《 節分祭 》
これを引き受けることは市内いくつかの神社で行っていて中津瀬神社特有ではない。しかし中津瀬神社ではお焚き上げに付随して豆茶の接待とねじり飴のくじが行われることで認知度を高めている。【 お焚き上げ 】
正月用品を飾り付け、幕の内が過ぎて取り外した後で節分に合わせて燃やす行事である。全国的に行われていて、この辺りではどんど焼きと言うことが多い。[1]中津瀬神社に限らず地域の中核となる神社で行われている。写真は2019年実施時の撮影。
以前は境内の中央に縄張りし、各自が紙袋などに入れて持参した正月飾りを自己責任で投入していた。安全上の問題により、現在では係員に手渡して火勢を見ながら燃やす方式に変更されている。
【 豆茶の接待 】
大豆を煎ったものを煮出して作ったお茶で、この近辺では中津瀬神社特有である。軽い塩味が利いて煎った大豆の香ばしさが独特で、節分ドリンクと言っていいほどの認知度がある。その場で飲む分は無料で、ボトルに詰められたものが別途販売されている。
【 豆撒き 】
境内に櫓を組み、その上から年男・年女が豆を撒くこれも全国的な儀式である。豆だけでなく子ども向けのお菓子が撒かれることもある。
豆をそのまま撒くと後始末が大変であり、片付け残すとネズミの餌などになってしまうため、現在では小袋に入れられた状態で撒かれる。
中身は単純に大豆を煎っただけのもので、現代風に言えば素焼きアーモンドならぬ素焼き大豆と言える。しかし長く噛んでいると少しずつ旨味が出てくる。普段は食べなくても節分のときは年齢の数に関係なく食べる人は多いだろう。
【 福飴 】
新天町アーケード側の鳥居付近で開催される福引きで、節分祭に併せて実施される。企画運営は中津瀬神社ではなく、宇部新天町名店街協同組合である。しかし初期には中津瀬神社の社務所でくじが販売されていた。詳細は項目に設置されたリンク先を参照。
《 春期例祭 》
新川市まつりの中核である。一般には新川市まつりが開催される日に訪れる人が最大になるが、いくつかの神事は新川市まつりを含めて3日間かけて行われている。【 御旅所祭 】
御輿と神馬が中津瀬神社を出発し、新天町アーケード街と常盤通りを経て旧新川橋に向かうものである。近年は奉納太鼓の列も加わるようになった。常盤通りは歩行者天国になってはいるものの祭りの来訪者でごった返すので、警察官数名が交通整理しつつ誘導している。
旧新川橋の中央に御輿を据えて神事が執り行われる。この場所で行うのは、最初期の中津瀬神社が現在の新川東岸にあったことに由来する。その後、一隊は更に西方へ向かった後に中津瀬神社へ戻ってくる。
かつて銀天街アーケードまで行っていたようだが、国道の交通量が多くなってからはその手前で引き返している模様。
【 狐の嫁入り 】
かつて狐の嫁入りが祭りの目玉として導入されていた。結婚を予定している市内在住カップルを公募し、人力車に乗せて白狐に扮したお付きの人たちと常盤通りを進む出し物として著名であった。この出し物は covid19 隆盛期に祭り自体が自粛された後、祭り再開時に廃止された。他地区で実施されていたイベントの導入に過ぎず、中津瀬神社に関して狐の嫁入りにまつわる由来は何もない。
中津瀬神社に限らず、近年は史実の裏付けがない儀式は行われなくなる傾向にある。この出し物が復活する可能性は薄い。ただし狐の嫁入りに伴って行われていた顔ペイントは子どもたちを中心に人気を博しており、covid19 以降は狐ペイントだけでなくさまざまな顔メークを有償で行う出店が現れる形で継承されている。
《 秋季例祭 》
11月3日に開催される。11月1日が宇部市制施行の日であり、かつて炭都祭と呼ばれていた流れを受け継いでいる。【 石炭餅 】
境内で餅搗きが行われる。この餅の特徴は外観が黒いことである。これは石炭の色を象徴しており、黒色は竹炭の粉末によって再現されていた。
黒々とした石炭餅は山口ケーブルビジョン「にんげんのGO!」2018年を振り返るで紹介されている。
なお、最終編集日現在では石炭餅の黒色は(食感上の問題から竹炭粉末ではなく食品添加物の粉末に置き換えられた。
《 個人的関わり 》
幼少期と現代において関わりが多い。以下、時系列に沿って記述する。![]() | 以下には長文に及ぶ個人的関わりが記述されています。レイアウト保持のため既定で非表示にしています。お読みいただくには「閲覧する」ボタンを押してください。 |
【 近年の関わり 】
御焚きあげは恩田を後にしてからは琴崎八幡宮へ行くようになった。かつては市街地近辺での御焚きあげは中津瀬神社に限っていたように思われるが、後年になると節分まで正月飾りを保持するのではなく幕の内が明けてからすぐ行うようになった。したがって水神様との関わりも恩田まででその後一旦途絶えた。水神様の祭りからは離れるが、中津瀬神社には新川祭りにおいて訪れるようになった。毎年、新川まつりでは狐の嫁入り行列が披露される。行列は常盤通りを進んで最後に中津瀬神社前に戻ってきて祝言を挙げる流れとなっている。これに合わせて狐の嫁入りメークなるものが境内で行われる。数年前より祭りを観に行くようになってからは必ずここでメークしてもらうようになった。新川まつりについては後続の項目を参照。
出典および編集追記:
1. Wikipedia ではどんど焼きの項目が左義長(さぎちょう)
に転送されるが、地元では左義長と言っても絶対に通じないので注意が必要である。私自身、こんな言葉でどんど焼きを表現したことはないし誰の口からもその語を使うのを聞いたことがない。左義長が標準語として浸透しているとも思えず、この項目で掲載されていることに強い違和感を覚える。
1. Wikipedia ではどんど焼きの項目が左義長(さぎちょう)
に転送されるが、地元では左義長と言っても絶対に通じないので注意が必要である。私自身、こんな言葉でどんど焼きを表現したことはないし誰の口からもその語を使うのを聞いたことがない。左義長が標準語として浸透しているとも思えず、この項目で掲載されていることに強い違和感を覚える。