市道まかよ線

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現地踏査日:2012/4/8
記事編集日:2015/1/8
路線名以外これといった特徴もないこの市道レポートを観に来られた方は、恐らく誘導元の市道まかよ山門線から寄り道されたことと思う。
実際、この路線には恐らく名称以外特筆すべきものはない。このたび市道まかよ山門線の記事を整備するにあたって写真を撮り直すために再度自転車で走破した。その折りに経路が判明したこの市道も合わせて撮影したのである。

Yahoo!地図で起点をポイントするとこの場所になる。


ポイントされている位置から想像つく通り、この市道は誘導元である市道まかよ山門線の途中から分岐している。
サクッと走って撮影してきた。

市道まかよ山門線の分岐点。左側に入る道が本路線である。[2015/1/8]


起点を撮影。
市道まかよ山門線と同様、午前7〜8時半には一方通行規制となる。
分岐する道ながら幅は市道まかよ山門線とほぼ同じくらいである。


民家を前に若干右へ折れ、幅員も狭まり軽い登り坂になっていた。
実はここで既に終点が見えている。


最初に出会った十字路でこの市道は終点となる。
前方にはまだ道が続いており、地図によればそのまま国道にも出ることができるらしいが、認定市道ではなく地区道のようだ。


ここで終点としてぶつかるのは市道中村寺の前線である。
先に袂を分かった市道まかよ山門線との交差点がここからも見えている。


終点から振り返って撮影。
ここで交わることになる市道中村寺の前線も同様の時間帯つき一方通行規制となっている。


市道の経路をルートラボで再現している。


写真を撮るのは元より、私にとっては本当に生まれて初めて通った市道だ。

市道の番号として849番が与えられており、これは分岐元となる市道まかよ山門線の834番に近い数字である。他方、同じ「まかよ」の名称を含む市道まかよ小串線は495番であり、400番台はこの近辺にある古くからの市道の番号である。これは市道まかよ山門線および市道まかよ線は時代が下って造られた比較的新しい道ということを示している。
昭和49年度の航空映像で確認するとまだ一連の市道が存在していないことが分かる

【路線データ】

名称市道まかよ線
路線番号849
起点市道まかよ山門線・交点
終点市道中村寺の前線・交点
延長約70m
通行制限大型車は到達不可能。
備考

延長など各データの正確性は保証できません。参考資料とお考えください
市道としてはこれだけだが、写真も記事量も少なすぎるので関連する追加データをここに書いておくことにする。
《 まかよについて 》
初めて市道まかよ山門線を自転車で走ったのは今から3年前のことで、市道路河川管理課で閲覧した地図に書き込まれた路線名に含まれる「まかよ」が何か興味を覚えたのがきっかけだった。市道の道中に何か手がかりになるものがあるかも知れないと考えてのことだった。

しかし何も得られなかった後でどうも小字ではないかと推測し、郷土資料館へ調べに行った。当時は地名の由来はもちろん小字というものの存在自体について知見が殆どなかった。
そして閲覧した宇部市内小字全図によって「まかよ」の正体が判明したのだった。
「まかよ」という小字が存在していた。
これは現在の地図に重ね書きされた地図である。
上宇部連絡所(現在の上宇部9区の自治会館がある場所)近辺を含めて「まかよ」になるらしい…


小字の境界線は現在の丁目による区分とはかなり異なっている。小字「まかよ」は概ね沼一丁目付近になるものの、南北道路と呼ばれていた現在の国道490号にも跨っており、現在の沼と中村の両方が含まれるらしい。
「まかよ」の他にも「なめら」という平かなの小字があり、他にも現在では地名として遺っておらず、由来も容易に分かりそうにない小字が沢山観測された。
…と言うか地図に掲載された小字の殆どが現在は失われているも同然

同じく郷土資料館で閲覧したうち、別にあったモノクロの小字のみを記した地図である。
制作年代は分からなかったが、この地図では「マカヨ」と片仮名表記されていた。
カタカナで「まかよ」と書かれるとマヨネーズを連想してしまう…^^;


郷土資料館にある地図現物を持ち出すことはできなかったが、デジカメで写真するのは問題なかった。最初のうちは分割してデジカメで撮影したが、とても間拍子あわずコピーを取ることができないか尋ねた。幸いにも郷土資料館の好意で小字全図のうち今後よく参照すると思われる市街部の2種類のコピーを提供して頂けた。小字全図は他にも西岐波や厚東区などがあったが、お手を煩わせることになるのでその時は見送った。
3年経って早くも分割コピーされた紙の劣化が始まっている…早くデジタル処理しないと…
その後図書館で借りた地名考や小字に関する書籍を読んだので、今では当時よりはもう少し信頼のおけそうな情報を提供できる。

小字のように古い地名に関する表記には、しばしば揺らぎが生じる。その由来を考えるとき重要なのは地名の読みと言うか発音であり、漢字や平かなでどう表記するかはあまり問題にならない。葦(あし)を「よし」に言い換えたり、同じ読みでも縁起の良い別の漢字を借りて表記することが歴史的にも行われてきたからだ。

地名を与えるのは言うまでもなく地域や場所を特定しやすくするためである。高い山や深い谷のような特徴的な地形を持つ場所では、地勢がそのまま地名に反映される。他方、それほど地勢に特徴のない地域ではその場所が他と区別できれば足りるので、数字や記号の列挙だったり、符号的で現在では意味が分からない・意味を持たない名称の小字が生み出される。
広大な干拓地に見られる「一の割」「二の割」などが代表的
小字「まかよ」は、それに近い現代用語がまったく連想されないことから、こうした符号的な小字の一つではないかと推測される。

地名の由来は、古くからの言い伝えがかなり真実に近い答えを持っている場合もあるが、実際には附会(後世による帳尻合わせ及びこじつけ)もかなり多く、人が実際に居住を始めてよほど歴史が浅い地でない限り、その地名の由来について完全に正しい回答を得ることは不可能と言える。
現在私たちが手にする小字地図は昭和中期以前に作成されたものであり、作成者は当時既に人々によって使われていたり伝承されている情報をまとめている。しかしそこに暮らす人々は小字を常習的に使っていても、その由来については恐らく「親父・祖父の代からそうだった」と言うだろう。仮にタイムマシンで過去に遡り、昔の居住者に聞き取り調査が出来たにしても、彼らは「自分を産んだ母や祖父がそう言っていた」と語るだけだろう。

結局、いつから人がそこで暮らし始めたか分からない土地における地名は、人々が寄り集まり暮らし始めたのと同時に自然発生したと考えるのが妥当で、推測以上の答えを引き出せないと思われる。

いずれ小字全般に関する記事を書くことになるだろうが、憶測あるいは妄想を産む「まかよ」は、私がデジカメ片手に市道を走り回るようになる以前からその名前に興味を持ち、調査に乗り出すことになった嚆矢となる小字であった。

読者からの情報によると、まかよの由来は「馬通い」ではないかとの指摘がされている。[1]また、上宇部小学校の記念誌にはまかよ炭鉱に関する記述があり、当時既に平かな表記されていたことが窺える。
市道名以外でこの小字が現れるものとして、まかよ下水道幹線がある。[2]
出典および編集追記:

1.「西梶返自治会だより」12号(昭和61年11月1日発行)の「梶返の小字」による。

2.「汚水(東部・西部処理区)」宇部市上下水道局による。
まかよ汚水幹線の記載がみられる

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