島1丁目の生活道【8】

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(「島1丁目の生活道【7】」の続き)
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《 S→T区間 》
現地撮影日:2014/9/1
記事公開日:2015/1/12
2025/7/29 当時撮影の画像とテキストを補充
この区間は記事を書きかけ状態だった直後に造成工事が始まって現地の状況が大きく変わった。そのため工事が一段落した現時点において内容を書き換えている。

マップではS−T区間に道があるように記述している。この区間は造成工事以前は往来可能で、現に一度だけ通って写真も撮影している。
この区画に隣接する家屋は早くから空き屋状態となっていて一部のレンガ塀が倒れるなどの状況になっていた。2013年頃までに家が解かれた後、2014年夏頃までに更地となった。往来のなくなったS〜Tの生活道はまったく普請されなくなったせいで背の高い雑草のせいで物理的に通行不可能な状態だった。
同年の秋口にかけての造成でS〜Tとの境界にあったレンガ塀などはすべて撤去されコンクリート擁壁に置き換えられた。擁壁の工事中は立入禁止状態だったが、一連の工事が一段落した後は里道として残され一般の通行は可能なようである。

造成後にこの区間を撮影しようという初期の試みはS地点からの進攻だった。実のところそれは一連の生活道調査に着手する以前に行われていた。

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これより以下は、前のファイルのコピーと思われる画像リンクのみ置かれていてテキストは何も書かれておらず画像も選定されていなかった。写真は当時撮影したものがあるが、前掲の記述も今から10年以上前のことであり、当時感じたのと同じコメントを現在の時間軸で行うことは困難である。そこでS地点とT地点のみ一通りの変化が終わり落ち着いた時点での画像と解説を添え、区間の画像は当時のものを時系列で並べた。
【 工事後の状況 】
造成後の変化が終わった後のS地点の様子。
2019年9月の撮影。


T地点。2021年末の撮影。


以下にS地点からT地点方向に歩いて撮影している。
【 2012年3月の撮影 】




レンガ塀から石積みの塀に変わる部分。
あり合わせの石材を積んでモルタルをねぶり着けている。このタイプの塀は他の場所で見たことがなく、ここだけ近接して撮影していた。


建築ブロック塀に変わる場所から下り坂が急になった。



下り勾配がきつい部分は再びレンガ塀で、撮影時で既に傾きかけていたことから部分的に金具で補強されていた。



レンガ塀の始まる地点から振り返って撮影している。
下の道までの高低差は5mくらいあって、短い距離で落ちるような勾配だった。


同じ日にS地点の撮影は行っていない。翌年に造成工事が完了し、この区間のみが取り残された状態で撮影した画像がある。
【 2013年2月の撮影 】
下の市道から西を向いて撮影。


たまたま通り掛かったとき撮影したようで、この日の撮影はこの場所の数枚のみである。
【 2013年9月の撮影 】
S地点の撮影。


登り口にあった張り紙。
この張り紙から、このSーT区間が私有地ではなく里道であることが分かる。


【 2013年10月の撮影 】
里道の形態は保っていたが、通路部分に草が生えて通れる状況ではなかった。


通路のレンガ塀や裏側の敷地にあった高い石垣を見たのはこれが最後であった。
【 2014年5月の撮影 】
里道に面した高台部分の切り崩しが始まり通行禁止になった。


この日の撮影はこれのみである。
【 2014年6月の撮影 】
月を跨いでその3日後、現場が停まっているときを見計らって詳細な撮影を行っている。

石積みと塀を取り除いて里道の真下まで掘削したところ。
およそ想像されるように、数十センチも掘削すれば堅い岩である。


通行することができた住宅地舗装道路部分から里道の下側をズームで撮影している。
表土数十センチに有機質を含んだ土、その下に風化の進んだ粘性土があり、それより下側は水平に蛇紋岩質の岩盤が広がっていた。


2週間後の撮影。
上がり口の石積み階段の一部が崩され、里道側面下側のコンクリート擁壁が完成した。


【 2014年7月の撮影 】
7月10日の撮影。
境界部分と敷地ひな壇部分の擁壁が完成し、立ち入り禁止看板が除去された。


敷地に民家が建つまでの間、里道と周辺の景観の変化を数回撮影している。

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以上にてマップで示されるすべての生活道を網羅した。
マップに示されない島1丁目の生活道および私道と思われる部分について次編にまとめている。
次編の記事は以前より公開済み

(「島1丁目の生活道【9】」へ続く)

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