丸久

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記事作成日:2014/9/3
最終編集日:2025/6/21
丸久(まるきゅう)は、防府市に本社を置いている小売企業名である。後年、リテールパートナーズとして再出発した。丸久の事業はそのまま継承されている。
宇部市内には現在6店舗が展開されており[1]、その多くがアルクという独自のコンセプトを持った店舗となっている。写真はアルク恩田店である。
写真は改装前の店舗の写真で2014年8月29日に新装オープンしている


丸久の総括的な記述は[2]に項目がある。本編では主に宇部市内の店舗に関する知見を記述し、各店舗の個人的な関わりについては既に作成されている派生記事へのリンクを配置する。
《 共通項目 》
【 店舗 】
この記事を作成する現時点で、市内にある6店舗のうちオリジナルの丸久を名乗る店舗は藤山店だけとなった。それ以外の市内の店舗はすべて丸久の独自ブランド「アルク」の店となっている。アルクと言えば同名の英語学習サービスの社名を想起する人もあるだろうが、この名称の由来は丸久をローマ字表記したときの marukyu の部分であり、丸久の心を引き継ぎ、お客様と共に歩くという意味合いが込められているという。[3]

市内に丸久の店舗が増え始めたのは昭和50年代後半からである。それまでのスーパーと言えば個人商店を拡大した程度の店舗か、丸信宇部店のように目抜き通りに大規模な店舗を構えるかの形態に限られていた。この時期から丸久は両者の中間程度、個人商店よりはずっと大きく多くの品目を扱うコンパクトな店舗の展開を始めた。末広店、清水川店、藤山店はいずれも殆ど同じ店舗の構えで営業開始時期も近い筈である。これには中小規模店舗設立に関する規制緩和があったように思う。この流れから居住地に近い場所に丸久の店舗が出現し、身近なものとなった。個人的に丸久を利用するようになったのも同じ頃である。

扱っている商品は、一般項目[1]にも記載されている通り当初は直轄の書店もあった。現在は一般的なスーパー向けの品揃えを基本にしつつも生鮮品において強みを持つと言われる。木曜日・土曜日には野菜類を買い求める客が他の曜日よりはるかに多い。価格面ではいわゆるディスカウント系ストアに及ばないが、丸久ブランドによる信頼性が評価されている所以であろう。

【 ポイントカード 】
現在では丸久と言えばアルク、そしてポイントカードを連想するのだが、初期は他のスーパーと同様に買い物金額に応じたチケットを発行していた。このチケットはかつて則貞にあったスーパー白鳥と同じだった。[2]その後いつだったかは分からないが現在のカードシステムに移行した。

私が知る限り丸久は買い物の金額に応じてカードにポイントが磁気記録され、一定額に到達したら金券が発行されるシステムを確立した市内で最初のスーパーだった。既にあった多くのスーパーがスタンプの交付を行っていたが、レジで台紙をもらっておく必要があったしスタンプを貼る作業が面倒だった。忘れずにカードを持参して買い物する必要があるものの、知らないうちにどんどんポイントが貯まり金券として使えるのでお得感があった。カードの作成は無料で、ポイントを貯める目的だけなら未成年でも作成できた。それで私はすぐに自分専用のポイントカードを作成し、買い物でレジを通るとき提示した。レシートには現在のポイント高が印字された。500ポイントを越えると専用のチケットが印刷され、レジ係は500ポイントの数字を囲むように長方形を波立たせた形の赤いゴム印を押して客に渡していた。これは次回の買い物で金券代わりに使用できるので、かなりのお得感を醸し出した。
現在のアルクでも同様である…いち早くポイントカードを導入した丸久が成長した遠因かも知れない

これは当時丸久末広店で作ったカードで、紛れもなく初代のデザインである。ナンバーを刻印した部分が強度的に弱いせいかひびが入り、真っ二つに割れてしまったので粘着テープで何度も補強している。
ローン機能は付属しないので番号を知られてもどうということはない


カードの裏面。本社の住所が違うし郵便番号が旧タイプである。


別に驚くべきことでもないのだが、アルクへ買い物に行くときは現在もこのカードを使っている。この記事を書く前に夕食を買い出しに行ったのだが、そのときもこのカードを財布に入れて行った。
この”初代カード”で今も買い物している人はかなり少ないと思う。もっともこのカードを出したところで別にレジ係の人は驚嘆したりはしない。[4]

このカードは2017年頃だと思われるが、気がつかないうちに行方不明になってしまっている。チャージ制がスタートしたとき手持ちのカードを登録しようとして紛失に気付いた。やむなく新規にカードを作って現在はそちらへチャージしポイントを貯めている。古いカードに蓄積されたポイントは無効にはならないとのことだが、いつ何処で無くなったものやらも分からず、再発見は絶望視されている。

チャージ制へ移行した理由は、既にマックスバリュで同種のカードを作っていて利便性を知っていたこと、カード払いすれば今まで通りのポイントが得られるが、現金支払いだと従来の半分になってしまうことに依る。即ちチャージ制以前は100円で1ポイント付与されていたが、チャージ制になってからは現金支払いでは200円に1ポイント、カード払いでは100円に1ポイントに変更されている。500ポイント貯まった都度500円の金券が発行されるのは従来通りである。
【 店内放送 】
スーパーがイメージソングを持つようになったのは昭和後期からである。それ以前からの老舗はイメージソングが存在しないか、あってもそれほど企業戦略の一つとしては用いられていなかった。丸久店舗で買い物すると何種かのBGMが流れていることに気付く。そのうち昭和期に作詞作曲された極めて音楽性の高い「この街が好き」が恐らく最も知名度が高い。丸久との付き合いが長い方ならまず何かを思い起こさせてくれる曲だろう。
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[再生時間: 2分52秒]


この曲は学生時代、アルバイト帰りに末広店へ寄って買い物するときにもっともよく耳にした。当時の状況を思い起こすこともさることながら、歌詞や曲の旋律、歌い手の声質など組み合わせが完璧で極めて音楽性が高い。これ以外の演奏法や楽器、声や歌詞など有り得ない。丸久の企業名を歌い込む部分は僅かで、内容的には完全に郷土愛のテーマソングである。話を更に拡大させれば、昭和期の作詞作曲家はこれほどまでに層が厚く、スーパーのイメージソングなどと軽々しく考えられがちながらこれほどまでに完成度の高い曲を作ることができる人々の存在が多かったと言える。
これは間接的に現代において心に響く曲の出現が極めて少ない現実を嘆くものでもある

もしかするとネット等の口コミで静かに浸透しているのか、最近アルク店舗で「この街が好き」を頻繁にBGMとして取り入れるようになった。少なくともここ2年くらい前からのことである。本社が県内にある企業であるが故に、買い物客など一般庶民の目が都心部から我が郷土の足元を見つめ直す風潮を感じ取った結果のように思えてならない。郷土愛と言えば仰々しいが、何から始めるべきかと問われれば、自分および自分の足元や近くにあるものを慈しむことにある。端的に言って、自分の居る街を好きになることと言える。商品価格面に於いて最安値の店舗ではなくとも、企業としての信頼性や置き去りにしてしまった昭和の風潮を拾い直し今に伝え直すという、その姿勢だけでも大いに評価されるべきと言えるだろう。

このイメージソングはアルク店舗に変遷してからは殆ど流されなくなったが、2014年の始め頃には店舗によっては積極的に取り入れる動きがみられた。しかしこの記事を制作する2014年8月においては再びまったく流れなくなっている。しかしリテールパートナーズと社名変更した後も2016年頃までアルク琴芝店の店内でBGMが流れるのを耳にしている。

これに代わって2017年頃より増え始めたのは、店内の目玉商品案内と次期イメージソングである。商品案内は「マルキュウ・グルメインショメーション」と題してマルカカードの登録推奨やお得な買い物方法の案内、毎週月曜日に開催される5%割引の案内などをディスクジョッキー風の2人の掛け合いで流す物である。これとは独立して昭和時代から日本の原風景と生活を再現するノスタルジックな歌「家族の歌」が流れるようになった。前述の「この街が好き」ほどの音楽性はないが、スローテンポな中で昔懐かしい風景が歌い込まれていて今の時代に即しているとも言える。重複して両方のイメージソングが流れたことはなく「この街が好き」が流れることはもうないものと思われる。
【 その他のサービス 】
数年前に丸久は宇部市役所と情報関連で提携している。この提携に基づいて市内の全アルク店舗で広報うべを受け取れるようになった。アパート時代は利用していなかったが、ネットでの閲覧は見逃しが起こりがちであることから2018年7月号から店舗で持ち帰り始めた。アルク琴芝店では向かって左側出入口に置かれている。
《 現在営業中の店舗 》
以下、市内にある丸久およびアルクの店舗を記載する。
アルク琴芝店
居住地より一番近い店舗で、もっとも多く利用している。記述項目が多いので派生記事としている。詳細はリンク先を参照。
【 アルク恩田店 】
丸信恩田店の承継店舗で、第2宇部ボウル時代の建物や倉庫などをそのまま使用していた。丸久に譲渡されたのは恩田を去った後なので、野山時代の利用回数は少ない。建物の老朽化からこの店舗は2014年はじめに一旦閉店し、同年8月28日に改装オープンした。旧来の建物の取り壊しや建築途中の様子は逐一撮影されている。
詳細は派生記事として記述している。(一部は限定公開記事)
【 アルク厚南店 】
市道岩鼻中野開作線の終点手前に存在する店舗で、市内にあるアルク店舗のうちでもっとも新しい。2018年3月末をもって閉店した丸久藤山店の後継的店舗としてオープンした。
【 アルク南浜店 】
アルク南浜店は南浜町2丁目に存在する店舗である。
2014年の夏に開催されたチキンラーメン試食会で訪れたのが最初で写真はそのときの映像。
写真は8月に開催されたチキンラーメンの試食会で訪れたときの撮影


店舗は琴芝店よりも若干広い。特に正面から向かって右側入口から入ったときの右奥が拡がる設計になっている。トイレも右側奥にあり、買い物途中でトイレに行くときカゴを置く専用台が置かれている。向かって左側にプランセスのパンが並べられている。
【 アルク浜田店 】
国道190号床波バイパス沿いにある。市内の店舗で唯一、屋上駐車場を有している。敷地が手狭で店舗前の駐車スペースが少なく、駐車できることが少ない。屋上駐車場と1階の店内との往来にエレベーターが設置されている。
《 かつて存在した店舗 》
以下、既に存在しない市内の丸久関連の店舗を記述する。

この総括記事の最終編集日現在において、市内すべての丸久店舗がアルクに転換されている。山陽小野田市まで範囲を拡げれば丸久厚狭店が最寄りの丸久店舗である。県内ではピクロス・サンマートという関連店舗があるが近隣地域には存在しない。
丸久末広店
市道恩田八王子線沿いの上中堀に存在した店舗で、丸久のを個人的に利用し始めた嚆矢ともいえる小規模店舗だった。
建物はそのまま協立在宅介護総合センターとして営業しているので、当時の店舗デザインなどが観察できる。
【 丸久清水川店 】
清水川交差点の北東側、現在の回転寿司や宮脇書店のある敷地に存在していた。店舗のスタイルは丸久末広店とまったく同じで、商品の陳列棚配置が同店とちょうど鏡面対称状態であった。
建物は現在の書店などに置き換わる際に完全に撤去され存在しない。
【 Let's 09 】
Let's 09(オーナイン)は中央町の三差路にかつて存在していた象徴的店舗である。この場所の建物は途中でダイエーとの同居状態時代などテナントが幾度か変動したが、最後に同じ建物で営業していたのが Let's 09であった。現在のアルクとは異なり他品目を取り扱うデパートであり、当時市街地型店舗としてセントラル大和などと競い合う存在だった。
開店時期はいつか分からない。最盛期にはLet's 09そのものが丸久の代名詞の如くポピュラーな存在となった。オーナインは「丸久」を数字化して更に別読みを与えたものであり、本店舗のみの存在だった。市外では小野田サンパークにも併設されていたかも知れない。

閉店の理由は分かっていないが、広い駐車場を持つ郊外型大規模店舗が台頭し始めた時期であり、駐車場が狭い市街地の相対的ハンディキャップによるものと思われる。建物はダイエー時代なども含めて補修による継承利用状態だったせいか老朽化のため撤退後に取り壊され一旦更地になった。常盤通りを走る車からはもっとも長時間真正面に見ることができる建物で、屋上に設置されていたペプシの電光広告を知る人は多い。宇部市街地における一つの顔であり、店舗の解体撤収は街の顔が失われるに等しい出来事として受け止められた。現在は跡地にJoyfull中央店を始めとするいくつかの店舗および駐車場となっている。

個人的関わりとしては買い物へ行った記憶はそれほど多くはない。他品目取りそろえるデパートである故に中学生時代は自転車で市街地へ出かけ店舗内をウィンドウショッピングすることが多かった。1階にはいくつかの専門店が入っており、丸久直営の書店があった。特に品揃えが厚いという感じはなかったが、この書店で偶然見つけた一冊の数学の娯楽的書籍はその後のレクリエーション数学において大きな影響を与えた。

ダイエーとの確執は当時かなり大きな事件として受け止められた。しかし今となっては詳細は覚えていない。重要度は高い事件であったが、その当時は市外へ出ていたこともあってLet's 09店舗での買い物は元より市内で起きた事件の変遷も疎かったからと思う。

3階ないしは4階の男子トイレにおいて飛び降りか何かの自殺事件があったことが耳に入っている。[要出典]その後暫く親からは買い物へ行かないように諭された。Let's 09閉店後は建物すべてが取り壊されて一旦更地にされた後、Joyfull中央店、どんどん(うどん)、ドラッグストアなどの小中規模店舗が複数入り残りのスペースは駐車場となった。

2018年にはこのエリアにあったすべての店舗が営業終了したり店舗を移転し、再びすべての建物が取り壊され更地になった。これには土地オーナーの契約期間満了が契機と考えられている。跡地には山口スバルの営業店舗が2019年に完成し現在営業中。
【 丸久藤山店 】
項目記述日:2018/7/21
市道藤曲厚東川線(旧国道190号)のJR平原踏切横に存在した。前述の末広店や清水川店と同時期の建設だったかも知れない。宇部市内に存在する最後の丸久ブランドのままの店舗であったが、2018年6月30日正午をもって営業を終了した。閉店にあたっては買い物客には厚東川を渡った先にあるアルク厚南店への買い物が案内されていた。営業終了後ただちに店舗は取り壊されて更地になった後すぐにファミリーマートが建設された。

市内に元から存在しなかった店舗だが、大規模店舗以前の丸久直営の店として、コンビニエンスストアの「パコール」が知られる。この店舗は昭和60年代に登場し、山口市平川に丸久平川店から近い場所にあった。まだ山口市内にはもちろん県下にセブンイレブンやローソンといった大手コンビニエンスストアが出店していなかった時代だった。午前2〜3時まで開いており、物珍しさもあってわざわざ夜中に買い物に行っている。

丸久平川店と共に学生時代何度も利用したものの、宇部市内にはパコールが展開されないうちに丸久はコンビニエンス事業から撤退している。したがってキーワードすら聞いたことがないという市民が殆どである。
《 個人的関わり 》
丸久での買い物機会が増えたのは、昭和後期の小中規模店舗が増え始めた時期からである。当時住んでいた恩田から自転車数分の末広町に丸久末広店が造られ、続いて清水川交差点に清水川店が開設された。特に末広店は小野田市へのアルバイトで利用していた宇部岬駅からの往来途中にあるために夜暗くなってからの利用が多かった。昭和後期までのスーパーは午後6時には閉店するものが殆どで、遅くまで開いているスーパーは魅力的だった。

丸久に勤めている知り合いおよび利害関係のある人は居ない。東証一部に株式公開していて買い物優待券がつく株主優待制度を実施している[5]ので、株主になることを検討したこともあった。
出典および編集追記:

1.「店舗一覧|株式会社丸久

2.「Wikipedia - 丸久

3.「アルクの特徴

4. シールが剥がれ割れかけたカードを見てレジの方から「年季の入ったカードですね」と感心されたことがある。しかしカードを作り直しましょうかと言われたことは一度もない。割れているのをテープを貼って今も使っている位だからそういう買い物客だと理解して頂けているのだろう…

5.「(株)丸久:株主優待」による。

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