2023年晩夏の異変

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記事作成日:2023/9/17
最終編集日:2023/10/3
ここでは2023年晩夏の異変と題して、9月中旬に起きた体調不良についてまとめている。日を追って状況が変化しそのまま原因解明にもつながるので、大項目は当時の日付を示している。
《 9月12日 》
恐らくこの日の午後に局長が東京から戻ってきた。明日水曜日は小羽山すくすく教室で局長枠が予定されていて、本来はデュオの関係者を招いてホンモノの音楽を子どもたちに聴かせる予定だったのだが、関係者が covid19 で陽性となってしまった。そこで代替案として何をするか相談を受けていた。

このときは何も知らず局長宅へ午後9時頃出向き、花いちもんめの小羽山バージョンを子どもたちに教えようということで一旦は決まりかけていた。そして午後11時を過ぎて帰宅した。
《 9月13日 》
午前中に局長から連絡があり、どうも熱っぽいので医者にかかったところ covid19 陽性判定されてしまったと明かした。東京からの帰りの機内で隣接する席の乗客が無配慮にもマスクをせず何度も激しく咳き込んでいたという。そこで移されたことがほぼ確実で、今日は小学校に行けないので昨日取り決めたプログラムの実施をお願いしたいと言われた。また、室内で2時間あまり局長と過ごしており、飛沫感染しているかも知れないと言われた。

この時点で私にはまったく何の症状もなかったが、感染から重篤な症状が顕在化するまで2〜3日を要するとのこと。今までのことがあったので多分大丈夫だろうと思っていた。
【 午後1時の状況 】
私一人ではプログラムを遂行できる自身がなくどうしたものかと思案していたところ、同地区でパッチワークなど多くの教材を提供しているBetty♪さんがしゃぼん玉で遊べるように準備すると言ってくれた。


小羽山小では先週に続いて今日は4年生がインフルエンザで学級閉鎖になっていた。最近の感染症の荒れ具合は第9波などと呼ばれている。体感的にはインフルエンザを巻き込む形であらゆる感染症が蔓延している感じがある。実際にインフルと covid19 のダブル感染も観測されたなどとニュース記事になっていたが、真偽は分からない。

すくすく教室自体は問題なく終了し、夕方以降ちょっと喉の違和感が気になる程度だった。
《 9月14日 》
喉の違和感がある以外はいつも通り。頭痛はなかったがやや熱っぽい感じはあった。

午後3時過ぎて東小羽山のGSに給油に行き、そのまま鍋倉市営住宅へ高齢者の声掛けに行った。階段の昇降がやや辛く感じただけで、まだ異状は感じられなかった。帰宅し午後6時を過ぎてから明白に頭が重くなってきた。covid19 ではないかという暗示効果かも知れないと思い、気分転換するために久し振りに音楽を聴いた。

それでも身体の倦怠感が段々と重くなり、デスクに向かっているのも辛くなってきたので午後8時にはベッドで横になった。
《 9月15日 》
恐らく日付が変わるころに劇症化した。明白に発熱していて布団も何もかも剥ぎ取った。頭痛は普段よく経験する偏頭痛とは異質の常軌を逸した酷さで、痛みに眠れず何度も寝返りを打った。それでも体調が悪いときには眠れるもので、手元の時計を見ておよそ2時間おきに目が覚めてはトイレに行くを繰り返した。このまま朝を迎えたらエラいことになりそうだと思った。うちには体温計がないので、もっとも高いときに何度台の熱が出ていたかは分からない。

朝が来たら熱が下がり、ベッドで経験した酷い頭痛がかなり治まっていた。この痛み軽減と発熱の鎮静化の相対効果だけでも充分に軽くなったと思うほどだった。日中は起きていることができたが、椅子にキチンと座っているだけでも怠くて何度もベッドへ横になりに行った。

この時点まで対症療法の消炎鎮痛剤を服用するだけで、医者にかかろうとは思わなかった。行ったところで covid19 認定されるだけだし、そこで薬をもらったからと言って早く治るわけでもないからである。ただし熱が続くと消費されやすいビタミンがあるので、ストックしているサプリメントで補充した。
《 9月16日 》
土曜日なので野山からいつもの如く買い物依頼の電話が入った。ここでどうも体調が思わしくないから買い物には行くが、家の中には入らないようにすると告げた。covid19 かインフルエンザか分からないが感染症にかかっていることが明白で、移すと重篤になるリスクがあるからだ。

アルク琴芝店での買い物は普通にできたし、クルマの運転もまったく問題なかった。買い物を勝手口から手渡し、家の中には入らなかった。持って帰らせるためのご飯とおかずを準備するからクルマで待つように言われたが、帰宅して早く横になりたいのに15分以上も運転席に座ったまま待たされるのが苦痛で、仕方なく勝手口まで呼びに行った。良かれと思ってしていることがありがた迷惑な結果になるのは、野山の場合毎度のことである。

デスクに向かっても作業する気にならないので、この日も午後10時にはベッドに入った。そして寝ているときに再度の発熱が襲ってきた。初回ほど酷くはなく頭痛も軽めだったが、掛け布団をかぶる意味がまるでなかった。通常は寝るときのエアコンは29度設定にしているが、こういう時に電気代など言ってられないので、設定温度を27度まで下げて布団を着ず殆どハダカに近い状態になって寝た。通常はお腹を冷やすのはとても身体に悪いのだが、身体の火照りが酷くてまったく身体が冷えた感じがしなかった。
《 9月17日 》
昨晩の段階でかなり寛解したように思えたのだが、朝起きてからずっと倦怠感があった。起き上がることはできたが、机に向かっても怠さがとれず再びベッドで横になった。特に喉の痛みが酷かった。

まだカラダの中に悪さをする”残党”があるように思えたので、まずは喉の痛みを取るためにトラネキサム酸を服用した。これは特異な体質の人でない限り非常に安全で効果が高い薬である。美白成分として有名で、喉の痛みを取る目的でドラッグストアで OTC 指定されているかどうかは分からない。


食欲はあったので、ツナを乗せたパンといちご味のポーションを牛乳に溶いて飲んだ。冷たい飲み物は喉に心地よかったが、飲んだ後のコップを台所へ持って行くのさえも大儀だった。その後再びベッドで横になったが、頭重感がとれなかったので抗菌剤(レボフロキサシン)を服用した。covid19 やインフルエンザならウィルスが原因なので抗菌剤を服用したところで効果がない。ストックされている量も多くはないため、初期の段階で服用しなかった理由である。

なおも頭が重いので、合間でイブプロフェンを服用した。それからすぐには喉痛がとれないのでずっとのど飴をしゃぶり続けた。喉の軽い痛みには薬を飲むよりものど飴の方が効果的であり、安売りのとき買って冷凍庫へストックしていたのが役に立った。
【 午後3時の状況 】
午後3時を過ぎた頃から、それこそ「濡れ紙を剥がすように」少しずつ寛解した。covid19 なら抗菌剤が効くとも思えないので、複合的要因にやられたのかも知れない。また、covid19 には開発された薬があるものの、恐らく初期の酷い頭痛なら今でもレボフロキサシンが処方される。今回の服用であと1回分のストックしかなくなったので、休み明けに適当な理由をつけて内科にかかって処方してもらおうと思っている。

午後6時頃に局長から連絡があり、なおも微熱が続くので明日の新川歴史研究会を休むと伝えてきた。いつものデスクではなく2階の自分の部屋でずっと寝ていたとのことである。午後7時半頃には野山から心配して容態はどうかと連絡があった。このときはかなり回復していた。

のど飴のストックがなくなったので、コスモス琴芝店に買いに行った。
安売りのとき買ったものを冷凍庫で永年ストックしていたが、今日までに全部食べ尽くしてしまっていた。


刺身が食べたかったのでアルク琴芝店にも寄ったが、殆ど商品がなくこのとき歩いたのが結果的には身体に負担になった。
【 午後9時の状況 】
買ったのど飴をしゃぶっているが、また喉の痛みが気になってきた。外気温は午後9時過ぎても26度から下がっておらず、エアコン無しで部屋に居られる状態ではない。これから後は少なくとも連休明けの火曜日まではいつも服用しているイブプロフェンで痛みを抑えることとする。

明日朝起きて容態が今朝よりも悪かったら、急ではあるが私も新川歴史研究会を欠席しようと思う。
《 9月18日 》
夜中に起きたとき、今までで一番酷い喉の痛みに見舞われた。のど飴をしゃぶろうとする気も起きない位で、唾液を飲み込むにも激痛が走った。痛みは朝起きたときもなお残った。

対症療法的に対処する以外なく、痛み止めを服用した。トラネキサム酸はあと2錠しかストックがなく、飲んでもすぐ効くわけではないので飲まなかった。喉を冷やしたら良いかとヨーグルトを開封したが、それさえも痛みで満足に食べられない。熱や頭痛はなく咳もごくたまに出る程度である。

今朝は曇りで室温は26度前後でありそれほど暑くはない。それでも身体の火照りがあって扇風機の風を当てている。エアコンを入れようか迷っている。起きてデスクに向かっている間に少しずつ喉の痛みは弱まる代わりに痰が絡むようになった。

今更であるが、敬老の日という祝日がまったく恨めしい。この祝日さえなければ一日早く医者で薬をもらってくることができていた。確か以前に具合が悪くなったときも連休の前だった。サラリーマン時代は別として、自営業者となった今では祝日を嬉しいと思ったことは一度もない。役所も医者も足並み揃えて休んでしまうので、薬が欲しいときに困る。厳密には医者にかからなくても処方箋医薬さえ手に入れば自分で対処できるのであるが…
【 正午近くの状況 】
起きたときは唾も飲み込めないほど痛かったのだが、起きてデスクに向かっているうちに次第に薄れてきた。エアコンをかけた部屋で寝ることで湿度が低下するため喉には良くないかも知れない。起きると唾液が出て湿潤するからか幾分痛みが収まるようである。朝の状況なら新川歴史研究会は休む以外ないと思っていたが、咳さえ出なければ出席できそうである。

朝方曇っていて雨が降り始めたので窓を閉めてエアコンを入れた。結局、その後天気は回復して晴れた。
新川歴史研究会には出席したが、出された菓子を食べて満足に消化できず途中でトイレに2度行った。


飲み物の注文で私はハーブティーを選んだ。このハーブティーをすするとき間違いなく弱いながらも香りを感じることができていた。今思えば、嗅覚が失われる一番最後の事例となった。帰宅して再び倦怠感が強まった。
《 9月19日 》
朝起きるとやはり喉の痛みが強くなっていた。迷わず午後9時過ぎに恩田の永田クリニックに行った。受付では顔を覚えられていたので、火曜日からの顛末を逐一話した。前回も同様の症状が起きた記憶があり、ストックしていた薬でやり過ごしたことを話した。

この言明を元に、診察を受けることなく薬のみ処方を受ける異例の措置となった。内容は抗菌剤のレボフロキサシン、喉の痛みを抑えるトラネキサム酸、解熱筋痛薬のアセトアミノフェンである。


喉の痛みは薬を飲めば収まり、時間が経つとまた痛み始めるといった一進一退状態。いつまでも倦怠感が取れないどころか、夕方になっても症状は軽くならなかった。今日は食欲そのものがなく、朝にプチトマト2個とヨーグルト少し、昼に土曜日買っていたサンドイッチを食べた。夕方前にもずくのパックをすすったところ味が違うことに気付いた。奇妙な薬品臭が気になった。更に紙パック入り納豆を食べたら強い苦味を感じた。明らかに今までとは違う味覚異常が生じていることから、インフルエンザではなく covid19 に罹患していた可能性が濃厚となった。

それから新たに生じている厄介な問題として、軽い吐き気が起き始めた。このせいで食欲が昨日より減退している。昨日はツナ入りパンを丸ごと一つ食べられたのに今日は摂食量が昨日よりずっと少ない。今や頭痛は殆どなく、むしろ倦怠感に伴う表現のしようがない気持ち悪さがまとわり着いている。特に喉の痛みはまったく軽くなっておらず、午後9時に3度目のトラネキサム酸を服用した。まだ残党が悪さをしているのが明らかで、明日朝再度抗菌剤の服用が必要だろう。

喉の痛みについて、エアコンを入れた環境で湿度が下がりすぎているのが悪いのかも知れない。エアコンを停めると怠さが悪化するが、窓を閉め切った空間に一日中居ることで酸欠を起こしている可能性もある。エアコンを停めた午後9時半現在で室温が26度もあるが、窓を開けて堪えてみることとする。

仕事が全く進んでいないことは、今は考えないことにする。高齢者の声掛けは14日から停まっており、コラムの執筆も停止している。22日までの提出を考えていたが、25日になるかも知れない。とにかくこの喉の痛みが取れない限りは何をしようという意欲も湧かない。

午後10時を過ぎているというのに、室温が27度から下がらない。24時間の天気の移り変わりを見ると、県内は午後9時過ぎても何処もほぼ28度くらいある。窓を開けると外はかなり涼しい。どうもこの部屋は構造的に夏が異常に暑く冬は寒い。西日で温められた外壁が熱いままであるのが原因で、冬寒いのは真下に部屋があって床下から熱が抜けるからだろう。いっそのこと外で寝た方が涼しく身体にも良いかも知れないと思ったほどだ。
《 9月20日 》
昨晩は今までで一番寝付きが悪かった。前日の午後10時半にベッドへ入ったのに日付が変わるまで2時間以上眠れずにいた。午前5時頃に一度目が覚めるまで数時間の睡眠は取れているが、その間に悪夢を見た。午前6時に目が覚めた瞬間が一番快適だった。朝食を待たずにトラネキサム酸とレボフロキサシンを服用した。後に汗ばむ感じがあったのでアセトアミノフェンも追加した。

正午を過ぎたところだが、容態はハッキリ言ってまったく良くならない。もうこれ以上の健康体には戻れないかも知れないと悲観的に考えている。デスクに向かうのとベッドで横になるの繰り返し。忌々しい備え付けのエアコンもまったく調子が悪く、28度設定では寒すぎるのに29度ではまるで効かないのである。お陰で頻繁に温度を上げ下げしなければならずイライラさせられる。28.5度の設定がないのが嘆かれる。

深刻なのは吐き気が続くことと、それに起因して食欲がまるで起きないこと。このままだと栄養を摂れなくなって衰弱していく一方だ。まだ一昨日の方がパンも食べられて状態は良かった。昨日もずくを食べたときの著しい苦味と薬品味を感じて食事に自信がなくなった。思えば土曜日に持って帰った肉じゃがを日曜日に食べた時点で強い苦味があり、理由が分からないでいた。まったくこの厄介な魔物は生きようとする意欲から何から既存のあらゆるものを破壊しまくるようである。後遺症が残れば、食事の嗜好から何から変わる可能性がある。食べたくないので今朝から何も食べていない。

午後1時になったが小羽山のすくすく教室は自主欠席する。休みますの連絡は入れなかった。状況説明しなければならないのが面倒臭いからだ。それから野山から今朝方トイレに行っているときに電話があったが、応対しなかった。心配なのは分かるが毎日6時間おきに電話するのはマジで勘弁して欲しい。どのみち「具合はどんなだ?」「ちゃんと食べてるか?」に答えるだけ。一昨日などは本当に悪かったから悪いと答えたら、暫くしてまた電話が掛かってきて休日医療へ連れて行くから家の場所を教えろなどと言い始めた。さすがにキレてもういい加減にしろ!と怒鳴ってしまった。最終的に病と向き合い闘うのは本人しかできないのである。電話する方は心配しているからということで、まったくの気まぐれで掛けるのだろうが、受ける側は携帯が置いてある場所まで移動しなければならないのである。もはやそれだけで充分に辛いのだ。余計に具合が悪くなるから止めてくれと言った。

誰とも何とも関わり合いたくないから、FBを含めてSNSは軽く閲覧するのみで投稿を止めている。今のところ重要なメール着信はなく、AsiaJVからの電話もない。あったとしても出ないだろう。

尾籠な話で申し訳ないが、さっき咳き込んだ瞬間に喉へ貼り付いていた痰が吐き出された。これでかなり楽になり吐き気も少しおさまった。喉の奥に痰が貼り付いているだけで嘔吐感が生じてしまうらしい。鏡を見ながら喉に貼り付いた痰を自力で吸引できる小型のスポイトのような医療機器があればと思った。栄養素を取り入れなければ身体が修復されないので、様子をみながら何か食べようと思う。
【 午後6時の状況 】
朝プチトマトを2個食べただけだったので、シャワー前に一枚だけ残っていたえびせんべいを囓ったところまたしても右下の歯が欠けた。元から欠けていたところに少し残っていた歯が折れて取れた。この部分はもうブリッジ補修は不可能だろう。相変わらず食欲がなく、どんどん身体が壊れていって死に近づいている印象しかない。

気持ち悪いのでシャワーは浴びた。シャワーをパスしたのは劇症化前の14日夕方だけだった。さっき体組成計で測ったところ体重が74.5kgにまで落ちていた。この症状で5キロ以上落としたことになる。それでいてまだ食欲がまるで湧かない。土曜日に持ち帰ったご飯は冷蔵庫だと駄目になるのが明らかなので冷凍庫へ移した。うどん玉が一つあるのでキムチを入れて温かいうどんにしようと思っているが、苦味が出たらもう食事そのものに興味を失ってしまうかも知れない。喉の違和感は一進一退で、のど飴も舐めるのを止めた。

このまま時間のみ経過しても治りようがない。今まで変化なかったのだから横になって休んでも意味がない。溜まった仕事を片付けることにする。収納は明日以降として、コラムを遅くとも22日に出せるようにまとめたい。
《 9月21日 》
昨晩は午後10時半に寝た。昨日よりは早く寝付けた。魘されることはなかったが、同じ夢を何度も繰り返してみた。コラムで工学部通りのことが頭にあるせいか、西ノ宮橋の題材がヘビーローテーション状態で延々と流れていた。

朝方6時に目が覚めたとき、その時点でいつものセット(トラネキサム酸、レボフロキサシン、アセトアミノフェン)を服用した。喉の痛みは殆どなく違和感のみになっていた。しかし相変わらず熱っぽくカラダが怠い。起き抜けに切ったエアコンを午後9時再び入れた。外は雨になった。

9時半頃に親父から電話があったので応対した。母からの健常者目線で語られる頻繁な電話にウンザリしていることを明かした。カラダに良いから食べなさいと強引に持ち帰らされた玉ねぎの酢漬けを正直言って捨てようかと思っている。親父も食べさせられている模様で、自分が食べるからと人に押しつけるあの悪い癖は止めさせないといけないと言っていた。事態はそう安泰でもなく、嗅覚がほぼ完全に失われていて味覚も苦味だけが増強されていると告げた。

さっきいちごミルクポーションをコップ半分の牛乳で溶いて飲んだ。甘味は感じたが香りはまったくなし。ついでながらココアの粉末が入った袋を開けて確認したがやはりまったく匂いが感じられなかった。この状況は新川歴史研究会でハーブティーを飲んだときよりも明らかに悪い。
【 午後3時の状況 】
正午前に素うどんを作って食べた。中身はねぎ、キムチ、天かす。


立ち上がる風味は感じられないが、苦味はなく普通に食べることができた。まぐろ缶詰を食べようと思ったがやめた。むかつきはない。
時々乾いた咳が出る。さっきまでコラムの仕上げにかかっていた。明日には提出できる見込み。高齢者の声掛けをどうしようか考え中。

小羽山に中旬の収納1件があるので、声掛けを兼ねて行ってきた。収納した3棟の声掛けと配達のみ。丸喜小羽山店に行けば惣菜が安いだろうが、匂いの感じられない生活だから食に意欲が湧かない。この障害が起きていることからもはや covid19 への感染は決定的なものとなった。嗅覚異常は他の風邪系疾病でも起こり得るが、covid19 の場合は早くても一週間は戻らないらしい。若年で罹患すると治りが極めて悪く、恒久的に匂いを感じる能力を失う可能性もあるという。他方、年齢が上がるにつれてこの嗅覚異常は起こりにくくなり、7割以上の罹患例では一ヶ月程度で回復するという報告もある。

やや熱っぽいのと喉に軽い痰が貼り付く感じがある以外は、今のところ正常に戻っている。さっき冷蔵庫に入っていた明太子ちくわを食べた。焼けるような塩辛さを感じるだけでまるで旨味を感じない。今晩寝てみて明日起きたときどうかだろうが、これ以上良くはならないかも知れないという気がする。
《 9月22日 》
明白に涼しい。昨晩の就寝は午後11時頃で、今朝は午前8時半まで寝ていた。エアコンが要らず窓を開放していた。現在の室温は23度と快適。

少し喉の違和感と痰の溜まりを感じる程度なので、今日は薬を飲んでいない。単発的に咳が出ることがある。やや身体の倦怠感が残る。食欲は普通にあるが、匂いがしないので何か食べようという気が起こらない。買い置いたパンも砂を噛むも同然。また、今日から嗅覚が回復するまでティーバッグのウーロン茶を淹れるのを止める。ただの色がついた苦い水同然なのでわざわざ淹れる意義がまるでない。白湯で充分である。

昼過ぎまでに宇部日報社へ Vol.88 を提出した。やや怠いのでちょっとベッドで横になっていた。部屋に溜まっていた燃えゴミ箱を外に出し、溜まっていたチラシと一緒に詰めた。ゴミ箱を封印した段ボール箱がなくなったので、久し振りにそこも含めて掃除機を掛けた。高齢者の声掛けは行かなかった。

昨日開けなかったまぐろ缶詰を開けて食べたところ、あまりにも塩辛過ぎて驚く。ミートボールも同様で、今まで問題なく食べられていたのに今ではまるで塩の塊のように感じられる。鹹味が従来よりもはるかに鋭敏になってしまっている。この変化を上手に扱えば今後は塩分の摂取量を減らせるかも知れない。
《 9月23日 》
午前中に野山から電話があったが、感染予防の観点から買い物には行かないと明言した。先週はかなり無理して配達に行ったのに、結局余計に自分が苦しむ結果になった。なので今日は特に用事はないが行かないと言って断った。後に局長から電話があり、今日の宇部護国神社の秋季大祭に常駐すると話していた。

午後3時に秋季大祭に顔出しして餅撒きの餅を拾った。


このとき局長からの話で、新川歴史研究会の参加者2名が感染したことが明らかになった。この2名は私の両隣に座っており、症状はそれほど重くないにしても明白に私が感染元ということになる。居合わせた全員がマスクを着用し、私はそれほど話もしなかったので、飛沫感染ではなく吐息からでも充分に感染することが明らかになった。

午後3時にちょっと秋季大祭に立ち寄って餅を拾った。それから西岐波へ高齢者の声掛けに行った。在宅率が良く帰宅したところへちょうど出会うラッキーもあった。全部無理しては回らず半分を次回送りにした。車を運転するだけでも身体的につらい。

僅かばかり匂いが分かるようになった。朝方、いちごポーションの牛乳でいちごの弱い香りを察知した。しかしカップの焼きそばはまるで美味しくない。まるでロウソクを食べているかのようで、気持ち悪くて全部食べられなかった。下坂に落ちているギンナンを掃除するとき弱いギンナンの香りを察知できた。

食べる方はあまり欲しくないので、甘い飲み物を買いにコスモス北琴芝店へ行った。アルク琴芝店は岩崎チェーンと同様11月まで店舗改装で休みになるらしい。買い物に困りそうだ。帰りにそのまま宇部護国神社の亥の刻参りまで参列した。
《 9月24日〜30日 》
この項目を追加しているのは9月28日である。極めて緩いテンポながら少しずつ日常を取り戻しつつあるので、主立った出来事のみ記録している。
【 9月24日 】
山陽小野田市の公式アカウントより東京理科大・大学開放デーの案内があったので昼から視察に行った。知った人には誰にも会わなかった。久し振りに知的好奇心を刺激され、現地のことをまとめてFBタイムラインへ掲載した。[1] 11日振りのFB投稿ということになる。

まだ食事に興味があまり湧かないので、冷蔵庫の中にあるものを適当に食べた。匂いがいくらか分かるようになった半面、特定の香りが強烈に記憶と共に焼き付けられる現象を体感している。例えば最近新しい歯磨き粉に変えたのだが、この匂いがやたら鼻につく。清涼感のある通常は心地よい香りなのに、ごく僅かでも鋭敏に反応するようで台所へ入っただけでも鼻に刺さるようだ。
【 9月25日 】
22日の収納分を市役所へ持参した。27日よりアルク琴芝店と岩崎チェーンが改装のため閉店するので、生存報告に行ってきた。11月まで閉店することで何処かへ応援に行くわけではなく仕事を休むと言っていた。

夕方、ある住宅の高齢者の声掛けに行った。この暑さ続きと第9波が遠因にあって当該住宅で孤独死が2件発生していることを居住者に知らされた。そのうちのお一方は先月は元気で声掛けを行った人だった。
【 9月26日 】
図書館へ行って書籍を2冊借りてきた。冷蔵庫の中がほぼ空であり食欲が戻りつつあるので、今日は丸喜常盤通り店とマックスバリュで買い物した。魚類が食べたかったので、鰹のたたきと焼きさばと焼き鮭を買った。ご飯を殆ど食べることなく魚だけ3種類全部を平らげた。久し振りに美味しいと感じた。カラダが良質のタンパク質を欲しがっているようである。

まだ若干痰が絡む感じがあるが、頭痛や熱っぽさは無くなった。嗅覚は完全では無いが戻りつつある。味覚は塩辛さが増強して感じられるのは変わらない。にんにくのしょう油漬けやポテトチップスを食べると塩辛さがかなり気になり水を飲みたくなる。

夕方までに宇部日報社から Vol.88 素案のアクセプトが通知された。来月号は感染症の歴史について書くかも知れない。
【 9月27日 】
水曜日はすくすく教室だが、学校関連の感染症拡大が止まらない。小羽山小は3学年が既に学年閉鎖状態であり、当然ながらすくすく教室も中止になった。13日にしゃぼん玉へ参加してからまったく足が遠のいている。皮膚科で今年最後の薬をもらってきた。既に服薬が要らなくなり、これは来年春までの備蓄用である。その後西岐波の高齢者声掛けの残りをすべて巡回してきた。

アルク浜田店でキハダマグロの柵が珍しく半額で出ていたので、久し振りに買って軽く冷凍しスライスして食べた。


相変わらず食べる量は以前よりも恐らく少ない。特にご飯類が沢山食べられなくなった。写真の弁当は一度に全部を食べきれなかった。
【 9月28日 】
まだたまに咳が出ることがある。気温がかなり高く室温が27度あるが、湿度が低いせいか扇風機のみで何とか凌げる。のど飴はまったく舐めなくなった。医療費がかかった半面、今月は食費がかなり切り詰められている。

高良オフィスに立ち寄って明後日30日の新川ふれあいセンター主催の”サイコロの旅”について詳細を確認しておいた。食欲が通常に戻りつつある。カップ入りの納豆の味に苦味がなくなった。お茶の味や香りも分かるようになったが、まだウーロン茶を淹れずにペットボトル入りのお茶を消費している。帰宅までにちょっと頭痛がしたので高良オフィスで移し合い状態になったかもと思ったが、常用しているイブプロフェンを服用するとおさまった。

室温はかなり上昇し夜になっても28度程度あった。しかし空気が乾燥しているからかエアコンは不要だった。
【 9月29日 】
ずっと軽い痰が絡む以外は殆ど変わりはない。ただし疲れやすくなったことが否めない。夜遅くまで頑張って起きていることがなく、日付が変わる頃には寝て朝は明るくなる午前6時過ぎに起きている。

気温が再び急上昇している。午後の室温は29度に達した。それでも22日以前よりもずっと過ごしやすい。
《 その後の変化 》
この体調不良の原因は、紛れもなく風邪系の感染症と結論づけられる。14日の夜は劇的な症状が現れており、後に嗅覚を喪失するという特徴的な現象が起きているので covid19 だった可能性が高い。しかし13日の小羽山すくすく教室では前の週からインフルエンザが蔓延しており、一部で学級閉鎖になっていた。したがってインフルエンザの可能性もあり、あるいはそのいずれでもない感染症の可能性もある。

この記事を制作し始めている17日は、昼まではかなり状況が悪かった。しかし午後3時現在ではやや痰が絡まる程度で頭痛はなく倦怠感もかなりとれてきた。例によってストックしている内服薬とひたすら休養して自然治癒させたことになる。

人によっては covid19 なら暫く隔離して生活しなければ危険だなどという意見もあるだろう。これと同様の症状は2〜3年前にも起きたことがあるような気がする。倦怠感と頭痛と発熱傾向は、当時のものと似ている。また、合成抗菌剤の服用と自宅安静によって回復させたのも共通している。
【 感染症とどう向き合うか? 】
もし今回が covid19 だとすれば、個人的には2020年に蔓延が観測されて初めての感染ということになる。しかし2020年の秋か翌年あたりに同様な意味不明の酷い発熱と頭痛に襲われたことがあり、あれが最初の感染例だった可能性がある。このときは記録をつけておらず、正確にいつ頃のことだったか分からない。

昭和期や平成期の風邪のイメージは、頭が重くて鼻水ズルズルといったのが定番だった。もしこれが covid19 とすれば、痛み方や発熱は比較にならないほど激しい。そして今後仮に「風邪を引く」といったことがあれば、いつでもこれほどの発熱と頭痛に苛まされなければならないこととなる。難儀なことであるが、適応できなかった生物の先には死しかない。高温多湿が平気で感染症にかかりにくい体質の個体のみが生き存える時代が来るかも知れない。

なお、インフルエンザも covid19 もウィルス由来の疾患であるから、合成抗菌剤のレボフロキサシンを服用したところで奏功しない筈である。しかし前回に同様な症状が出たときも2〜3回連続服用することで症状が解消された。この現象に対して未だ合理的な理由と理解に至っていない。covid19 やインフルエンザと目される症状に冒されたとき、完全に単一の原因によってのみ症状が引き起こされるのではないのではという感じがしている。

数年前に同様の症状に対処したとき、合成抗菌剤でかなり改善されたもののその後暫く粘稠性のある痰が暫く絡んだ。この現象は今回も同様に起きている。合成抗菌剤で原因となる菌がかなり殲滅されたものの、耐性をもった残党が生き残り続けて悪さをしている可能性がある。この状況を繰り返せば耐性菌ばかりが生き残って増殖し、将来的に従来の薬が効きにくいかまったく効かない事態を引き起こすかも知れない。合成抗菌剤があれば安心だが、安易に服用することでそのようなリスクが増大する。

最初にのど飴で様子見し、効かなければ市販の風邪の諸症状緩和の薬を使い、それでも効かないときに初めて奥の手を使うように(飲み始めるのが遅くなればそれだけ疾病に置かれて苦しむ時間が延びるのだが)段階的に進めていく理由である。
出典および編集追記:

1.「FBタイムライン|山口東京理科大・大学開放デー」

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