面河内池【5】

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すべての踏査で当てはまることだが、帰路に要する時間は往路よりも一般的に短い。特に先が見えない往路はじっくり写真を撮るし、何処を通れば労力が少なくて済むかも考える。帰りは殆ど写真を撮らないし道なりも頭に入っている。既に日暮れも押し迫っていたこともあり、足早に来た道を戻っていた。

さて…答合わせ。

堰堤に向かう道はこのまま先を辿るのが正しいと確信できたヒントはこれだった。
藪を避けようと少し山際を進んでいる過程で古い水路の痕跡を見つけたのである。
光量不足でピントが甘くなってしまっている


水路があるということはそこに沿って農道が存在している筈だ…と考えた。そこで闇雲に藪へ突っ込むのではなく、この古い水路の痕跡から離れないように辛抱して先へ進んでみた。
酷く藪に包まれて突撃意欲を萎えさせたのは自転車を停め置いた場所から10m程度で、我慢して水路に沿って進むとその奥は意外に鮮明な道の跡が見えていたのだった。


もっとも春先を前にした今の時期でこれほど酷いから、夏場などは壮大なジャングルになるだろう。

面河内池踏査としてはこれで一応終わりなのだが…すべてが完全に終わった訳ではない。「アジトへ無事に帰宅するまでが踏査である」は常に当てはまる命題だ。

石橋のある分岐路は、山沿いをなぞるように平坦に伸びていた。


いきなりこのような道を見つければ先行きが不安だが、今や自分はあれほど酷い藪を漕いできた強者(?)だ。それからすれば目の前にあるのは「極めて歩きやすく信頼の置ける農道」である。幅は狭いがハンドル操作を誤るような石などは見あたらないので、乗って進んだ。

方向としてはこの農道は中山観音に向かっていた。まあ何処かで県道へ降りられる道があるだろう…と楽観視していた。


県道はここからも部分的に見えていて行き交う車の音も聞き取れる。しかしそこへ降りる道が見つからない。
農道は水路に沿って高度も下げず進んでいた。やがて眼下に農機具小屋や野菜畑が見えてきた。


現役の畑があるなら、かならず逆からここへ来れる道があるはずだ。変なところを通るようになるかも知れないが、県道までは安泰に出られるだろう…
日が傾くと周囲の気温は急激に下がる。山あいの地なら尚更だ。県道に出てからもアジトまで自転車漕いで数十分かかる。暗くなればライトの点かない自転車なのでゆっくりはしていられない。
この自転車では基本的に夜間走行をしない

急な斜面を駆け下りて民家の方へ伸びている農道を見つけた。
何処へ出るやらも知らないまま自転車を押し歩きした。


もしかすると…里道ではないかも知れない。
安泰な道ではあるが途中に簡易な扉が設置されている。


農道は先で大きくカーブして先に見える民家付近に降りてくるようだった。
写真では分かりづらいがその先に常盤用水路の開渠部分も見えていた。


そこで自転車に跨り転がり降りるように農道を進んだのだが…
写真は割愛…と言うか撮影していないが、農道は民家の横ではなくモロに庭先へ繋がっていた。この農道は里道ではなくこのお宅が畑まで行き来するために拵えた道らしかった。完全な一本道で他の何処にも出られない。
さすがに一旦自転車を降り押し歩き体勢に入った。

どうする?引き返す?

しかし今更引き返すこともできず…こんな場所で自転車を押し歩きしつつウロウロしているだけで自分はもう充分に不審者の臭いを撒き散らしていた。
庭先を通れば居間などから丸見えである。もし目撃されたなら、腹をくくって事情を話し通らせて頂こう…
そう思って堂々と自転車を押し歩きしつつ農道を進んだ矢先…

農作業に向かおうとされているお家の方と鉢合わせに…^^;
実はやや離れた場所から分かっていた。農機具小屋を出入りする姿が見えていたのだ。
農家の一日は暇ではない。田畑の仕事は年中、人の手を要する。アジトに引き籠もって一日中モバイルやPCと向き合っているニートや私とは対極的で、むしろ家の中にじっとしている方が少ない。
たまに野山に帰ると殆ど常に親戚の叔母さんは畑に出ている

さすがに自転車を押し歩きする私の姿に驚かれたようだが、踏査の基本として常にやっているように私は自分が何の目的でここへ来たのかを話した。
「すみません。中山にある溜め池の写真を撮って回っておりまして…道を辿っていたらここへ出て来てしまいました。」
そして中山観音の裏手にある溜め池の話をしてみた。
「おもぐちのことかね?」
「おもぐちって…そう読む溜め池ですか?」
そういう訳でもなく、慣用的にそのようにも呼ばれているらしかった。

私は市内にある溜め池や用水路などに興味をもち、写真を撮りつつ記事を書いていると話した。未だ名前を伺っていないその方は大変感心され、面河内池について語り始められた。
距離が近いせいか、灌漑用水の需要期などの樋門管理はこの家の方がなさっているらしかった。大雨のとき水位が急増したとき合羽を着て樋門を動かしに行ったことがあるという。
「さっき写真を撮りに行って来たんですが…道がないですね。」
「今は荒れちょるかも知れん。この辺も田を作る人が少のうなったし…道もイノシシが掘りかえしてわやにしよる。」
「中山観音のところから川が流れているんですけど、川沿いに道はないんですか?」
「ないよ。」
やはりそうだった。堰堤に行くにはさっき辿ったあの荒れ道を進むしかないらしかった。
樋門のある場所にはどうやって行けば良いか聞きそびれていた

「この池の周りには昔軍隊の射撃場があった。岸辺に標的を置いて対岸から撃つそ。命中しよったら合図の音が流れて…家まで聞こえて来よった。」
昭和の初期の話らしい。もっとも岸辺を辿っていた限りではそのような痕跡も見つけられなかった。あれでも面河内池の底には弾丸が無数に落ちているのでは…と想像を逞しくさせていた。

「この裏の入り江近くは雛壇みたいになってますが…昔の田の跡ですか?」
「ああ、あの辺は昔は全部田じゃった。」
かつては耕作面積をどんどん拡大させていたのだが、減反政策で作付け面積縮小を余儀なくされた背景があったようだ。そして話はまさに今旬の話題にも及んだ。
「今の農家は昔みたいに儲からんよ。機械修理して苗買うたりしよったら手元にゃあ残りゃあへん。んで今はTPPが話題になりよるがうちら農家はどねえなるんかって戦々恐々としとる。今の面河内池も管理するのがおらんようになったらどねえなるんかって思いよる。」
確かに…私が訪れた面河内池の堰堤は平ブロックで改修はされていたものの相当に前のことだ。あれほど酷く荒れていたなら、今では灌漑用水の需要も減っているからではと想像された。
「なくなるちゅうたら常盤用水路の隧道がある場所近くに溜め池があるのを知っちょってやろ?(指差しながら)あの2回線の送電鉄塔が見える下あたりに。あの溜め池は近々のうなるかも知れん。[1]管理する者がおらんようになって改修も大変じゃからって話が出とる。」
概ね十数分くらい立ち話をしていただろうか…
最後にこんなやり取りがあった。
「門前池には行っちゃったかね?」
「いえ…地図では確認しましたが遠いようなのでまだです。」
「これを上がったところで左に曲がると道が2つに分かれちょるところがある。」
木の棒みたいなのが横に置いてあった場所ですね。」
「そう…降りる方の道をずっと行きよったら門前池がある。行ってみちゃったらええ。」
門前池がどういう感じの溜め池なのかは尋ねなかったが、薦められるだけの池なのだろうということでちょっと気になった。

様々な情報をお土産に頂いて堂々と庭先を通り、そしてこのお宅を後にした。


何年か前、初めて常盤用水路を辿ったときにはこの水路に沿ってこのお宅の近くまで歩いたものだった。


振り返って撮影。
基本的に民家など私的案件にはカメラを向けないのだが、今回は例外中の例外だ。
一連の写真および会話は問題があればいつでも修正または削除します


私はいずれ姿を消してしまうある小さな溜め池と、門前池が気になった。
しかしそれらはまた次回の課題に持ち越すとして…今は踏査で得られた一連の写真と情報をアジトへ持ち帰り、誰もが容易に参照できる形でネットという場に提出しなければならない。とりわけ面河内池がそうするに値する溜め池であるか否かは読者および後世の閲覧者の判断に任せることとして…

この溜め池を再び訪れることがあるだろうか。
樋門のある側の堰堤が未解決になっていることがやや気にかかった。もっともそのミッション遂行のみを目的として、再びあのきつい藪漕ぎに挑みかかるには些かテンションの高まるまでの時期を要するようにも思われたのだった。
編集注記:

1. この場所にある小さな溜め池のことである。


溜め池の名前も話してくださったのだが残念ながら失念してしまった。
同じ場所を3月28日、白岩公園の第三次踏査の後に訪れている。最後の2編には一部、日のあるうちに撮影した良好な写真と差し替えている。

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