低水位の小野湖・小野地区

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記事公開日:2012/10/18
記事編集日:2016/8/28
溜め池や湖の水位が下がって広範囲が陸地となると、それまで水面下に眠っていた興味深い物件や遺構が現れることがある。昔からの溜め池で古い護岸の一部が露出したり、ダム湖のような人為的に水没させてできた場所では昔の建物の基礎や橋などが見える場合もある。

小野湖のうち大田川支流部となる小野地区中心部付近はダム湖の上流部にあたり、比較的水位が浅い。そのため貯水率が少し下がることで広範囲が干潟になる。

実際には他にもいくつかあると思われるが、小野集落付近にあって最も目立つ物件が観られる場所がこの近くにある。


この場所で視線をダム湖に転じると、水位の低い状況では国道の護岸から50m程度離れた小島が陸続きになる。また、小島に隣接して建物の基礎のようなものが現れるのである。


現在の撮影場所を地図に示している。


この近辺は平成期以前は自然の護岸で、国道は小野集落の中心部を通っていた。平成期に入ってこの場所の汀が護岸整備され国道の経路が移されてからは目につきやすくなった。
旧道区間は市道小野中央線に格下げされた

以下の4枚は2011年の12月で水位が高かったときの映像である。
小島と護岸の間まで小野湖の水が入り込み、完全に本土部分から切り離される。


国道を通行する多くの人が目にするのは小野湖の水位が標準以上となるこの状態なので、湖底の状態や深さは分からない。


護岸には昇降用の階段があり、その半分が水没する。
したがって満水位に近くても実際にはこの近辺の水深は精々2m程度だ。
小野湖の貯水率が60%台まで下がると干潟が現れるらしい


水位が高ければ小野湖の水は国道ボックス部分を横切って集落部の水路にまで遡行する。


初めてこの島と遺構の存在に気付いたのは、3年前に嘉万へ梨を買いに遠出したときのことだった。
この場所を通ること自体それほど回数がないのだが、干上がった湖と遺構の存在に気付いた。

以下の3枚は国道から手早く撮影したショットである。
国道にハザードランプを出して車を停車させて駆け足で撮影した


基礎跡らしきものの存在に気付いたのはこの時が初めてだった。
湖底に降りて確認したかったが、先を急いでいたのでズーム撮影で済ませていた。


この他に護岸の階段部分からこの一枚を撮っただけだった。


低水位時に本土と繋がるこの小島は、小野湖の水位が最高位に到達しても全体が水没することのない最大の島である。他にも低水位時に姿を現す場所はあるが、全体が水没するため大抵が浅瀬と呼ばれる部類だ。小野湖が誕生する以前は存在し得なかった状況から、島に名前があるか分かっていない。[1]昔から小さな丘陵部を形成していたのは確かなようだ。
《 Googleストリートビュー 》
国道490号から見える状態で採取されている。ただし反対車線側からの撮影なので若干遠い。


初めて湖底へ降りて本格的な写真撮影を行ったのは2010年10月のことだった。
そのときの踏査記録は以下の記事に。
時系列記事: 低水位の小野湖・小野地区第一次踏査
第一次踏査期より更に水位が低下した2012年秋に更に詳しい調査と、広範囲な踏査を行った。全2巻。
時系列記事: 低水位の小野湖・小野地区第二次踏査
また、一連の踏査から基礎跡の遺構をまとめて記事化した。
派生記事: 低水位の小野湖・屋敷の基礎跡

数年振りに小野湖の水位が下がった折りに行った踏査。下小野橋付近、陸繋島、雑佐川付近を撮影している。カメラの調子が悪く前半部は不鮮明な写真が多い。前書き+3巻。(2016/9/4)
時系列記事: 低水位の小野湖・小野地区第三次踏査
出典および編集追記:

1. 地元の方でこの島を小丸島(こまるじま)と呼んでいるという報告があった。子どもたちの間では「こもり島」「こうもり島」という呼び方もされている模様。これは口頭での伝承による揺らぎだろう。当サイトでは未だ確認が取れていないので小島や陸繋島などと記述している。

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