバックを思わせる構造だ。桝蓋らしきものは何もなかった。[11:54:45]


開渠の続きと考えれば、真下に続く斜路に出てくる筈だ。
しかしそこへ接近して真下を眺めると…

開渠は接続されていない!!


確かに急傾斜を下る溝状の斜路があった。
余水吐を出た水が流れるなら、ここに排出口が開いていなければならない。しかし斜路は何の流入部も持たずにここから始まっており、コンクリートベタ打ちの壁面と、内部へ降りるタラップが取り付けてあるのだった。
どういうことだ?
ここへ続いていなくて、一体何処に水が流れるのだ?
背面を振り返ってみた。
背丈を超えるほどの高さを持つ呑み口の後ろ側は、そのまま斜めに地中へ潜っていた。


あの角度で地中に潜るなら、直下にある斜路へ通じていると考えるのが自然だ。しかしそこに開渠から通じる開口部はまったくない。開渠の線形から考えると如何にも不自然で、元はあったものを塞いだのではないかと思えるくらいだ。

開渠の反対側から呑み口を眺めてみよう。
別の方向へ流れているのかも知れない。[11:55:44]


再び苦労して網目にレンズを押し込み撮影した。
見かけは呑み口から直下の開渠へ続いているようだが、やはり呑み口に入ってすぐ右に曲がっているようだ。それらしき開口部分が暗渠の右側の壁に見えかけている。[11:56:05]


この部分を何とか鮮明に撮影したかったのだが、フェンスの網目がカメラのアングルを妨げた。

先の写真から核心部分を切り取り、拡大してみた。
写真で見る限り、暗渠に入った直後すぐに右へ屈曲しているように思える。もっとも光線の加減でそのように写っているだけかも知れない。


この黒々と映っている部分の正体が暗渠の入口だとしたら、それは明らかに直下にある斜路ではなく、右手に向かっている。

直下にある斜路は、余水吐から出た水を受ける開渠ではなく、ただの管理道らしい。
それは元あった開渠を改造して拵えたようにも見えた。幅は余水吐からの開渠と同じ規格ながら深さはずっと浅いし、中央部分には流下する水が少ないときの誘導路を兼ねた階段らしき補助的な溝が造られていたからだ。


これが国土地理院の地図で見た、別経路の導水路なのだろうか?
それとも単なる管理道で、余水吐から出た水は別経路の斜樋を経てこの急斜面を一気に下っているのだろうか…

斜路は、その気になれば降りて行けないこともない挑発的な構造を私の前に突き付けていた。
あたかもそれは悪魔の囁きのようにも思われた:
「先を観たいなら、辿ってみるがよい。
ただし、無事に帰り着くことは保証しない…」
判断を下しかねていた私は、斜路の降り口前に設置されたガードパイプにもたれかかってしばし休息していた。

(「間上発電所【7】」に続く)

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