善和地区の公園

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記事作成日:2024/1/4
最終編集日:2025/6/28
ここでは善和地区の公園と題して、二俣瀬区善和内に知られている公園を掲載する。全区域を調査しているわけではないので、抜け落ちがあるかも知れない。個人的関わりが深いのは末尾の児童公園のみなので、他の公園は概略と位置図のみ載せている。
《 善和地域広場 》
中国電力善和事務所の向かいにある長方形をした敷地。


位置図。


かなり広く、よく草刈りがされている。
背後にあるのが中国電力の建物。


ベンチが数基置かれているのみである。隣接して調整池があるので、この辺り一帯を開発したときに整備したと思われる。国道490号の道路改良工事の撮影で近くに車を停めた降りに撮影している。
《 善和牛明公園 》
県道西岐波吉見線の川上と二俣瀬の境に近い住宅地の中にある。
入口の標識柱。


位置図。


宅地開発したときに併せて整備されたと思われる。かつてサンシャインリバーと呼ばれる市内初の流水プールがあったことで知られる。
字名は牛明(うしあけ)であり、由来がよく分かっていない地名の一つである。この辺りは二俣瀬地区に属していながら学校は二俣瀬小よりも川上小の方が近いため、住宅地に住む子どもたちは川上小中学校に通っている。

公園自体は狭い敷地にベンチと倉庫が置かれているのみである。


前述のサンシャインリバーの痕跡を調べる過程で住宅地道路を歩いたときに撮影している。この公園がサンシャインリバー時代からあったかどうかは不明。
《 善和児童公園 》
善和児童公園は、かつて大字善和字東吉原に存在していた児童向けの公園である。
写真は公園入口だった場所。


大体の場所をポイントした位置図。


公園には標識柱などがないため名称は暫定である。かつて善和小学校分校があった跡地で、現在は善和区会の管理地となっている。消防器庫横から公園まで細い道があったが、隣接して太陽光パネルが設置され里道部分が通行困難な状態になった。公園は全体が藪に埋もれ、いくつかあった遊具も接近して存在を確認することも困難である。
【 成り立ち 】
現在地は草が伸びるどころか樹木が入り込んで雑木林のようになっているが、元は南側斜面を一部切り崩して正方形をした公園だった。後年、ここが善和小学校の跡地だったことが判明した。明治16年に木田・山中・善和の小学校が合併したとき車地に小学校を建設し、その分教場を善和に設置したとある。[1] 明治30年に分教場が廃止されている[1]ので、その跡地に公園を造ったのかも知れない。

児童公園の南側は粘性土剥き出しの斜面で、道は公園の山側を迂回する位置にあった。この道はかつて善和宰判勘定所につながっていたと思われる。公園から直接往来する道はないので、剥き出し斜面は公園造成のとき削ったのかも知れない。

滑り台。現在も辛うじて元の形を保っている。


最新の地理院地図校区映像。2013年頃の撮影である。


昭和30年代後半の同じ場所の航空映像。


手元にある中でもっとも古いデジカメ画像。
2008年10月9日撮影。


幼少期に遊んだ善和児童公園を久し振りに訪れたときの現地レポート。2巻。
一般記事: 善和児童公園【1】
出典および編集追記:

1.「郷土二俣瀬のあゆみIII」(二俣瀬まちづくりサークル)p.3

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