厚東採石所跡

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現地踏査日:2012/2/16
記事公開日:2012/2/28
厚東採石所はかつて厚東川ダムの上流1km程度、小野湖の右岸側に存在していた。
近くを県道小野木田線が通っているものの、枝道を外れてかなり奥にあるので県道からはその存在を視認することはできない。
しかし上空から眺めれば、恐らく現在でも周囲の山地とは全く異なった広大な採石所跡の地形を眺めることができる。これは採石所の入口付近を中心とした航空映像である。


地図の中心点から北西にかなり広大な敷地が見られるだろう。こんな民家も何もない山地に平坦な場所があるなら、まず採石所だろうという想像がつく。航空映像は現在より10年以上の遅延があることが知られており、剥き出しの地面には至るところ緑色で塗り替えられている部分があることで、既に植物の進出が始まっているらしい。

採石所なら目立った遺構などは何も存在しないことはほぼ明らかだが、厚東川ダム周辺の航空映像を眺めるとかなり目立ち、現地がどうなっているか気になっていた。
まさかこの記事に触発されて現地を訪れる人も居ないとは思うが、現地への行き方からざっと紹介しておこう。

県道小野木田線の終点、木田交差点から小野湖の右岸に沿って進むと右岸曝気循環設備棟があり、その脇にこんな標識が見える。


道ばたにひっそりと佇む厚東採石所入口の表示板。
この存在から一帯の採石所の名称が分かったのだった。


この道を進むと入り江を大きく巻くカーブの後、かなり急な登り坂となって山手に向かう分岐に出会う。
その最高地点から砂利道が伸びている。


車での進攻が不可能と分かったので、県道横の空き地に車を停め、カメラのみポケットに入れて歩き始めた。

入口には酷く錆び付いたバリカーと簡素なロープが張られていた。路面は酷く荒れており、ここ数年と車が入ったような形跡がなさそうだ。


バリカーは単に置かれているだけだが、その背後にあるロープは固定柱に結びつけられていた。立入禁止の札などは見られず、採石所の名称や管理主体を記した何物も見つからなかった。
ロープは紐一本渡しただけで、柱の横からも出入り可能であり侵入阻止の本気度は極めて薄い。

どのみち先へ進攻したところで何もないのである。特に危険な要素はないし、敢えて採石所跡地であることを明示する必要もないから今の状態になっているのだろう。
それでもバリカーを置いて縄張りし、山歩きする人が立ち入れても車は通さない造りになっている理由はすぐ想像がつく。人里から遠く離れた広大な土地は、捨てるにも処分費がかかる廃棄物を持て余す人間にとっては恰好の処分地だからだ。トラックに積んで現地へ乗り入れ、適当な場所にバサッと投棄すればまず足がつかない。そういう不心得者だけは何としても排除したいが故に、車だけは通さないようにしてある訳だ。
私有地に面する市道柳小野宗国線の異常なほど厳しいバリケードがそうだった

最初のバリカーを過ぎると、荒れ道は大きく右へカーブしていた。カーブの外側には藪に飲み込まれたカーブミラーが立っていた。
藪しか写らないと思ったので撮影していない
それから奥地へ向かって標高を上げていた。


カメラは水平に構えている。
かなりきつい登り坂だ。地面は砂利道と言うよりは、悪天候でもトラックが泥濘にタイヤを取られないように採取された栗石を適当にばら撒いただけの作業道という感じだ。


閉鎖されて10年以上も経てば、殆どのものは自然に還るらしい。進入路にはゴミなども含めて殆ど人工物が見あたらなかった。
進入路の両側も原生林に近い藪で眺めがまったく効かない。路面のダブルトラック跡も限りなく淡くなっており、恐らく四駆でなければ走行不能だろう。


長い登り坂をこなした場所で振り返って撮影。
グレーチングらしき鉄格子が埋まり込んでいるのが見える。こういう部材ですら珍しいくらい人の手が入ったものが見つからない場所なのだ。


登り坂が終わった先に平坦な広場があった。
まさに荒野というイメージぴったりだ。


進入路はそこで広場に吸収されていた。
コブ状に張り出た平場は、何となく採石計量所や詰め所などがあったような雰囲気に思える。


この広場の中ほどに他の場所とは違ってひときわ目立つ黒い山があった。
搬出されなかった砕石だろう。


通常みられるよりも粒径の小さな砕石の一つで、俗に「ダスト」と呼ばれる種類である。
最大粒径40mm以下のものはクラッシャーランと呼ばれ、かつては構造物の基礎材の主流だった。
現在ではリサイクル促進の観点から破砕されたコンクリート殻で同様の粒径を満たすものが多用される


ダストは現在でも上下水道管の埋設時に埋め戻し材として使われている。締め固めはあまり効かないが、排水性が良いので車を乗り入れる庭先や通路にも敷かれる。[1]
更に先へ進めば見晴らしの利きそうな高い場所があったものの、得られるものがないだろう。それでなくてもここまでいい加減長く歩いたし、眺めが効かず退屈だった。大したものが無さそうなので途中で引き返そうと思いながらの進攻だった。

ダストの山に登り、そこから撮影する。
浅い沢の反対側にはここと同程度の広場があった。


沢のように低くなった場所には比較的背の高い木が進出している。その根元にはかつて使われていたらしい板材が放置されていた。


来た道を振り返って撮影。
この周辺はかつて山野で、すべて削り取って平地にしたのだろうか…


掘り取られて谷のようになった部分にはダスト等とは色の違う岩の一部が放置されていた。
商品として適さない岩質だったのだろうか。


このダストの山から360度パノラマ動画撮影してみた。
大した眺めは得られないし、風の雑音ばかりが耳障りだ^^;

[再生時間: 30秒]


如何にも幼稚だがダストの山の斜面に踏査サインを描いて撮影。
たまさかここを訪れた作業員があったら、人の訪れ得ない場所に遺された宇宙人からのサイン(?)に思えて驚愕するかも知れない?
一雨降れば儚くもかき消されるのがオチだ^^;


長居は無用だった。丹念に歩き回るには無駄に広いし、面白いものが現れそうな見込みもない。
早々に撤収する。


誰も通らないせいで砕石の道は苔に塗り替えられつつある。


黒々とした砕石の隙間を埋めるように緑色の苔が生えている。
黒と緑のコントラストが美しい。思えば採石所に入ってきて唯一、素直に綺麗だと思ってカメラを向けた撮影対象だった。
しげしげ眺めると黒一色の純粋な砂利も綺麗だなーと思ったり…


バリカーのところまで無事戻ってきた。歩いた距離は片道およそ400m程度だろうか。


かつてここに重機が行き交い、計量室を通って背中を満タン状態にされた10tダンプトラックが山を下っていた頃はどんな風景だったのだろうか。
過去にタイムスリップし、昭和49年度の航空映像[2]を眺めると、最初藪の中にカーブミラーを見つけたあの場所から真っ直ぐ進む道があったらしい。そこにはコンベアらしき機材が数ヶ所みられ、採石所らしい様相を呈している。他方、私が歩いてたどり着いたあの広場はまだ存在していない。代わりに周囲の山肌には、まるで葉脈のように見える伐採部分が尾根と谷に広がっている。
かなり奇妙な光景に見える…採石地では一般的なのだろうか
現地の様子からして、作業道を通じて破砕された石材を運び出し、あのベルトコンベアーが見える場所へ集積して粒度別に貯留していたのかも知れない。

現地は一度行けばただっ広さを眺めてほぼ完全に満足できる場所だ。あれでも丹念に敷地内を探せば何か興味深い遺構があるかも知れないが、さすがに時間と労力が惜しい。

ベルトコンベアーのあったと思われる付近を踏査するなら、コンベアを支持する基礎跡くらい遺っているかも知れない。もっともそれを目当てにわざわざ現地へ再度赴く価値は感じられない。この続編が書かれることがあるとするなら、近接した場所で何か新しい発見があった場合に限られるだろう。
出典および編集追記:

1.「Wikipedia - 砂利|砂利の種類

2.「国土画像情報閲覧システム - 厚東川ダム付近(昭和49年度)の航空映像

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