サヤノ峠

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記事作成日:2014/5/25
最終編集日:2018/10/23
サヤノ峠とは東岐波と阿知須の間にある古道の峠である。
写真は峠の最高地点付近。


後述するような理由によりこの峠はさやの峠塞の峠などと様々な書き方をされ、転訛したさえんとうの読みも知られる。[1]日の山の肩を通過していく経路から、率直に日の山峠と呼ばれることもある。

古道は東岐波門前から峠付近まではほぼ原形を保っており現在も歩いて通行できる。
《 歴史 》
現在の阿知須(初期は井関村)より日の山の中腹部を越えて東岐波門前へ至る最初期の古道の峠とされる。門前より西は更に磯地、西蓮寺坂を通って現在の宇部新川へ向かっていた。[2]この経路は現在ある国道や県道(旧国道)のいずれとも一致しない。平野部では認定市道に転用されているが、峠を越える道は未舗装路で、特に東岐波側から市境まではほぼ当時の道幅と高さを保っている。

古くから阿知須の船人や行商人によって頻繁に通られた古道とされる。[3] 一連の道中でサヤノ峠は最高地点を通る。大内輝弘の乱のときの激戦地でもあった場所として知られる。[4]

サヤノ峠の最高地点付近を中心にポイントした地図を示す。


古道の東岐波側入口に何も刻まれていない自然石が据えられている。


これは塞の神を祀ったもので、いわゆる庚申塚の一形態(無文字庚申)と考えられている。そしてサヤノ峠(サエントウ)の名称の由来であろう。
元からここにあったのか峠にあったものを据え直したのかは不明

峠の最高地点付近に祠などは何も存在しない。代わりに古道上に錆び付いた水道局の鋳鉄蓋が設置されている。
鋳鉄蓋の文字は人為的に削り取られ管理者が分からない状態になっている。


この鋳鉄蓋はかつて宇部市側から阿知須町へ時間給水を行っていた時代の遺構である。詳しくは日ノ山ポンプ所を参照。
派生記事: 日の山ポンプ所・配水池
(記事が書き上がり次第リンクで案内します)

峠の北側(山口市阿知須町)は真砂土を採取した後に新興住宅地となっており、古道は分断されている。代わりに階段が設置されている。


階段を登っていくと峠よりやや高い場所に到達し、正一位建岩大神霊と刻まれた石碑がある。
横には明治の年号が見える手水石がある。


この石碑の正体はよく分かっていない。東岐波郷土マップには掲載されておらず、私設の石碑のようである。

したがって峠より阿知須側は古道の痕跡がまったく失われ存在しない。かつては高度をゆっくり下げながら阿知須へ向かって長い下り坂であったと思われる。現在の階段がある手前辺りに宇部市と山口市の市境が通過している。したがって日の山と共にサヤノ峠の最高地点はいずれも宇部市に含まれる。

峠部分も東側斜面が真砂土採取のため大きく削り取られ、眺めが開けている。古道はもっとも低い場所を通っていた筈だが、かつての地勢がどうだったか分からない。
《 地名としてのサヤノ峠 》
東岐波地区の小字絵図を参照しても広範囲に日の山(ないしは日野山)という字名が記載されているだけで、サヤノ峠という字名は確認されない。それでも峠まで向かわず日の山の南側裾野に至る市道が洲角サヤノ峠線と命名されていること、古道の東岐波側入口にあるさやの池の樋門前のフェンスにサヤノ峠水利組合という標示板が存在することより地域名ではないかと推察するに至った。

看板は一時期外されていたが、新しく描き直されており現在も同名の水利組合として存在するようである。


実際の峠は高所にあるにも関わらず麓の地域名として使われているのは、サヤノ峠が古くから重要な存在であることの現れである。山岳でも霜降山の一系列で男山があり、現在では山岳名よりもむしろ南側裾野にある集落名としての男山の方の知名度が高いのと同様である。
《 個人的関わり 》
峠の存在を知ったのは、市道路河川管理課で市道の路線名をリストアップしていたときであった。市道洲角サヤノ峠線という路線があったものの、当該市道は峠に到達しておらず日の山の裾野が終点になっていた。このことから「かつては本当に峠まで至っていたのでは」という推測からサヤノ峠が何処にあるか調べようという気になった。市内には著名な峠が少なく、明確な名前の与えられた峠そのものが珍しく感じたというのもあった。

最終的に確認したわけではないが、前述のように認定市道は元から峠まで至っていたのではなく、本来あった峠の名が東岐波側の麓へ降りてきて地域名として転用されたものと考えている。

最高地点からメルクス方面が窺えることから、東岐波を訪れたとき数回峠まで歩いている。阿知須小山地区から階段を経て歩いたこともある。

・2018年9月14日に阿知須地区で山口ゆめ花博が開幕するのを受けて、毎月配信しているコラムの9月度は阿知須地区に近い内容の題材を依頼された。こうして宇部市東岐波と阿知須の境となる本物件が最適と考え、Vol.28「サヤノ峠(さえんとう)」を提出した。
市道洲角サヤノ峠線という名称を元に、初めてサヤノ峠の所在地を探索したときの初回レポート。全4巻。
サヤノ峠に向かう途中の市道などの描写を含みます
時系列記事: サヤノ峠【1】
出典および編集追記:

1.「ふるさと東岐波」(東岐波小学校郷土誌編集委員会)p.29 に塞の峠の表記がある。東岐波ふれあいセンターにある史跡案内図には「さやの峠(さえんとう)」の記載がみられる。

2.「ふるさと東岐波」(東岐波小学校郷土誌編集委員会)p.29

3.「ふるさとの道」(山口県ふるさとづくり県民会議編)

4.「宇部ふるさと歴史散歩」p.196

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