岩郷山・第三次調査【4】

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記事作成日:2019/4/10
(「岩郷山・第三次調査【3】」の続き)

藪の中へ捨て置かれたブルドーザーだった。
何でこんなところに?
自走させて山を下らせなかったのだろうか?[14:12]


茂みの中に塗装された本体部分以外殆どすべてが錆びまくっているブルドーザーが鎮座していた。
ついさっき腐ったバケットを目にしていたのだが、このブルドーザーにはキチンとバケットが装着されていた。想像していた通り土採りか石材採取業者のものらしく、背中に業者名のペイントが読み取れた。

動かなくなってそのまま廃棄されたのだろうか。
あるいは何かの事情あって現場から移動させることもできないままになったとか…


足回りは錆と一緒に泥が大量に付着していて、相当な長期にわたって放置されていたことを窺わせた。


およそ現役稼働時代の状態を保つパーツなどなさそうに思えて、駆動の要となり最も頻繁に動く部分はまったく錆びることなく銀色を保っていたのが印象的だった。
近接撮影画像はこちら


早いところ山頂を目指さないと…とは言っても、こういった顕著な廃物や遺構を目にすれば立ち止まってでも撮影するのが常だ。好奇心はもちろんあるが、現在位置を把握し時系列で足取りを記録するためである。

目標物に著しく乏しいこのような山の中では、巨大な岩や倒れて根が起き上がった大樹はもちろん投棄されたゴミですらランドマークとなり得る。道のない山の中へ進攻するときこれらを覚えておいて元の位置へ戻るのに利用するのである。この作業を怠ったり目標物が著しく少ない場所では、元の位置へ戻ることが出来なくなり延々と彷徨うことになるプチ遭難が起こる危険がある。[1]

写真撮影は位置の把握と純粋な興味に依るものであり、不法投棄を糾弾の目的ではさらさらない。むしろ作業ヤードなら今も私有地である可能性が高く、関係者でもない私如きが入ってウロウロする方が問題なのだが…

廃物を愛でる人々は、形有るものが役目を終えて壊れゆく姿を純粋に堪能している。私はそれに加えて、この場所で何が起きたかを時系列で分析する資料としても使う。およそ岩郷山という名前があって三角点も存在するなら、初期には眺望を求めて一般庶民も登っていた筈である。現在は山頂付近に電波塔などが占拠し、およそ一般向けの山として認識されていない。その変化を探るヒントになるかも知れないのだ。

本来の役目を終えるまでブルドーザーが削っていた最前線に行ってみた。
削り取られた山肌は粘土質で、霜降山系の大岩がめり込んでいた。


真砂土採取のためにブルドーザーが削っていたのだろう。
当然ながら垂直に近い土肌状態で周辺から登るなどできそうにもない。[14:17]


また、この作業ヤードより先は回り込むような形で傾斜が急な自然の地山になっていてまったく接近もできなかった。精々、露出した山肌で地表から数メートル程度の地質を目視する程度の成果しかなかった。

この場所の形状から、位置的には目指すべき山頂はこのほぼ真上くらいの筈だ。何もブルが削った垂直壁を登ろうとすることもない。ここが作業場の先端なら、残念ながら今ざっと往復してきた作業ヤードから安泰に山頂へ登れる道はないと断言できた。

再びブルドーザーの墓場から引き返し、腐ったバケットに戻るまでの間で山頂側に少しでも容易に取り付ける場所がないか探した。
シダの生い茂る斜面にも腐ったドラム缶が転がっていた。ここなら幾分傾斜角が小さい。[14:19]


斜面にはドラム缶だけではなく古びた機械が捨て置かれているのが見えた。


タンクのようなものが付随した動力機械だ。圧搾空気を造る機械なのだろうか。


機器は平坦な台座の上に据えられていた。どうやらこの辺りまで木が殆ど生えない作業ヤードで、現役稼働時代は頻繁にこの周辺まで作業員が歩き回っていたのだろう。側面には銘板がついていた

更にここから上を目指すとなると…この中をかき分けて登って行かなければならない。
さすがに心理的に無理だ。一方踏み出せば股下辺りまで草に隠れ地面がまるで見えないのである。すぐこの先に山頂のポールでも見えているなら突撃する理由にはなるが…


諦めて引き返した。[2]地面の状態がまったく分からない場所へ踏み込み延々歩き続けるほど無謀ではない。冬眠から醒めたばかりのヘビが潜んでいるかも知れないし、四つ足獣の巣穴近くまで踏み込んでしまう可能性もある。前者なら足音の振動を察知して逃げてくれるが、後者ならそうはいかない。前方離れた場所へ居合わせた四つ足獣なら自ら走り去るだろうが、巣穴近くまで踏み込まれれば攻撃して来るだろう。

斜面を下って先のバケットのところまで戻り、再び発動機、建築ブロック倉庫…と辿りながら斜面を観察した。しかし何処も似たような状況で、山頂へ接近できそうな斜面を何処にも見出すことができないままさっきと同じ場所へたどり着いてしまった。このことにより、今まで歩いた経路をそのまま引き返すか、さもなければ何処へ行くにも今身を置いているよりも進攻が困難な藪漕ぎ以外ない「手詰まり」の状態となった。
《 再び完全に道を見失って 》
「岩郷山への登山道は一切存在しない」とまでは言えないにしても、少なくとも東側から進攻したときに山頂まで到達できる安泰な道は存在しないのは今や明白だった。
それでも現時点で未だプチ遭難状態ではない。腐ったバケット、コードの山…と逆順にたどれば管理道までは戻れる。しかし山頂を究めるのが目的なのに高度を下げて分かる場所まで戻っても仕方がない。ここまで粘ったのだから簡単に諦めたくはなかったし、むしろ今来た経路をそのまま辿って戻ることを考えたくないほどに山の奥まで踏み込んでしまっていた。

山頂の位置は明らかに腐ったブルドーザーの上だ。しかしそこからは登れないなら、逆方向の西に向かってでも高度を上げる方向へ進める場所を見つける以外ない。

建築ブロックの小屋と「ばい」の前を通り過ぎると、それより先は安泰に歩けていた管理道どころではない完全な藪だった。
足元にはシダがわさわさ生えていたが、さっきの場所よりは薄く地面が見えるため物理的な困難はない。[14:23]


肉体的な疲れはさほど感じてなかったが、心理的にはそろそろきついものがあった。山頂へ近づくために現在のある程度「分かっている」場所からまるで分からない山の中へ踏み出すのである。視界がまるで効かないことも心理的負担になった。岩郷山が禿げ山だったら、現在地から確実に山頂が見える筈だ。これが原生林状態だと、数十メートル先にあるものすらすぐには分からなくなる。

無秩序に草木が生えているから分からないだけで、実際にはまったくの自然の山野ではなく人の手が入っている形跡があちこちにみられた。藪の中に投棄された冷蔵庫のようなものを見つけた。[14:25]
近づいて撮影した画像はこちら


こんな重い物を抱えて運びはしないから、かつては四輪が入れるだけの通路があったことが推察された。
実際、冷蔵庫の前を過ぎるとごく僅かばかり草木が生えない平坦な場所を通過したが、すぐにそれは藪に変わった。

大岩が転がり出ていた場所もあったが、ここまで基本的にフラットだった。
そしてフラットな場所も遂にここまでという場所へ来た。[14:29]


ここまでブルで押土したり削ったりして機械が入れる場所を造ったのだろう。これより先は手つかずの山野になるらしく、自然の斜面になっていた。斜面にシダ類は少なく、高度を上げられそうだ。

落ち葉で覆われた斜面には転がり落ち損ねたような大岩が散乱していた。当然高度を上げる方向で進んだが、山頂に対して著しく進路を西に振っているように思われた。引き返す方向で高度を稼げる経路が欲しいのだが…

あまりに西へ移動すると結局は管理道経由と同じことになるのでは…と思った。
そして、その予想を裏付けるようなものが木々の向こうに見えた。


瞬時に「やっぱりそうなのか」と感じた次第だった。

同じ場所からズームしている。
人工的な鋼鉄製の塔の脚が見えていた。と言うことは…あれしかない。


構造物は岩郷山の西側ピークに並び立つ電波塔などの一つだ。それも見え方からして背後にまだ樹木があることから、一番低い位置にある携帯会社の岩川基地局だ。もう充分に高度を上げ山頂も間近かと思われていたのに、まだ10m以上も高低差があったわけだ。

いろいろ思うところはあったが、鉄塔群へ向かう管理道の途中へ脱出することとなった。岩川基地局手前で管理道が折り返す地点である。
記念すべき脱出の瞬間…これと同じ写真を撮ることはもうないだろう。[14:31]


出発から1時間半が経過していた。
《 結局は管理道へ 》
「何だ…結局こうだったのか」という若干の落胆と、大いなる安堵があった。ここへ出てくるなら、遠回りだろうが最初から管理道を歩いた方が距離は長くても絶対に安全である。産廃処理場を通り、偶然にも助けられて管理道を見つけ出し、山中へ捨て置かれた多くのものを見て来たというだけで、最後の方は強引な突破でここへ出てきたも同然である。1時間半かけてサバイバルゲーム擬きの山歩きをしたようなもので、登山道としてはとても使えたものでないことだけ分かった。他方、自分の位置が正確に分かっているわけでもない山中を彷徨っていたので、分かる所へ脱出できた安心感はかなり大きかった。

電波塔エリアは、ここから更に西へ向かってスロープを登り、折り返した先にある。しかしそれを辿ってしまえば初回、前回と同じこととなってしまう。電波塔のあるエリアから尾根を伝って行ける道がなさそうなことは検証済みだった。
山頂は電波塔エリアより東にあるのだから、岩川基地局から直接尾根へ登れば山頂へ向かう道に出会えるかも知れない。分かる場所まで出て来られていながら、ここより再び管理道を外れて山の中へ入ることに。

岩川基地局の横から撮影している。
ちょうど先ほどの写真において、居場所とカメラの向く方向を交換したアングルだ。


基地局横より尾根の方を見上げている。
あと10m程度高度を上げたところに空が見えていて、尾根があることが示唆された。


基地局建設で周辺が攪乱されたせいか、シダなどの下草はみられない。
明瞭な道は確認されないが、今までが酷い藪漕ぎ状態だったからこの程度の状況ならまったく困難はなかった。


低い木々をかき分けて斜面を登り詰めたところ…明白な尾根が見えた。
そして落ち葉の茶色と岩の灰色、下草や苔の緑色とは大きく異なる人工的な赤い色のあれが眼に入った。[14:33]


この勝負、もらったな…

今度こそ間違いなく山頂まで行けるという確信を抱いた瞬間だった。

(「岩郷山・第三次調査【5】」へ続く)
出典および編集追記:

1. 黒岩山の東側にある採石所跡地周辺は目標物に乏しく似たような地形が続くためプチ遭難を2度も体験している。時間は要したが最終的には自力で元の位置まで戻っていることで真の遭難とは異なる。しかしこのような想定外を数多く重ねてしまえば遭難も起こり得るのは確率の問題である。

2. タイムスタンプではここより次の場所へ移動するまでやや時間が掛かっているように見えるが、実際にはこの半分程度の時間しか要していない。
時間がかかったのは引き返す前に「キジ撃ち」をしたためであった

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