市道島線

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現地撮影日:2013/10/1
記事公開日:2013/10/6
「しません。」
唐突に路線名だけを唱えると、思わず「えっ?何を?」とツッコミを入れたくなってしまう。しかしこれが今から向かおうとする認定市道の名称だ。

島地区を通る市道だから島線。何らおかしいことはないのだが、認定市道一覧を作るにあたって市道路河川管理課に出向いて地図を参照し、名称と経路を淡々とメモしたとき最初に頭に浮かんだのは、精々そんな親父ギャグ的な連想に過ぎなかった。

等高線が現れる国土地理院の地図だと、島という地名の成り立ちが推測されるだろう。
この辺りの詳細を派生記事に仕立てておいた。
派生記事: 島について
市道は島状の丘陵部へ真っ直ぐ登り、そして左へ折れて再び降りている。 地図中では”車ヲ遠サザル道”として破線で表記されているが、実際は狭いながらも市道区間については車で通り抜けることができる。
右へ曲がる側の破線部分は車は通り抜けられない

さて、市道の起点をポイントした地図を載せる。


市街地向けのこの地図では建物の位置関係や生活道路まで細かく分かって便利だが、地勢は分かりづらい。大通りから北進し、突き当たりで左へ曲がって再度別の大通りへ出て来る道というだけだ。高さの変動が地図に反映されず、平坦なイメージしか湧かない。
実際に現地へ行ってみることで、国土地理院の地図のような起伏を知ることになる。そして更には双方の地図でも知り得ない一種独特の景観があったのだった…

市道島線の起点である。産業道路と通称される市道小串通り鍋倉線に接している。
写真では左へ入る道が市道島線になる。


この場所は見かけ上単純な十字路になっている。しかし路線上は産業道路より北側が本路線で、宇部線を横切る南側の道路は市道島通り線となっている。

産業道路に背を向けて本路線のスタートだ。
見たところまったく何処にでもあるような普通の舗装路である。


1.5車線程度の平坦な道を進むと30km/h指定の標識が現れる。生活道路仕様の規制だ。


産業道路から100m程度進んだところで細い道に交わる。そこから先は本路線も道路幅が半分以下になるようだ。


横切る道は市道島2号線で、本路線と連番指定されている。詳細は当該路線で書こうと思うが、個人的には3年間自転車で通って高校に通った道である。
それほど頻繁に通っていながらこれから向かう道には一度も入ったことがなかった

交通量はそれほど多くはないが、この十字路は島2号線側が若干屈曲して見通しが悪いので注意が必要だ。

さて、道幅が半分以下になったその先を進めば、明らかにそれまでとは異質な道に様変わりすることを知る。
石畳の道である。


島2号線を横切った先からすぐに軽い登り坂が始まる。それも小高い丘に向かう普通の道とは異なり、妙に勾配が一定している。
そして最大の特徴は、加工された石材を敷き詰めて造られた道になっている点である。それも全面石畳道というのではなく、何故か両端部分が石材で中央部分は普通のアスファルトという構成になっている。

この石畳道について本編にそのまま述べるにはあまりにも特性が多すぎる。いろいろな角度から沢山の写真を撮っているので別途派生記事を参照されたい。
派生記事: 島の石畳道
坂道は自転車でもどうにかなる程度の勾配だ。もっとも先を急ぐ必要もなく、自転車を押し歩きしつつまずは初めて訪れるこの道をじっくりと堪能した。

石畳道の終わる場所からは地山になり、両側の民家が石積みで囲まれた敷地となる。
私がここを道路レポート向けに訪れたとき、進行方向左側の敷地は既に家が解かれて存在せず、興味深い遺構がいくつか市道からも観察できた。
本件は私的案件になるので一般公開が問題ないと判断された時点で派生記事化する


思えば島2号線を横切ってからまだ枝道に出会っていなかった。
石畳道を過ぎた先の最初の枝道は右側にあるこの道だった。


実は市道レポート向けに訪れる以前、別の場所から枝道に入り込んでいた。そこには今さっき出会った石畳道とはまた違う味の秀麗な道があった。
個人的にはその生活道の方を高く評価している

そして感じたことには、
ここにはもう一つの意味の「シマ」がある。
島と言えば通常 island を想起する。しかし周囲を水域で囲まれた領域という意味の他に、他からは独立し切り離された一つの世界や空間という比喩的意味にも用いられる。(商業用地としての島など
この周辺だけ物理的に高い位置という他にも異質な空間としての「シマ」を感じ取れるのだった。

登り勾配が若干緩やかになった先にもう一つ別の右へ分岐する道があった。


別の日に一時間半ほどかけてそれらの生活道路すべてを歩き尽くしている。しかし今それを逐一紹介すると一向に前へ進めないので、後日記事を作成した折に派生記事へのリンクを案内することとして…更に進もう。


この辺りは既に勾配が緩く、全面アスファルト舗装路だ。右側が大きく開けているが、市道の行き先はここを左折である。
右への分岐が何処へ行くかも後日の記事化をまって触れることとして、ここで90度左へ転回しよう。

車は確かに通れるが道幅はかなり狭い。
折れ点にあたる敷地は面取りされたレンガ塀になっていた。


反対側の塀は建築ブロック積みだが、路面には意味ありげなものが据えられていた。
古い花崗岩らしき石材、そして何故か路上に半ば埋め込まれた置き座のような石があった。


位置的にはこの場所は公道の筈である。取り除かれずそのまま置かれているのは、舗装される以前から意味あって据えられていたからだろう。
もちろん何の意味なのかは分からない

青空の拡がる好天なので道路レポート向けの日和と思っていたのだが、些か当てが外れた。あまりにも日差しが強すぎるために光と影のコントラストが極端で、明瞭な写真にならない。
レンガ塀をハッキリ写そうとすれば、このように日光の当たる塀が白トビしてしまった。


普通車ならどうにか一台通れる幅の道を進む。
家々が軒を連ねているが、興味深いことに塀一枚で敷地が隣接している場所はむしろ少なく、大抵は生活道路が間に挟まれている。


例えば上の電柱の後ろはこのような具合だ。
もしかすると生活道路ではなく私有地になるのかも知れない。しかしこの細い領域は確かに先へ繋がっていたのだった。


最高地点を過ぎ左折してから最も狭い場所。
ここはコンクリートレンガ塀と民家が市道一本で隔てられている。


この家を過ぎた先にも隣接する別の家屋との間に生活道路があった。
こちらは先に見たものよりも若干広く、確かに生活道路らしき匂いがする。


狭い区間はここまでだ。そこから舗装路は倍くらいの幅に拡がり、次第にモダンな感じの家並みが目立つようになる。


起点から稼いできた高度をここで一気に吐き出すように丘陵部を下る。
片側には白いガードレールが備わり、一気に現代社会へ舞い戻ったようだ。


私事なので詳細は述べないが、実はここまでは区画整理直後に仕事で訪れたことがある。周囲に家が建ち始め、ある邸宅の進入路と庭先の雨水排水整備関係の工事だった。
具体的にどの家かも当然ハッキリ覚えている

しかしそれ以外に個人的関わりを持つ地ではなく、むしろ区画整理で学生時代を含む以前の景観が一掃されて浅い想い出しかない場所だ。
こうして市道は対面交通のやや幅広な道に到達する。


市道島下条線で、産業道路と浜バイパスを連絡する道として区画整理後にできた新しい道だ。
これにて終点到着である。



振り返って撮影。
見たところ新興住宅地で普通に見られるような道路だ。この近辺も区画整理の影響を受けている筈だ。


全線のルートラボを表示しよう。
右下の再生ボタンを押すことで起点から終点へ経路を辿ることができる


市道島線を構成する石畳道やその他の区間は確かに昔ながらの道でありながら、認定市道としての歴史は浅い。島2号線や島下条線などと共に区画整理後に指定されている。[1]指定前はすべて地元管理の道だったのだろう。

本路線がたまたま認定市道であったからこのたび追跡しただけで、島には特筆に値する昔ながらの道が極めて多い。それこそ「シマ」として遺されたこの領域には区画整理の手を逃れた古い生活道路に満ちている。
先の石畳道も含めて、それらすべてが稚拙な道路工事や開発などで無き者に帰されてしまう心配はまずないだろうが、それでも少しずつ現地改変は進んでいる。既に島地区の北側は宅地造成で一部の生活道路が失われている。
私が幼少期を過ごした恩田地区の地区道すべてを復刻させようとするのと同じくらいに、それらの保存も必要とされる課題だ。

無いとは思うが、いつの日かこの認定市道も拡幅や側溝整備によって今の姿を失うのではという懸念がある。あるいは「市道島線道路改良工事」などという工事するのかしないのかツッコミを入れたくなる工事看板が設置される時が来てしまうのだろうか…
「島線よ!」とでも言っておこうか^^;
【路線データ】

名称市道島線
路線番号964
起点市道小串通り鍋倉線・交差点
終点市道島下条線・交点
延長約400m
通行制限特になし。
備考離合困難区間あり

延長など各データの正確性は保証できません。参考資料とお考えください
出典および編集追記:

1. 具体的な成立年月は分からないが、路線番号から推測される。島や下条付近にある古い認定市道では570番あたりが割り当てられている。800番以降の路線はいずれも地元管理の道が市へ帰属したり路線統廃合などで後年成立したものである。

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