黒神埋没鳥居

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現地撮影日:2017/3/22
記事公開日:2017/4/15
黒神(くろかみ)埋没鳥居とは、鹿児島市桜島の黒神地区にある噴火災害を記録し今に伝える鳥居である。
写真は県道側からの撮影。


位置図を示す。
山岳に近い地域のためこれ以上の拡大表示にはできない


黒神町についての詳細は[1]に記述がある。現地の訪問は日南海岸鵜戸神宮と同じ遠方視察により実現されており、旅行記の時系列記録から一般公開が望ましいと考える部分を切り出して作成している。

上記の地図は拡大表示できないので現地の詳細を付記する。
黒神埋没鳥居は桜島の東側にあり、県道桜島港黒神線沿いの黒神中学校に隣接して存在する。元々は腹五社神社の参道に設置されていた鳥居で、桜島噴火史において大正噴火と呼ばれる1914年の噴火で飛ばされた軽石や火山灰で埋もれたものという。

鳥居本来の高さは3mで、たった一日で降り積もった2mもの火山灰などで上部のみを残して埋まっている。
県の天然記念物に指定されている。


周囲の状況に反してこの鳥居だけが地面に深く突き刺さっているように見える。


普通に眺めればもの凄く違和感のある光景だ。この違和感の理由は何か。それは周囲の石垣や建物、樹木に至るまでかつて鳥居のあった高さをまるで受け入れていない現状にある。今は鳥居の貫の下十数センチのところに地面がある。そこを基準に植物が生え、家が建っている。この鳥居だけが昔の原地盤の高さを保って存在していた。

周囲には古いブロック積みや既に枯れて切り倒されている巨木の根があった。
古そうに見えるそれらでさえ、この鳥居を埋める噴火以降のものということになる。


鳥居の左横には古そうな石積みが見えていた。
上側の石積みは後年としても、鳥居に近い側は当時の石積みなのだろうか。


鳥居自体は一般的なものである。
上部の島木と笠木を支える柱に台輪が施されているのは珍しいかも知れない。


鳥居の額束部分を撮影。
読み取りづらいが腹五社と刻まれているようである。
近接撮影画像はこちら


鳥居の反対側から撮影。
車や自転車が進攻して破損しないようチェーン付きの石柱で囲まれていた。


すぐ足元の地面の様子である。
落ちた枯れ葉を取り込んで有機物を含んでいるのだろう。外観はややボタに近い色彩で、水分を含んで締まった感じである。このような土壌が2mの厚みで積もっている。
白いコンクリート柱が被写界にあるために画像が白トビを起こしている


鳥居のすぐそばには見たこともない樹木が育っていた。
クワ科イチジク属のアコウという樹木だそうだ。私たちの周りではまったく見たこともない木だった。


鳥居からやや離して古いコンクリート柱が設置されているのを見つけた。
昭和30年代となっているので、天然記念物指定されたときのものだろう。


この鳥居に関する経緯が詳細に書かれた説明板が祠のすぐ横にあった。
大正期の噴火ではたった一日で火山灰などが2mも積もったことが書かれている。


当時のモノクロ写真があった。よく撮っておいたものだ。
集落の民家はすべてわら屋で、屋根部分だけ遺して軒の下まで埋まっている様子がよく分かる。


写真ではまだ遠くに噴煙が見えている。わら屋自体は原型を保っているので、飛んできた火山灰や軽石は集落の民家を全焼させるほどの熱は持っていなかったらしい。それでも噴火地点に近い民家などは焼けてしまったのではないだろうか。火山灰の重みで屋根が部分的に落ちるなどの被害は当然あったと思われる。人的被害については書かれていなかった。

大正噴火は1914年に起きた出来事である。前にも述べたように火山史の時間軸では100年前など最近の出来事の部類だ。この記事を制作する現在は2017年であり、3年前には百年記念の行事があったのではと想像される。

県道に面した鳥居への参道の横に資料が保管されている平屋がある。
黒神げんき塾という扁額が見えている。


中には夥しい資料と共に学校の活動記録が展示されていた。
黒神中学校が隣接していることから、学校の郷土教育素材として活用されているようだ。


壁には当時の写真や資料がびっしり貼られていた。
まさに足元の郷土で起きた出来事であり、生活に直接関わってくることともなれば熱の入れようも違うだろう。


げんき塾の戸に貼られた掲示には、入口の戸を閉めておくようにお願いが書かれている。
まさに今も不定期に火山灰が舞い、量の多寡はあってもここ黒神地区に降り積もり続けているのである。


現在も見かけ上平穏を保っているだけだ。決して終わっていないし、終わりようがない。地域の人々にとっては現在進行形なのである。そのことを如実に示す構造物が駐車場にあった。
【 黒神1退避壕 】
駐車場の県道側には、山岳に背を向ける形で退避壕が設置されている。


この退避壕は新しい。上部に地域名と管理番号、そして外国人観光客などにも分かるように英語・中国語・韓国語で記載されていた。壁面には採光用の小さな明かりが空いていた。
正面から撮影した画像はこちら

桜島を周回した折に見かけたその他の退避壕としては、トンネルの断面のような形状をしたものや数人が入れるテントのような形のものがあった。
ここへ駆け込まなければならないような事態がどの程度あったのか定かではない。実際には殆ど使われないと思われるが、いざ噴石が飛んで来たときには耐えられる程度堅牢に造られているのだろう。

退避壕に限らず、一般に緊急時にのみ使われ普段は存在すら意識されることがない設備はしばしば時が経つにつれて軽視されがちである。殊に人口の多い自治体では得てしてその効用が問われ、遊ばせておくのは勿体ないからと物置き場所になっていたりする。その結果いざという時の使用に支障を来したり機能しなかったりしがちだ。その点ここの壕には余計なものはいっさい置かれてなかった。施設を管理する市と地域住民の災害に対する用意の本気度が分かる。

黒神埋没鳥居は大正期の噴火によるものだが、それは近年最後ではなくその後の昭和21年には溶岩流によって集落の全域が埋没する被害を被っている。[1]火山史の時間軸で見るなら昭和20年代など本当につい最近のことだ。

このように黒神地区は過去に大きな災害に遭い、そして今も将来にわたってもそのリスクに晒されている。客観的に見ても被災リスクは桜島の外の一般的な地域に比べて高い。このことは人の居住地選択の行動について考えさせる題材となる。
【 一般論としての居住地災害リスクについて 】
情報以下の項目は、将来的に適正な記事ファイルが作成されたとき移動されます。

以下の記述は黒神埋没鳥居を始めとする桜島の噴火に伴う災害事例をいくつか見てきた上での個人的所感である。居住地の選択に伴う被災リスクを考察した一般論であり、当該地区のみについて言及したものではないことに注意されたい。

生命や財産を脅かす災害が明確に多発し、今後も間違いなく継続する地域には一般に人は住まない。しかしそのリスクが一定水準以下ならば、その土地を選好するのは別の基準に依存する。その最たるものは永いこと暮らして周辺住民や地勢を理解し馴染んでいる点にある。俗に言う「住めば都」である。勝手知った土地は安心感があり、いくら相対的にずっと安全な場所を提供されようが、知見のない土地へ移り住むことに人は目に見えないストレスを感じる。このトレードオフの延長に各人の現在の暮らしがある。

どんな土地でも災害リスクはついて回る。火山活動がなくても台風が頻繁に襲来するとか、開作地で豪雨があれば浸かりやすいという地域は全国何処にでも存在する。ある人はそんな海辺の塩害に遭いやすい場所に住まなくてもとか、河川に近い開作地は地震で液状化するなどと言うが、現にそういった地域も多くの人が平穏に暮らしている。そこには観察者と居住者の間で異なる価値観とリスク受忍評価を元にした居住地選択が行われているわけで、現地の災害リスクを理解した上で暮らしている人々に対してそこは危険だからと決めつけることは出来ない。

ただしそれは居住者がその土地に起因する災害リスクのすべてを正しく把握しているという前提の元である。しばしば問題視されるのは、利便性や経済性にのみ目を奪われて災害リスクを充分に把握しない、あるいは過小評価して居住選択する事象である。

特に土地を扱う業者にとっては被災リスク要件が露呈すると買い手がつきづらくなるため、災害履歴や地勢を隠す事例が見受けられる。過去の災害を今に伝えるいわゆる災害地名が冠せられていたものをまったく縁もゆかりも無いモダンな新興住宅名に変えるのもその一例と言える。住居表示改訂によりその土地の履歴を反映した地名(災害由来地名)が書き換えられ、調べなければ容易に分からないといった問題も指摘される。

幸い情報共有が進んだ現代では、過去の土地履歴を知るのは以前ほど困難ではない。どの居住者も正しい情報を把握した上で災害リスクと利便性を秤に掛けた行動をとることが求められている。これは行政の主導するコンパクトシティに相通じるものがある。
《 Googleストリートビュー 》
県道桜島港黒神線の走行により画像採取されている。
映像は黒神埋没鳥居の前の映像。


駐車場は県道を挟んだ反対側と小学校の南側にある。なお、桜島を周回する観光客は左回りが多く県道を北進すると小学校手前左側の駐車場(有料)が先に目に入るが、埋没鳥居のすぐ前に市の整備した無料駐車場がある。[2]
同県道を北へ100m程度進んだ右側には火山噴火により埋没した門柱の存在が知られる。同様に天然記念物に指定されている。
出典および編集追記:

1.「Wikipedia - 黒神町

2. Google マップ付属のクチコミで複数の来訪者がコメントしている。

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