市道渡内野中線

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記事作成日:2015/5/19
最終編集日:2018/4/23
市道渡内野中線は、国道490号西梶返三差路の南側から細い道を入り、工学部通りに向かう路線である。
写真は梶返天満宮の前を通る市道神原町沼線との交差点。


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起点の標高は市街地の松浜部を除く最低地点と同等の4m程度で、梶返天満宮入り口付近で一旦標高10m程度まで登る。そこから一旦下って塚穴川住宅入り口付近で極小地点を通り、石原住宅前までは緩やかな登りとなっている。市道五三舞線の起点を過ぎると一貫した上り坂で自転車でもかなりきつい。終点の宇部高専前で最高地点に到達し標高は約30mである。
《 歴史 》
本路線の中ほどでは梶返天満宮の入口付近を通っており、街道扱いではないにしても遙か昔から人の往来があった道とされる。特に本路線で天満宮の前を通る十字路より終点方向への道は、整備した地区有力者の名より波木道路と呼ばれる時期があった。[1]この十字路は当初存在せず、昭和30年代以降に延伸されている。
天満宮より西側の参宮通りに出る区間は村才地区の人々の手によって整備され、天神道路と呼ばれていたようである。[2]ただし現在では上記のいずれの呼称も用いられていない。

整備前の道は現路線に飲み込まれているが、起点付近から梶返天満宮入口辺りまでは昔の道と推定される経路が里道として遺っている。
《 現在の状況 》
【 概要 】
全線アスファルト舗装済で分離された歩道は備わっていない。信号機や横断歩道も存在しない。本路線に接続される四輪の通行可能な道は数多くあり、その多くが認定市道となっているものの本路線以上に狭い。道路規格が通行需要に追いついていない代表的な市道で、見かけは郊外の認定市道レベルの幅しかないにもかかわらず交通量が極めて多い。起点から終点までどの方向から走っても夕刻時などは少なくとも10台以上の車と離合する。特に起点から南北道路までの区間の交通量が目立つ。
沿線の土地利用状況は殆どが一般の住宅地で、山口大学工学部や高専に近い立地からか学生向けマンションやアパートも多い。南北道路より東側には石原と東山の2つの市営住宅が存在する。集合住宅の多さは人口密度を上昇させるため、本路線の交通量の多さの原因と思われる。
【 経路 】
国道490号から分岐して狭い道に入る。この三差路は交通量の多くなった現在では特に危険な場所となっている。以下に問題点と現状分析の記述がある。
派生記事: 起点のT字路について
分岐後は暫くフラットな直線路を進み、アパートの前を過ぎると緩やかな上り坂が始まる。この辺りから地山であり、昔の道と思われる分岐路がみられる。
梶返天満宮入り口を過ぎて南北道路を横切ると一旦下り坂になる。塚穴川住宅入口がこの沢地の最低地点であり、塚穴川の元となった自然の小川が現在も流れている。石原住宅の前に差し掛かるまでに若干の上りとなり、住宅地前が本路線のうちで最も幅員が広い場所で僅かな区間にセンターラインが引かれている。そこから次第に勾配のきつい上り坂となる。特に坂のきつい区間は両側が石垣となっていて軽四同士でも離合が困難である。
常盤台の丘陵部を登り切ると工学部通りへ斜めに接続される形で終点となる。

全区間を通じてセンターラインを有し余裕をもって離合できるのは石原市営住宅前付近の僅かであり、殆どは普通車が充分に速度を落とさなければ安全に離合できない幅員である。一部区間は軽四でも離合不可能で前方からの車を察知した場合は路外へ避けなければ離合できない。道路沿いの私有地まで入り込み離合する事例もある。畑地との段差がある場所にはかつてガードレールが設置されていたらしく削孔の痕跡があるが、心理的圧迫感を与えることと幅員確保を優先させたからか早い時期に撤去された模様。

学童の登下校路であり、危険に晒されることから2013年に起点から向かって左側にグリーンベルトが設置された。朝の登校時間帯は参宮通りからの進行が制限されているが、下校時は規制がないため歩行者・自転車・車が入り交じって危険な状態となっている。学童の安全を守るため下校時には地区道の交差部など危険が予測される場所に地域住民が立哨を行っている。

高専付近と東琴芝付近の相互交通には沼交差点を経由しない分だけ物理的には近道となる。しかし以上のような狭さとその割に交通量が多く何度も離合を迫られることから、純粋な通り抜け目的のドライバーは皆無である。
《 個人的関わり 》
注意以下には長文に及ぶ個人的関わりが記述されています。レイアウト保持のため既定で非表示にしています。お読みいただくには「閲覧する」ボタンを押してください。

《 Googleストリートビュー 》
幅の狭い市道であるが全線映像採取されている。

《 近年の変化 》
前述のように本路線はそのまま自分にとっても生活道路であったため、西梶返2丁目に住んでいた2008〜2018年にわたって本路線沿いの主要な変化の多くを把握している。

・2013年8月中旬に起点から石原住宅付近まで登下校の児童の安全をはかるためにグリーンベルトがペイントされた。以下の派生記事に写真付きで解説している。
派生記事: グリーンベルトのペイントについて
・2016年に入ると旺盛な住宅需要からか、本路線の沿線にあった古い民家2ヶ所が解き退かれ更地になった。国道190号バイパスの絡みもあり、このまま将来の道路敷として買い上げられるのかとも思われたが、現地には管理元として不動産会社の札が立っている。いずれもまだ更地のままである。(2016/8/15)

・同年中の時期は不明だが、本路線に面して設置されていた塚穴川住宅を案内する標識が撤去されている。地元管理の塚穴川公園の公園標識はそのままである。

・同年10月末より本路線に隣接する元宇部卓球跡地で地盤調査が行われている。社有地に新たな建築物が計画されているが、浜バイパスが延伸された折には道路敷にかかると思われる。宅地関連では、前述の解体されて更地になった民家のうち天満宮に近い側の敷地に家が建ち始めた一方、新たに本路線の地山開始地点にあった民家が数日かけて解き除けられた。(2016/10/31)

・2017年6月より元宇部卓球跡地で建築基礎工事が始まった。建設に先立ち敷地の周囲にH鋼が打ち込まれている。恒久的な建物を建設するのは確実である。このとき跡地に近い本路線沿いの空き地に民家の新築工事が進められていた。展示会場に居合わせた担当者に尋ねたところ、会社のオフィスが建つという。都市計画道路にかかるのではという話を持ち出したところ、担当者もその件について熟知はしていたが、源山墓地問題の解決の目処がたたず都市計画道路は潰えたも同然という認識のようである。現に都市計画道路の則貞側接続地点でも道路敷にかかる領域で広大な宅地造成が進められている。(2017/6/22)

・同年8月下旬に本路線の参宮通り接続部歩道に点字ブロックが新規設置されている。


・同年9月中旬頃より本路線の終点側から順次老朽化した塚穴幹線の一部電信柱の更新作業が進められた。


・2018年1月中旬頃より本路線の終点側のマンホール蓋更新作業と舗装工事により一時通行止めとなった。


・同年3月末をもって生活拠点を変更したため、本路線の継続観察を終了している。
【 予測される変化 】
浜バイパス(市道北琴芝鍋倉町線)は最終的に国道190号則貞4丁目付近まで延伸される計画となっている。この方針によりバイパス計画上の建物は一部が解き退かれ更地になっている。このバイパスが全線完成するのは相当先のことになるのは明らかだが、その場合には本路線の一部区間が影響を受ける。しかし前項に述べたように都市計画道路の予定線上に鉄骨造りの事務所が完成しており、本路線沿いの民家もセットバック無しに新築されているので、バイパスを含めてこの近辺の道路状況が変わることはないだろう。
出典および編集追記:

1.「琴芝小学校 三十周年記念誌」p.29

2.「琴芝ガイドマップ」による。なお、冒頭の写真にある十字路の相方の道は梶返南北道路とも呼ばれていた。
起点から終点までの全線にわたる詳細な道路レポート。全2巻(予定)
連載記事: 市道渡内野中線【1】
本路線の名称に現れる渡内という地名について。
派生記事: 渡内について

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