もう、終わりだね…

帰りの電車で二人は一言も言葉を交わさなかった。
彼女は彼の方に目を遣ろうともせず、ただ流れていく車窓の景色を追っていた。
彼はさっきの店で起こした口喧嘩に違いないと感づいていたものの、今更何を話しても釈明に聞こえると思って沈黙を保っていた。

二人は出発地点の宇部駅に降り、改札を通って自転車置き場に歩いた。
彼は家の近くまで彼女を送って行こうと思っていた。県道の跨線橋を自転車で押し歩きしつつ、自分が言い過ぎたことを素直に詫びる糸口を見いだそうとしていたのである。
『もう薄暗いから…近くまで送っていくよ』
そう切り出そうとしていた矢先、あろうことか彼女は跨線橋の方ではなく真反対の方へ自転車を向けた。


予想外の展開に、彼は不躾にも思わずこう口にしてしまっていた。

「あれっ?お前マジそっちから帰んの?」

いつもの無頓着な言葉が口を突いて出た後、彼はシマッタと思った。
しかし彼女はもう何かを感じ取っていたようで、彼の方を振り返り短く言った。

「さいなら…」

彼女は自転車を押しながら地下道らしき方向へ歩いた。
彼はすぐ自分の自転車を展開させ、彼女の横に近づいて言った。

「近くまで送るよ。ほら…地下道は不用心だからさ。」
「いい…一人で帰る。」


彼女は顔を上げもせず、淡々と自転車を押し歩きしつつ答えた。いつもの彼女らしからぬその声で、彼は初めて事の重大さに気付いた。

「一人で…って?」

初めて彼女は顔を上げて、彼を真っ直ぐ見つめて言い放った。

「一人で帰る。これからもずっと。もうあなたとは…

「お、おい…ちょっと待てよ。」

最後の言葉を遮ったものの、彼はどう反応していいか分からなかった。ただ今まで彼女の前では道化師の如く振る舞っていた素の自分を出す以外何もできなかったのである。

「お前らしくないぞ。さっきのことは謝るよ。本当…。ゴメン…
だから…いつものように俺を笑わせてくれよ。」


彼女は追い縋る彼を振り解くように歩みを早め、山陽本線の脇に口を開ける地下道の入口に向かった。そして振り向きもせず、自転車を押しつつ彼に聞こえるように言った。

「私がこの地下道を通って帰る理由を考えて一人で笑って。」


彼女は地下道のスロープに合わせて、駆け足の如く行ってしまった。何かが音を立てて壊れたのを感じ、彼はそれ以上追わなかった。

彼は未だ一度も通ったことのない地下道の入口に近づいた。
そして彼女が最後の最後に放った会心のギャグの意味を悟った。
「尾張田(おわりだ)地下道入口」


そう…
この地下道には歴とした名前があった。
それもまさに彼女が彼へ最後に伝えたいメッセージを内包した…

これは彼女から贈られた最後の愛情の欠片なのかも知れない…

彼は自分の置かれている状況も理解できず、放心状態で立ち尽くしたまま、ひきつった笑いを浮かべていた。
彼の手を離れたじでんしゃは、カシャーンと軽い音を立ててアスファルト路面の上に倒れた…

=== THE END ===


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