「五反田」を名称に含む鉄道構造物

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記事作成日:2025/8/3
最終編集日:2025/8/5
ここでは五反田(ごたんだ)を名称に含む鉄道構造物と題して、現地を訪れ画像採取した鉄道構造物についてまとめている。既に作成されている芝中の踏切のファイルを複写しリネームして作成された。作成している現時点で2件の物件が採取済みであり、それぞれ市内外の異なる場所にある。この記事は暫定的な合載せ記事で、将来的に鉄道物件を路線別にフォルダ分けするなどしたら別記事に分割する。
《 五反田第2踏切 》
大字末信字五反田に存在する里道の踏切である。



西側からの撮影。


踏切名を示すプレート。


諸元は以下の通り。
種別位置通行制限
1種482K426M自動車通行止め(小特を除く)
末信は厚東川の流路を付け替えた場所の一つである。最初期は現在位置より西側を流れていて、昔の川筋は古川となっている。この踏切を通る道は、河川改修以前からあった古道かも知れない。(後述する)
【 五反田第1踏切(推定) 】
五反田第2踏切は遮断機・警報器を備えた一般的な踏切だが、第1踏切は既に存在しない。しかし命名の仕方からかつて存在していたことが明白である。起点側より命名するので、第1踏切は第2踏切より北側にあったと考えられる。

周辺の昭和40年代末撮影の航空映像である。
現在の航空映像と比較すると、五反田第2踏切の北側は里山だったことが分かる。この里山の境目ある里道の踏切だったのではないかと推測される。


上記の航空映像では、現在の五反田第2踏切を通る里道が厚東川の東まで一続きになっているように見える。厚東川の流れを付け替える以前からあった里道と推測した理由だが、実際そうであるかは古地図などの客観資料に基づいた検証を要する。
《 五反田架道橋 》
山陽小野田市厚狭の市道下村線と山陽本線の立体交差部に存在する。
写真は県道側からの撮影。



厚狭駅を出た山陽本線は、西で福田隧道のある峠越えを要するため、遠くから盛土することで高低差を克服している。このため多くの立体交差部分が生じ、五反田架道橋はその一つである。隣接して通る県道舟木津布田線は厚狭架道橋(495K750M)で横断している。

真横から撮影。
袖壁がなく、延伸された通路部分を補強するために盛土の法尻あたりにポータルを持つ特異な構造である。


ポータル上部に取り付けられている銘板。
五反田拱橋という名称と共に諸元が記録されている。拱橋(きょうきょう)とはレンガ等で造られたアーチ構造を指す古い言葉である。


北側からの撮影。こちらが初期の拱橋構造部分である。
ほぼ真西を向いているので、午後から訪れると逆光で撮影に苦労する。


水路と道が通っていて、水路にコンクリート蓋を掛けることで道幅を広げている。
五反田架道橋を含むこの区間は、指定時間・曜日以外であれば普通車も通ることができる。


内部の様子。
オリジナルの部分はレンガ巻きで、複線化で延長された部分はコンクリートである。


レンガ巻き部分と後年のコンクリート施工の継ぎ目。
レンガ積みの面取り加工されていた部分が観察できる。


現在は五反田架道橋という名称で管理されている。


隣接する厚狭架道橋は両側に橋台を持ち上部に鋼材を渡す異なるタイプだが、現在では立体交差構造そのものに対して架道橋・橋りょうという名称を与えている。
《 その他の構造物 》
現在まで市内および近隣地区の鉄道物件を調べた範囲で、五反田を含む構造物はまだ見つけていない。五反田を含めて「X反田」という地名は共同開発された田を意味し、全国各地に無数に存在するため鉄道物件に限定しても他にいくらでも存在する筈である。
《 個人的関わり 》
注意以下には長文に及ぶ個人的関わりが記述されています。レイアウト保持のため既定で非表示にしています。お読みいただくには「閲覧する」ボタンを押してください。

シーズン8では別の日に厚東区立熊にある火薬庫の調査状況を伝えている。詳細は隧道どうでしょう・シーズン8で記述する予定。
出典および編集追記:

1.

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