素材の絶対量評価

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項目記述日:2019/6/10
最終編集日:2023/1/8
ここでは素材の絶対量評価と題して、市内に存在する各種素材およびその派生物の残存量についての評価方法と今後の対処について記述する。なお、当サイトは市内をターゲットとしているので、以下特段の断りない限り宇部市内についての状況を述べる。
《 概要 》
当サイトにおいて物件のみならず、それらを構成する要素である素材まで観察の対象とするようになった背景には、総括記事にも書いたように、異なる物件に共通して使われる素材そのものの多寡も問題になってきたからだった。記事化されている物件でも後に取り壊され存在していないものは多い。同種のものが一つもなければ、当該物件が消失すればその物件は「絶滅」する。ただし物件を構成する素材が他の場所でも使われているなら、物件は絶滅しても素材そのものは無くなったことにはならない。

著名な物件では、消失はかなり話題にされるが、素材単位で見たとき他の場所にまだ遺っていればあまり重要視されて来なかった。歴史的に重要だった建物が取り壊されるとき概ね写真に撮影されても、建物の構成要素まで踏み込んで記録されることは少ない。建物は一つだが、そこにしか使われていなかった複数の素材があったなら一度に複数の素材が絶滅状態に追いやられてしまう。

およそ知られている多種多様な素材は市内にどれほど存在しているのか、それらは現在も同種のものが造られ絶対量は増えているのかそれとも製造中止や老朽化などにより減少しつつあるのか…大雑把ではあるが希少性の目安を提示しておけば、市内に一つも無くなってしまった(絶滅)後になって記録が足りず後悔することになる事態を防げるのではないかというのが絶対量評価の目的である。

直接のきっかけは、以前から観察を行っていた桃色レンガ塀が近年急速に減少していることを指摘する記事が提出されたことによる。[1]記事で紹介されていた島地区のレンガ塀は、たまたま島地区を訪れたとき丁寧に解体された桃色レンガ塀から取り出された桃色レンガ素材が保管されているのを目撃している。


桃色レンガは地域性の濃い素材だけに分布を含めて昔からかなり調べられてはいるが、最近の旺盛な住宅需要に伴い解体される古民家が多く、現時点でどれほど残存しているかの詳細は殆ど分かっていない。そして桃色レンガよりも認知度が低いが歴史的価値のある素材(例えば鉱滓レンガなど)は尚更のことである。

市内を今まで見てきた範囲において、特異な素材はその分布や絶対量をおぼろげながら把握しているので、それらの評価を与えて分類することを考えついた。あらゆる地区を同程度の頻度で観察しているわけではないため、評価には主観がかなり含まれる。今後の更なる調査や寄せられた情報によっては素材のランクが変更される場合がある。
《 定義 》
厳密なものではないが説明の必要上、用語として以下のような定義を与える。定義は当面はこの総括記事内に限定される。
【 原素材 】
観察対象を物理的に構成する最小単位。狭義の素材。電柱に対する碍子やトランス、家を構成する瓦や樋である。瓦では形状や製法によりセメント瓦、従来型の瓦などに区分することはあるが、瓦そのものを構成する粘土や釉薬のような材料そのものまで分解した区分は行わない。
【 派生素材 】
原素材を組み合わせることにより構成される構造体。電柱のように異なる原素材を用いるものと、間知石積みのように間知石をいくつも用いるものがある。二次製品とも言えるが、いわゆるコンクリート二次製品において、ある用途に特化し単独で用いるもの(据え付け型の溜め桝など)や同一物をいくつか組み合わせるものの他の構成法が存在しないもの(L型擁壁など)は、派生素材ではなく原素材である。間知石積みは石垣や屋敷の基礎、階段といった具合に異なる用途に使われる事例があるので、間知石は原素材だが間知石積み(石垣)は派生素材とする。
《 保全ランク 》
諸々の原素材、派生素材を残存状況および将来的な動向にしたがってランク分類した。区分や用語は、稀少生物などの保護で著名なIUCNレッドリスト[2]を模倣している。
ランク呼称概要
1普遍豊富に存在し、現在も同種のものが供給されている。
2軽度懸念豊富に存在するが、現在は増殖していない。
3脆弱それほど豊富ではなく、将来的な減少が予測される。
4絶滅危惧非常に少なく、将来的な消失が懸念される。
5絶滅既に存在しておらず、博物館および写真でのみ観測される。
以下に各ランクごとに具体的な記述を加える。
【 ランク1(普遍) 】
素材は豊富に観測されるのみならず、原素材は現在も製造され、派生素材も市内で新規に建造されている。たとえ現時点で絶対量が少ない素材でも、今後絶対量が増加していくことが確実視される。具体例は以下のようなものが挙げられる。
太陽光パネル、L型擁壁、コンクリート電柱、イチョウ…
ランク1の素材および派生物は当面記録する必要がない。ただし、ランク1素材を用いた派生物において経年変化が予想される場合は、初期の状態を記録しておくことは重要である。
【 ランク2(軽度懸念) 】
素材は豊富に観測されるが、原素材の製造は明確に減少しているか停止している。派生素材が増加する見通しは薄く、横ばいか緩やかな自然減に向かうことがかなり確実である。または、新しい別の素材に置き換えられることで積極的に減らされることも予想される。以下のようなものが挙げられる。
瓦、擬木コンクリート、間知石積み(国内生産)…
原素材に多様性がある場合、観察・記録しておくことが正当化される。派生素材については年代考察のためにいくつかの記録を残しておくことが推奨される。
【 ランク3(脆弱) 】
素材は稀少というほどではないが決して普遍的には観察されない。原素材は殆ど製造されていないか、または製造終了している。派生素材の存在量は現時点が上限であり、新しい別の素材に置き換えられ減少が加速する可能性が高い。以下のようなものが挙げられる。
桃色レンガ、アンテナ、セメント瓦、木製電柱、庚申塚…
これらの素材は、存在量を考慮した上で記録を開始することが求められる。
【 ランク4(絶滅危惧) 】
素材は明らかに稀少であるか、明らかな減少の加速が観察される。原素材は製造されなくなって相当な期間が経過し、派生素材の新規設置事例は皆無である。史跡や産業遺産などの指定がなされておらず、意図的な保護が行われない素材は絶滅に移行する可能性が非常に高い。以下のようなものが挙げられる。
桃色レンガ塀、肥溜め、木製双脚電柱、防空壕、粗朶…
これらの素材は現状を確実に記録するのみならず、継続監視対象とすることが望ましい。残存する絶対量の把握に努め、最後の数例という状況に至ったなら、当該素材の重要度や価値を考慮した対応が求められる。
【 ランク5(絶滅) 】
素材は既に市内では一般に観測されない。過去には存在していた証拠があり、現在では写真や博物館など当該素材を保存する意図をもって造られた環境にのみ観察される。以下のようなものが挙げられる。
スズラン型鉄塔、手動式遮断機つき踏切、一里塚、横断可能な木橋
殆どが歴史的素材と認識されており、現存しないながらも資料がいくつか残されている。近年絶滅した素材について充分な資料が整っていない場合、可能な限り早期に情報を集めて記述を残す必要がある。

この区分や該当する素材の例はまったく恣意的なものであり、厳密な運用を行うなら更なる絶対量の調査と情報共有を進めた上での評議が必須である。各区分も5段階で固定する必要性はなく、同一ランク内での感覚的な評価としては「ランク3+」などといった形で表現できる。

元から市内には存在しないか、対象物について充分な調査が行われていないものはランク0(データ無し)としている。以前から非常に少なくなっているものを絶滅危惧種と呼ぶなど生物保全状況に準じた表現は行っていたが、その他の存在状況を示すランクで分類することにより、すべての素材の保全について優先順位をつけることが容易になる。
《 適用についての注意 》
・ランクは市内全体に対してどれほどあるかの絶対量を問うものであって、分布状況については特に考慮していない。したがって校区などの下位区分に限定して観察した場合、区分により異なるランクになる場合がある。例えば桃色レンガ塀は市内全体でランク4と考えているが、東岐波校区にはまったく観測されないためランク0とみなしている。この理由として元から一つも存在していなかったか、かつて存在していたが悉く失われてランク5の絶滅となったかのいずれかと考えられている。しかし調査不足で実際は散在している可能性はある。
現在のところ東岐波エリアに関しては元から存在していなかったと予想されている

特に重要な原素材については、派生素材とは異なったランクが与えられる場合がある。例えば桃色レンガ塀はランク4だが、原素材の桃色レンガはランク3(もしくはランク3+)と考えている。造られた当初の形での桃色レンガ塀は稀少だが、それが解体された後に産出した個別の桃色レンガを保存し再利用する動きがみられるからである。解体された桃色レンガ塀から採られた原素材である桃色レンガが別の場所で敷石に使われたり、再度モルタルを用いて桃色レンガ塀が造られるかも知れない。この場合、桃色レンガという原素材は製造された当時のものと言えるが、塀はそうではない。最初に築かれた桃色レンガ塀が取り壊された時点で現存事例が一つ減った事実に変わりはなく、この辺りの事情を考慮するために原素材、派生素材を定義付けて個別のランクを与えている。

近年に入って過去に量産されていた原素材が若干の形態変化と共に再度増加しつつある事例として間知石がある。間知石積みは河川などの護岸や石垣に多用されていたが、重い間知石を加工し据え付ける石工の減少により確実な減少が予測されていた。近年、中国産の間知石が輸入され護岸に使われる事例が増えてきている。


輸入された間知石のサイズは従来国内で産出し用いられてきたものと同一である。従来型の間知石積みとは施工箇所と外観で容易に区別がつく。従来型の間知石積みはランク2だが、輸入材による間知石積みは、何処かの時点で輸入停止や原素材としての採用が廃止されない限りランク1である。これには近年施工された派生素材は旧来のものより堅牢であり、短期間のうちに失われることはおよそ考えられないことに依る。

特に注意して保護されている素材は、絶対量が少ない場合でも低いランクへ据え置かれている。上述のように庚申塚はアンテナと同じランクへ入れている。


双方は著しく絶対量が異なるが、庚申塚は何処のエリアでも御堂や祠に準ずる程度に重要なものとして大事に扱われており廃棄や除却といった事態はおよそ考えられないので、現状を維持することで足りる。他方、廃屋となった民家の屋根に普通にみられるアンテナを保護の対象と考える人は殆どないだろう。現時点でまだ大量に存在し物品としてもありふれているので、特に注目されていない。しかしまったくの無関心なまま推移した暁には、市内のある年代で民家の屋根にアンテナが乗っていた典型的な写真を著しく欠く事態を招くだろう。

素材の現存量推移に影響を与えるような法改正やニュースなどの動向に注意を払っておく必要がある。近年の例では、高く積み上げられた建築ブロックの倒壊により児童の命が失われた事故を受けて、全国的に同種の建築ブロックの点検が始まった。この過程で老朽化した建築ブロックの危険性が叫ばれ、多くの自治体がより安全な囲障にするための撤去工事費用に補助をつけるようになった。新規の建築ブロック施工が皆無となったわけではないが、中長期に見て絶対量が減少に向かうことが確実視される。現時点では建築ブロック塀および原素材の双方ともランク1である。
ただし特殊な施工例や原素材の年代特定が可能な一部のものはより高いランクを持つ

・対象物は市内に限定しているので、市外まで範囲を拡大するとランクが変わる素材がある。例えばスズラン型鉄塔は市内では宇部興産(株)が厚東川発電所より窒素工場向けに送電していた特別高圧線にのみ観測されていた1回線鉄塔で、中国電力への売電転換に伴い No.0 を残してすべての鉄塔が除却されることで絶滅している。しかし同型の鉄塔は山口市阿東町生雲付近などには観測される。絶滅と判断された後になって追加の調査によって残存していたことが判明する可能性については、実際のIUCNレッドリストの絶滅と同様である。[3]
《 他方面への準用 》
ランク付けを行おうとする時点において一つしか存在しない対象物でなければ、素材だけではなく物件そのものや物品に対しても適正な定義づけと細分化を行うことでランク分類が可能になる。例えば地区道という分類だけでは新興住宅地の宅内道路からあぜ道まで含まれ全体としてのランク付けは不定だが、四輪が通れない、舗装されていない、昔から形状が変わっていないなどの細分化をはかることにより分量が絞り込まれ評価が可能となる。かつて一般に市販されていた物品であるが、製造を中止し現在は殆ど見かけなくなっている洗濯板やワープロ類も何処かのランクに入るであろうが、厳密な調査は極めて困難である。

形をもたない文化に属するもの(方言など)は、それ自体は評価の対象となり得ない。特定の古い方言を使いこなせる話者や南無是(なもうぜ)踊りを演じきれる人物の絶対量は、素材の絶対量と比べて伝承者の減少や新規体得者の出現により変動するので、これらの評価や保護についてはランク着けではなく別の取り組みが必要である。
出典および編集追記:

1.「桃色れんが、住宅改修や倒壊防止のため急速に姿消す|宇部日報
また、6月8日発刊の誌面ではトップ記事として相当量の文面を割いて詳細が解説されている。

2.「Wikipedia - IUCNレッドリスト

3. 例えば「警笛鳴らせ」の指示標識は市内の公道に設置されたものは絶滅と思われていたが、2018年にある市道での現存が確認されている。

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